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【完結】背徳 〜サイコパス医師に堕とされた御曹司の恋〜 〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
5.鞭で打って差し上げたい

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VOGLIO FRUSTARTI 鞭で打って差し上げたい

 ジュスティーノが滞在している客室。

 イザイアは入室するなり黒いフードマントを手渡した。

「この格好をするのか?」

「朝食のときにも説明したでしょう」

 イザイアが、その場で自身も同じマントをはおる。

「説明は聞いたが……」 

 ジュスティーノはフードマントを両手で広げた。

 革に(ろう)を塗った素材なので重みがある。 

「医師でもないのに気が引けるな……」

 イザイアはジュスティーノの手からフードマントをとると、うしろを向かせて肩にかけた。

 幅の広い(そで)に手を通すよう促され、言われるまま通す。


「ブーツに履きかえて」

「ああ……」


 ジュスティーノは、身をかがめて長いブーツに履きかえた。

 イザイアが持ちこんだ二つのペストマスクのうちの片方をとり、ジュスティーノの顔にはめる。

「ちゃんとはまっていますか?」 

「ああ、大丈夫」

 ジュスティーノは答えた。

「呼吸はちゃんとできますか?」

「ああ」

 そう返事をする。

 鼻にぬけるような爽快な香りがした。

 クチバシ部分につめている香草か。

 ローズマリーか。ミントか。


 ふいにイザイアの手がペストマスクの目の部分をふさぐ。


 たまたまだろうかと思ったが、もとの視界がせまいためイザイアの様子を確認しにくい。

 横を向いて手を避けようとすると、真横にイザイアの顔がよせられた気配を感じた。


「気が引けるのなら、(むち)打ち苦行者の格好でもしますか?」


 イザイアがククッと笑う。 

「あれは半裸ではないか」

「裸の若様を、鞭で打ちすえて差し上げてもいい」

 イザイアがクスクスと笑う。ひとしきり笑うと、スッと手をどけた。

 ようやく視界がクリアになる。

 ジュスティーノは、イザイアの様子を見た。

 何事もなかったようにペストマスクをつけて自身の身じたくをしている。

「貴殿の冗談はきついな」

「冗談と受けとられているならけっこう」

 イザイアがそう返す。

 ペストマスクで顔をかくしてしまったため表情は分からないが、肩がかすかにゆれている。

 含み笑いをしているのか。

「私は邪魔か?」

 ジュスティーノは尋ねた。

「なぜ」

「……いやいや置いているから、あてつけのようなものが出てしまっているのかと」

 イザイアが大きく肩をゆらす。

 こんどは声を上げて笑っているようだ。

 笑いの意味がいちいち分からずジュスティーノは呆気にとられた。

「やはりおもしろい」

 イザイアが言う。

「……(けが)しがいがある」

 そう続けたように聞こえたが、ペストマスクで声がくぐもりはっきりとは聞こえなかった。




 客室のドアがならぶ一階の廊下。

 ジュスティーノは、イザイアのあとについていった。

 手には消毒用の酒を入れた水差し(カラッファ)

 乳白色の壁と繊細な金のかざりとの廊下を黒ずくめの者が連れ立って歩く様子は、自身のことながら奇妙な光景に感じる。


「こちらの客室が、あとから運ばれたオルダーニ家別邸の使用人」


 通りすぎた廊下を、イザイアが手袋をはめた手でしめす。

「先の部屋が若様の従者殿、その奥が付き人の方々」

 イザイアは前方を指した。

「従者殿から順番に診ます」

「ほかの患者は?」

 ジュスティーノは周囲を見回した。

「ほかはいません」

 ジュスティーノは仮面の下で目を丸くした。


「街のペスト患者は、運ばれてはこなかったのか?」

「もとより私は医学は修めましたが、開業医というわけではないので」


「え……」

 ジュスティーノは、前方を歩くイザイアの背中を凝視した。

「そうなのか?」

「身内や知人程度なら診ていましたが」

 ここに駆けこんだのは場違いだったのだろうか。そうジュスティーノは思った。

 息ぬきに楽しんでいたのであろうところを邪魔し、厄介な患者を押しつけてしまった。

 ずいぶんと厚かましいことをしてしまっていたと思った。 

「滞在していて気づきませんでしたか?」

「いや……近くの住人は、医師の屋敷だと言っていたので」

 ほう、とイザイアが相づちを打つ。

「どんな者です」

「ふつうの農家の者だったが」

「ふつうの」

 イザイアが復唱する。

「所有地の視察中だったと言いましたか、若様」

「そうだが」

「その者と面識は?」

 ジュスティーノは医師の背中を見た。記憶をさぐる。

「ないと思うが」

 ジュスティーノは答えた。

「本邸の近くの所有地の者ならある程度は見知っているが、こちらに来ることはほとんどないので」

「以前こちらにいらしたことは」

「父と二度ほど」

「なるほど」

 コツ、コツとブーツの靴音がひびく。

 廊下のいちばん端のドアのまえで立ち止まると、イザイアは自身のフードマントの肩のあたりを直した。

 こちらをふり向くと、ジュスティーノの(えり)のあたりを軽く直す。

「なかに入ったら水差しを出入口近くのテーブルに置いて、そのままそこにいてくださってけっこう」

 イザイアが告げる。

「それでは助手にならないではないか」

 ジュスティーノはそう返した。

「私の部屋に来ていた助手の仕事は覚えている。食事を終えた食器をまず片づけて」


「食事はできておりません」


 イザイアが言う。

 ドアのほうに向き直ると、手にした木製の杖で自身の肩をトントンと叩いた。





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