LA MIA MENTE E IL MIO CORPO SONO DISTRUTTI 心も体も壊れる II
朝の診察。
はじめに入室したのは、ここ数日ほど状態の思わしくない従者の部屋だ。
ベッドの上で微動だにせず横たわる姿を、ジュスティーノは部屋の出入口のそばでながめる。
入口のすぐ近くにあるテーブルに、消毒用の酒を入れたカラッファを置く。
ベッドのそばで従者の様子を診るイザイアの動きを目で追った。
「……回復のきざしは」
「横這い状態ですな。若いので何とか耐えている」
倒れた付き人を運ぶさい、彼も手を添えていた。
止めるべきだったと後悔する。
イザイアが杖で従者の首や脇のあたりをさぐる。
「……そこが、どうなるのだ」
「荷物持ちの太股のつけ根が腫れていたでしょう。首や脇がおなじように腫れることがある」
イザイアが杖を器用に使い、もと通り毛布をかける。
「それと、顔などに膿疱や潰瘍」
「……それがあるのか」
「さほど多くはないが」
イザイアは軽く顔をかたむけ従者の顔を覗きこんだ。
「苦痛は」
ジュスティーノは、ベッドから目をそむけた。
「どうでしょうな」
イザイアが答える。
「意識がだいぶ低下していますからな。肺にはいまのところ移行してはいないようですし、あるとしたら痛みくらいか」
「意識は……失くしているわけではないのか」
「ほんのわずかなら音や光に反応している」
イザイアが答える。
「では、意識をとりもどすのはまだ容易なのか?」
ジュスティーノはベッドの横に駆けよった。
従者のかたわらに手をつこうとして、イザイアに背後から抱き止められる。
「若様」
肩幅の広いがっしりとしたイザイアの上腕は、思いのほか力があった。
ベッドからはなれた場所に引きずられる。
ジュスティーノは懸命に身をよじり、従者のもとに駆けよろうとした。
「手でも握ってやればよいのか!」
「それは医者として反対ですな」
「私だ!」
ジュスティーノは横たわる従者に向けて叫んだ。
「分からないのか! 意識をもどせ!」
片手で剥ぐように自身のペストマスクを外す。
「若様」
イザイアが、抱き止めた格好のままジュスティーノを強引に部屋の外に連れだそうとする。
ジュスティーノは、なおも身をよじり抵抗した。
「邪魔しないでくれ! これは私の役割だ!」
従者を目覚めさせることしか頭になかった。
危険なことをさせてしまった。せめてもの責任をとってやりたい。
「若様、いったん廊下に」
イザイアは部屋の出入口にジュスティーノを引きずり連れてくると、片手でドアを開けた。
「私が何に感染しようが私の勝手だ! 貴殿に迷惑はかけん!」
ジュスティーノは抵抗しながら叫んだ。
「病人が増えたら医師として迷惑ですが」
イザイアは、ジュスティーノをドアの開いた部分に押しこむようにして廊下に連れだした。
「では私だけ感染しても外に捨て置け!」
廊下に出ると、イザイアは自身の仮面をとった。
「落ちついて」
そう言い、ジュスティーノを背後から抱きしめる。
革製のマントを通してなので体温は伝わらなかったが、きつく抱きしめられた感触でジュスティーノは不安と恐怖が引いて行くのを感じた。
「慣れていない者にはやはりつらすぎたか。申し訳なかった」
イザイアが耳元で言う。
「何があっても若様のせいではない。若様はやれるだけのことはやった」
「……感染した者を、素手で運ばせてしまった」
ジュスティーノは顔をゆがませた。泣きそうだ。
「だが、わたしに託して治療を受けさせている」
「それだけだ」
「やれることをやったならよいのでは」
ジュスティーノは無言でうつむいた。
感情が混乱して、どうと整理をつけていいのかが分からない。
「納得できませんか?」
イザイアが抱きしめた両腕に力をこめる。
「落ちつくまでこうして差し上げていてもよろしいが」
「……それでは貴殿に迷惑をかける」
ジュスティーノは答えた。
なぜここまでしてくれるのかと思う。
自身が足元さえおぼつかないほどに混乱すると、かならず支えに現れて答えをくれる。
こうして弱音を受けとめてくれる人間に出逢ったのは、はじめてだ。
「ここで休んでいるから……従者を診てやってくれ」
ジュスティーノはそう告げた。
イザイアの腕をやんわりとつかんで離すよう促す。
腕を離したあとも、イザイアは背後からじっとこちらを見ているようだった。
ややしてから、二歩、三歩と離れる衣ずれの音が聞こえる。
「……やさしいな、貴殿は」
ジュスティーノは苦笑した。
うつむいた姿勢のまま、イザイアのほうをふり向く。
視界の端で、イザイアの唇がクッと狡猾そうに笑んだ気がした。
気のせいだろうと思ったが、ジュスティーノは確認するために顔を上げた。
イザイアは、すでに仮面をつけていた。




