表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
8.あなたの手に落ちる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/116

CADERE IN MANO あなたの手に落ちる II

 あらわになった胸の上で、イザイアの着た夜着が衣ずれの音を立てる。

 いまだジュスティーノは、ただの悪ふざけなのだろうと思っていた。

 その証拠に、イザイアは夜着を着たままではないか。


「もういい。やめてくれ」


 ジュスティーノはかすれた声で告げた。

「貴殿には心配をかけた。もう眠れるから大丈夫」

 イザイアが口の端を上げる。

 ジュスティーノの上にのしかかった。

「ひどい方だな。ここで止められては、わたしが眠れない」

 ジュスティーノは眉をよせた。

「こんな真夜中に誘うようなしぐさをしたのは、若様のほうでしょう?」

「なん……!」

 ジュスティーノは否定の声を上げた。

 子供ではないのだ。そういう意味のなぐさめもあるのは知っている。

 だがそれは、情交を承知の間柄の話ではないか。


「貴殿が少年をたしなむのは知っていたが」

「青年は対象外だと言いましたか?」


 イザイアが平然と言う。

「……不道徳がすぎないか」 

 ではなぜ押しのけて逃げようとしないのか。ジュスティーノは自身を非難した。

 イザイアの体温と香りの生々しさで、連日の正体のない不安が(かす)んでいく。

 壊れかけた心を救ってくれるのは、のしかかっているこの男なのだとすでに頭が納得している。


 視界の端に、イザイアが持ってきた角灯(ランタン)のゆれるあかりが映る。


 ガラスの火屋(ほや)で乱反射したあかりに照らされ、異国ふうの部屋は現実ではない別世界に見えた。


「女も少年も青年も、それぞれに淫靡(いんび)でいやらしい」


 イザイアがささやく。

「ふしだらな行為にどう体を反応させるのか、どう身悶(みもだ)えるのか、どう嗚咽(おえつ)するのか」

 イザイアが耳元に唇をよせる。

「それぞれに見たくなる気持ちはお分かりにならないか」

「そこまで理解は……!」

 ジュスティーノは声を上げた。

 

「若様は、わたしとは住んでいる世界が違う」

 イザイアがクスクスと笑う。

「違うからこそ淫らな位置に引きずり落として知りたくなる」


 男同士でどういった情交をするのか知識としては知っていたが、自身がそれをすることになるとは考えたこともなかった。

 やめろと言いたかったが、このまま(ゆだ)ねたいと崩れ落ちる心の一部と葛藤する。


 ここ数週間、この屋敷にほぼ閉じこめられて彼だけを頼りにしていた。

 このきつい不安のなか、唯一助けてくれる存在なのだという信頼が染みついていた。


「安心していい。はじめてではないのだから」

 イザイアが耳たぶに口づける。

 何を言っているのか。

 ジュスティーノは、よせられたイザイアの顔を横目で見た。

「はじめての者とするのは、痛みで暴れられたりして厄介(やっかい)ですからな」

 イザイアがクスクスと笑い声を漏らす。

「どういう意味……」


「寝ている相手よりは、やはり意識のある者のほうがいい」


 ジュスティーノは眉をよせた。

 いちどだけイザイアのまえで不可解な気の失い方をしたことがある。

「あれは」

 イザイアが絨毯(じゅうたん)に手をつき顔を近づける。

 ジュスティーノは、(まれ)な美貌を見つめた。

「なかなかよかった」

 イザイアが自身の唇をチロリと舐める。

 ジュスティーノは全身で(もが)いた。

「卑怯ではないか! そんな手を使うなど……!」

 いったい、この医師はほんとうはどんな人間なのか。

 教養のある人あたりのよい人物だと判断していたのは間違っていたのか。

「いますぐやめろ!」

 ジュスティーノは声を上げた。


「では、逃げたらどうだ」

 イザイアが唇の端を上げる。

「女や少年ではないでしょう。逃げたいのなら力ずくで逃げられては?」


 何をしているのだと思う。

 こんなことを受け入れるなどありえないと思いながら、組み伏せられたままでいる。


 逃げれば、また強烈な不安をともなう現実が待っているのだ。

 身近な者の生をつなぎ止めることもできず、ただ命の灯火が消えるのをじっと見ているだけの地獄が続く。


 心が疲弊(ひへい)して、もう耐えられなかった。

 

 この医師は、いっときでも(のが)れさせてくれるのか。


 イザイアの言う通り、自分はこのきつい状況のなか懸命に義務を果たしている。

 切れ目なく続く非日常のなか、必死に正気を保ち正しいと教えられた行動を守ろうとした。

 完全に壊れるまえに、なぐさめられるくらいいいだろうか。


 ひとときでもつらいものから目をそらしたいという欲求が、自身のなかの常識を駆逐(くちく)した。

 ランタンで照らされた異国風の小部屋。

 現実感のない部屋の雰囲気が、よけいにこれは夢の中なのではと錯覚させる。


「若様、わたしは」


 イザイアがささやく。

「もとから人の死など平気なのですよ」

 ()れでも言っているか。ジュスティーノは、イザイアの体温を感じながら聞いていた。

「慣れたのではなく、もとから何も感じない」

 イザイアが、ジュスティーノの髪をなでる。


「わたしには、なぜほかの人間が人の死に心を痛めるのかが分からない」


 言っていることとは裏腹な、口説いているような甘い口調だ。

「物心がついた折りから、身近な者を惜しむ感情が体のどこにあるのかいっこうに分からない」

 イザイアは、ジュスティーノの耳元に口づけた。含み笑いをする。

「若様の体で教えてくれるか」

 イザイアが腕を動かす衣ずれの音がする。

「若様の愛情や道徳心や死をなげく感情は、どこにある」

 イザイアが淡々と続ける。


「この体の、どこにある」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ