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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
7.あなたのものを開く

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APRI IL TUO あなたのものを開く I

 イザイアの私室は、屋敷の正面中央にあたる場所にある。


 主室はベッドや読書机が置いてある見慣れた様子の部屋だが、奥の小部屋はかなり変わっていた。

 絨毯(じゅうたん)の上に、華やかな幾何学(きかがく)模様のクッションがいくつも置かれている。

 窓のそばには脚のない低いソファ、中央には同じように低いテーブル。

 

 イザイアが角灯(ランタン)を高めにかかげて室内を照らす。


 ガラスの火屋(ほや)のなかのロウソクの灯りが、室内に置かれたものの影を大きくゆらす。

「何というか……東洋風か?」

 ジュスティーノは室内を見回した。

 絨毯(じゅうたん)に腰を下ろしてすごす風習をまねた部屋とみえる。

「ヴェネツィアで学んでいたころ、アラブ人の家になんどか招かれたことが」

「アラブ風か」

 ジュスティーノは目を丸くした。

「慣れると、こちらのほうがくつろげる」

 イザイアが靴を脱ぐ。

 はだしで絨毯(じゅうたん)の上を歩くと、角灯(ランタン)をテーブルに置いた。

「靴を脱ぐのか」

 自身の知らない世界をいろいろ知っている人だと思いながら、ジュスティーノは慣れない動作で靴を脱いだ。

 はだしの足の裏にこすれる絨毯(じゅうたん)の毛足がこそばゆい。


「おかしな感覚だな。ふだん靴を脱ぐなどベッドの上くらいだから」

「では、ベッドにおられるつもりでいればいい」


 イザイアが、クッションの上で胡座(あぐら)をかいて座る。

「ヴェネツィアにはアラブ人もいるのか」

「全盛期ほどではないでしょうが」

 横に座るよう促されて、ぎこちなく腰を下ろす。

「脚は……組めばいいのか?」

 ジュスティーノは苦笑した。

 イザイアのまねをして胡座(あぐら)をかこうとするが、慣れないのでなかなか難しい。

「脚は、伸ばしてもよろしいが」

 イザイアが絨毯(じゅうたん)に手をついて近づき、ジュスティーノの大腿(だいたい)にふれる。

「脚を組むなら、もっとこう……」

 ジュスティーノの耳元に唇を近づけると、ささやくように声音を落とした。


「脚を開いて」


 急に声の雰囲気が変わった気がする。

 ジュスティーノは、少々戸惑って医師の肩を見た。

 首筋のあたりに顔をよせているので、表情は分からない。

「いや……」

 何となく苦笑する。

「伸ばしてもよいのなら伸ばすが」

「そうか」

 イザイアは大腿にふれた手を離した。


 首筋から離れたイザイアの顔を見ると、口角を上げうすく笑っている。

 冷たい狡猾(こうかつ)そうな笑みに見えるのは、顔立ちが整いすぎているせいか。


 イザイアが、テーブルに用意されていた水差し(カラッファ)を手にする。中身をヴェネツィアングラスにそそいだ。

 クセのあるワインの香りがする。

 ジュスティーノは、おずおずと脚を伸ばした。

 思いきり伸ばしてもマナー違反ではないのだろうか。少しずつ伸ばしながら、イザイアの反応を伺う。

「若様、赤でいいか」

 イザイアは、もう一つのグラスにもワインをそそいだ。

「かまわんが……」

 ジュスティーノは、そう答えてから苦笑した。


「先日なさけないところを見せたばかりだし、しばらく(ひか)えようかと思っていたのだが」

「酔いつぶれた者の介抱なら慣れている。気にしてはいない」


 イザイアがグラスをこちらによこす。

「医師ならたしかに慣れていそうだが……」


「いっしょに飲んでいる者に、酔いつぶれられることがよくありましてな」


「そうなのか」

 ジュスティーノはグラスを受けとった。

「医師がいっしょとなると、安心してしまうものなのかな」

 ワインを口にする。

 クセのあるワインだ。薬湯のような味がする。

 ジュスティーノはひとくち飲み下してから、低いテーブルにしずかにグラスを置いた。

「……すまん。また診察中に迷惑をかけてしまった」

「むりすることはない。もとより若様は客人だ。診察料は御家にきちんと請求するつもりだし、べつに迷惑ではない」

 イザイアがワインを飲みくだす。

「まえに助手をしていた女性は、落ちついていたのだがな」

「だいたいにおいて女性のほうが図太いですからな」

 イザイアが、絨毯(じゅうたん)の上にグラスを置く。

「正直なところ、貴殿はやめてほしいのでは」

「いや」

 イザイアが答える。

「助手をやるかとはじめに提案したのはわたしだ」

 イザイアが胡座(あぐら)をとき、片膝(かたひざ)を立てて座り直す。

 ジュスティーノは、その様子をながめた。


「正直、つらくて見たくないという気持ちはある。だが人にまかせて知らんふりをしていていいのかと」

 ジュスティーノは軽く眉をよせた。

「せめて看取(みと)ってやるくらいしなければ、あとで自分を嫌悪することにならないかと」

 イザイアが、黙ってワインを自身のグラスにそそぐ。

「こういうとき、貴殿ならどうする」

 注がれるワインを、ジュスティーノはじっと見つめた。


 ニガヨモギの香りが混じっているのに気づく。クセが強いのは、ニガヨモギのせいか。


「どうしたら、ひどい様子の患者や人の死にぎわを見ても平気なほど強くなれる」

「慣れもあるでしょうし、生まれつきの感性もあるでしょうな」


 イザイアが答える。

 ジュスティーノは、医師の手元を見た。

 いまの状況を、どうと受けいれるのが正しいのか。

 使用人たちの瀕死(ひんし)の様子を見て気鬱(きうつ)になるのは、ただの逃げなのか。


「こうしては」


 イザイアが口を開く。

「若様はそのまま存分に見るべきものを見て、果たすべき責任を果たしたらいい」

 ニガヨモギの香りがするワインをそそぐ。

「それでお心が壊れたら」

 イザイアは、グラスに口をつけた。


「わたしが念入りに慰めて差し上げよう」





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