ASSISTENTE DEL MEDICO 医師の助手 II
付き人と別邸の使用人の診察をすべて終える。
ジュスティーノは、疲弊して部屋のベッドに座った。
まだ朝の診察だ。あと二回あるのか。
ジュスティーノはうつむいた。
意識のない者が大半だった。
つぎに診に行ったときに悪化していたらと思うと、見るのが怖い。
なぜこれを予想しなかったのか。
見知った者がジワジワと死に墜ちて行くかもしれないのを見ているのは、目眩がするほど強烈な不安を感じる。
ドアがノックされる。
「若様」
落ちついた低音の声がした。
「入っていいか?」
イザイアだ。
隔離され診察を受けていたときは、ノックはせずに入っていた気がする。
発症すれば、返事ができない場合があるからか。
「入っていい」
ジュスティーノは答えた。
イザイアが入室する。
部屋着とはいえ、来客にも対応できそうなきちんとした服装だ。
やはりここに駆けこんだときのふしだらな様子は、たまたまだったのだろうかと思う。
「ワインでもどうですか、若様」
イザイアが問う。
ベッド横のサイドテーブルに、ワインの入った水差しとグラスを置いた。
「昼間から強いものは」
「少しくらいなら飲んだほうが落ちつく」
落ちつけるのか、とジュスティーノは思った。
イザイアの顔を見上げる。
「貴殿はああいうのは平気か。……やはり慣れているのか」
「医学を修めるさいにはなんども見ますからな」
イザイアが答える。
グラスに赤ワインをそそいだ。
「ああ、若様は白だったか」
イザイアがふと手を止める。
きのうの夕食のさいにワインの好みを聞かれていたのを思い出した。
「いやいい。べつに赤が飲めないというわけではない」
ジュスティーノは苦笑した。
イザイアからグラスを受けとり、ワインを口に含む。
かなり甘い。
グラスのなかのワインの色をまじまじと見る。
「甘草を入れたのですが」
イザイアが言う。
「こういうときにいいのか」
「単に甘いものでも口にすれば落ちつくかと」
イザイアがグラスを持ち、自身のベッドであるかのように横に座る。
使用人を別棟に置いているところから、何となく人ぎらいなのかと思っていた。
あんがい、なれなれしいところもあるのだなと思う。
「今日はもう休んでくださってけっこう」
イザイアが自身のグラスをサイドテーブルに置く。
「役に立たんのなら、そう言ってくれていいが」
ジュスティーノは苦笑した。
「いや。できれば明日も手伝っていただきたい」
「明日もか」
ジュスティーノはワインを口にした。
精神的にはかなりきついが、一晩ねむれば落ちつけるだろうか。
ふいに、ふわりと力が抜ける。
心地のよい眠気で、頭がグラリとかたむいた。
「若様」
イザイアが腕をつかみ、手からグラスをとる。
意識が気分よくぼんやりとしていくのを感じた。
イザイアがグラスをしずかに置いた音が遠くに聞こえる。
「疲れたか」
身体をベッドに横たえられたのが分かる。
口からこぼれてしまったワインを、イザイアが指で拭ってくれたようだった。
意識が、急激に遠のくのをジュスティーノは感じた。
ふわふわと混濁した意識のなかでジュスティーノは視線を感じた。
ベッドのヘッドボードに、服をかけたと思われる音がする。
首に何かが触れ、ツッとすべる。
感触におどろいて息が詰まった。
イザイアに診察されていたときの冷たい杖の先を思い出す。
ククッと笑った声がした。
イザイアだろうか。
診察しているのか。
べつの病の疑いでもあったのだろうか。
ジュスティーノは眉をよせて、身をよじらせた。
「若様」
イザイアの声がする。顔をよせられた気がした。
ぼんやりとした意識のなかで、やはりいまは診察中なのだと思った。
「そんなに懸命に堪えることはないでしょう。どうせごまかせていない」
耳元でイザイアの声がする。
「ソドムに降りた御使いを、かの街の住人は差しだして嬲らせろと要求した」
イザイアがしずかな口調で語る。
「御使いの体を知りたいと言ったのだ」
ジュスティーノはぼんやりと薄目を開けた。
イザイアの稀な美貌が顔のすぐ間近にある。
何をしているのかと考えるまえに、ふっと意識がうすれた。
うっすらとただよう香りは、香草とあとは何だろうか。
「男と、したことはあるか。若様」
イザイアが尋ねる。
質問の意味を考えるような集中力はなかった。
低く、甘い声だとだけ感じる。
衣ずれの音がした。
「高貴な方が淫らに汚されるさまは、たまらなくいやらしいと思わないか、若様」
イザイアのささやく声が聞こえる。
「もしも御使いが、ソドムの者たちに嬲られていたとしたら」
強烈な眠気に呑みこまれる。
そこで完全に意識は遠のいた。




