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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
6.夢魔

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LA MIA MENTE E IL MIO CORPO SONO DISTRUTTI 心も体も壊れる I

 朝食後、イザイアは前日とおなじように部屋に入ってくるなり黒いフードマントを差しだした。

 朝から少々曇っている。

 客室の窓から見える空は、灰色がかっていた。


「一人で着られますか?」


 イザイアが問う。

「ああ……きのうも着ているから大丈夫」

 ジュスティーノはフードマントを両手に持ち、(えり)をさぐった。

 イザイアがフードマントをジュスティーノの手からとり上げると、昨日とおなじように背中を向けさせ肩にかける。

「すまん」

 ジュスティーノは苦笑した。

 手早さを問われるような作業は、ほとんどしたことがない。

 イザイアから見ると、もたもたとして要領が悪いように見えるのかもしれないと思う。

「着替えはいつも従者が?」

「いや……服を用意してはもらうが、脱ぎ着くらいは」


「今日も、疲れるのなら朝の診察だけでけっこう」

 イザイアがそう言い、背後からジュスティーノのフードマントの(えり)を軽く整える。


「それではむしろ貴殿に迷惑では?」

「もとより良家の若君に手伝わせるような仕事ではないので」

 イザイアが、かたわらで自身のしたくをはじめる。

(ひま)つぶしでやっているみたいではないか」

「患者を力づけるという面では役に立っておられる。意識のある者は、きのう若様が来られて喜んでいたでしょう?」

「ああ……まあ」

 そんなものかとジュスティーノは思った。医学のそんな面など考えたことはない。


「だが残念ながら、きのうの朝より悪化した者もいる」


「え……」

 ジュスティーノは手元を固まらせた。

「どの者だ」

「従者殿ですか。あとは、はじめに運ばれてきた荷物持ちが思わしくない」

 ジュスティーノは、きのうの朝に見た二人の様子を思い浮かべた。

「荷物持ちは安定した状態が続いていたが、体力が尽きているのかもしれんな」

 ジュスティーノは、心臓が重くなるような不安を覚えた。

 顔が(こわ)ばる。

 イザイアがフードマントをはおる。 

「むりなら、朝の診察も拒否してけっこう。べつに迷惑とは思っていない」

「いや……」

 ジュスティーノは、動揺しながらもそう返した。

「危ないのか」

「保証はできませんな」

 イザイアが答える。

「やめますか?」

「いや……」

 ジュスティーノは答えた。


「主家の者として、万が一のときは看取(みと)ってやるべきだと思う……」


 イザイアが口の端をわずかに上げる。

「そうか」

 ジュスティーノの両肩に手を添え、うしろから顔をよせた。


「若様は立派な方だ」


 耳元でささやく。

「たまらないくらいに」

 イザイアはそう続けた。




 荷物持ちの部屋に入ると、腐った果物のような匂いがした。

  

 聞きかじりだが、ペスト患者からは腐ったリンゴのような匂いがすると聞いたことがある。

 仮面をつけていても匂うものなのか。

 ジュスティーノは自身の匂いかと疑った。

 感染したのだろうか。

 消毒用の酒を入れたカラッファを出入口そばのテーブルに置く。

 かすかに震える自身の手をおさえた。

 イザイアはベッドの横で、荷物持ちの様子を見ていた。

 サイドテーブルの水差しを荷物持ちの口元にあてる。

「……ひどいのか?」

 ジュスティーノは尋ねた。

「症状はさほど重いほうではないが、わずかな水の摂取(せっしゅ)だけでどこまで体力が持つか」

 イザイアが答える。

 ジュスティーノの相づちがないのを説明不足だったととらえたのか、補足した。


「分かりやすく言うと、病を治すまえに()えのほうで死ぬ」


 足元から血の気が引く。

 また座りこみそうになるのをジュスティーノはこらえた。

「もうだめなのか。いつ命がつきるのだ」

 ジュスティーノはついそう口走った。

「若様、患者のまえでそんなことを言うものでは」

 イザイアが落ちつき払った態度でとがめる。

「……すまん」

 我に返ったものの、ひどい目眩(めまい)におそわれた。

 いまにも目の前で絶命されるのではと思うと、つかみどころのない恐怖と不安を覚える。

 こんな恐怖が何日も続くのなら、いっそのこと今すぐ目の前で絶命してすっきりさせてほしい。

 ジュスティーノは、心臓のあたりをおさえた。


「せめて祈りは。司祭を呼んでやれないか」


 イザイアがこちらを向く。

「……おかしな意味ではない。彼らはしばらく教会にも行っていないし」

「まえに言ったでしょう。ペスト患者と聞いて来る司祭などいない」

 イザイアがふたたび水差しをかたむけ、荷物持ちに水を飲ませる。


「来るような司祭なら、とっくに死んでいる」


 イザイアが言う。

「患者を抱きしめたあとどうなったかは知らないと言ったではないか」

「診てはいないので知らないが、予想ならつく」

 イザイアが答える。

「……むりにでも何か食べさせるわけにはいかないのか」

「まず意識がないので咀嚼(そしゃく)ができません。ドロドロに溶かしたものを飲ませるという方法はありますが、弱り切った者だと飲みこむことすらできない」

「水は飲んでいるではないか」

「流しこんでいるだけです。それも数滴ずつだ」

 ジュスティーノは、また座りこみそうになった。

 床がやけに目の前に迫ってくるように見える。

「つぎの部屋に行きますか」

 座りこんでしまうまえに、イザイアがそう告げた。





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