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 約2週間前

 とある国のとある怪しげな路地の中。揺れるホワイトブロンズの髪を灰色のローブに隠した小柄な少年は、怪しげな露店に顔を出していた。暗い大きなローブを羽織っている老婆はここの店主だ。店主の前には雑に広げられた数々の奇怪な置物が商品として並べられている。

 緩いローブの袖口から折りたたまれた小さな紙を少年に手渡す。少年は受け取った紙を開き中を確認する。


 ――聖なる神の下 欲望渦巻く会場 厭世家の元


 少年が確認した瞬間、前触れもなく紙の左下から燃えて跡形もなくなる。どうやら読み終えたら勝手に消える仕組みのようだ。

 少年はローブの下から小袋を出し老婆に渡した。老婆は小袋の口を開き中を確認すると自身の懐へしまう。


「また、御贔屓に」


 ゆっくりと渋みのある声が薄暗い路地に飲まれていった。




「俺は割と下準備はしっかりする方でなぁ。商品の情報を聞かない代わりに、全ての品に取引が終了するまで枷を付けるんだよ」


 振りかぶる腕に力を入れレネを押さえつける。眉間のシワが濃くなるレネ。食いしばる歯の隙間から声が漏れる。


「持ち逃げと逃走対策さ。枷はこの会場から出た瞬間に爆発する仕組みだ。てめぇみたいな品の良いご子息には思いつかないよなぁあ!」


 男の右足が飛んでくる。左側から伝わる衝撃は、レネを軽く吹き飛ばした。元々大男にやられていた左腕に、今の蹴りが的確に入り嫌な音がした。


 ――こいつら、商品を持ち帰る事じゃなくて破壊してでも他のオーナーに取られないようにするつもりかっ!


「俺らにハチの巣にされるか、爆死するか好きな方を選べよ」


 男が片手をあげ後ろで待機していた黒スーツ達が銃を構えたのが見えた。


「ナ……ディっ……?」


 逃げろ避けろ伏せろ、どれを選んでもほぼ死の状況の中レネがかすむ視界でとらえたナディはただ立ち尽くしていた。男が手を振り下ろす瞬間、男の片手が消えた。肘から下が綺麗に消えた。


「は……?」


 ぼとりと男の腕が落ちたと同時に、吹き飛ばされた肘の断面から炎が上がる。男の絶叫が響いた。燃える上がる火を消そうと腕をふり、もたつく足は助けを求めるように動く。今度はその足が吹き飛んだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 喉を潰した様な聞くに堪えない悲鳴が、教会のガラスを震わせた。床でのたうち回る男。足の断面から無情にも炎が上がる。後ろにいた男の誰か1人が声を上げ逃げ出すと、パニックは電線し全員が距離をとるように走り出す。そして1人、また1人身体から炎を上げ倒れていく。

 こんな人並み外れた現象を起こせる人間はこの場に1人。


「ナディ……?」


 男たちの断末魔の中で無表情でただ立ち尽くすナディ。喜怒哀楽、表情豊かな彼からは想像もつかない姿だった。ナディの瞳の中でぱちぱちと星がはじける。

 のたうち回る男の残っていた片手片足が燃え上がる。誰かが人魚草に触れたのか、いつの間にか高窓を突き破っていた幹が燃えている。それを皮切りに木造の教会は火に包まれる。必死に名を叫ぶレネの声はナディには届かない。


 ――まずい、今あの男を跡形もなく燃やされたら……!


 ナディの瞳の中でまた星がはじける寸前、レネがナディに腹に拳を突き立てる。ずるりと力が抜けたナディをレネは支える。左腕はすでに力が入らない為右腕だけで支えるが、身長差のないナディを支えるには不安定だ。数メートル先の扉がやけに遠い。

  よろつきながらなんとか教会の入り口までたどり着きナディを下ろす。左腕の痛みに顔をゆがめてレネは燃える教会へと戻っていく。


 どうしてもやらなければならない事がレネにはあった。それが本来のレネの目的であり、ここに来た理由である。


 窓ガラスが割れ、木材が燃え落ちてゆく。荒い息を吐きながら、熱気の中を進んでいく。手足を吹き飛ばされ燃やされ、のたうち回っていた男の目は落ちくぼみ力を感じられない。酸欠状態になったのかガスを吸い込んだか、男の口には嘔吐のあとがある。微かな呼吸音だけがまだ男が生きている証であった。

 まだ燃え続けている男の懐から小指ほどの大きさの石を抜き取る。濃く鮮やかな赤色の石は一点の曇りもなく輝いており、熱気に晒されていたにも関わらず不思議と熱くはなかった。レネは男に問いかける。


「これをどこで手に入れた?」


 男の口からは笛の様な呼吸音しか聞こえない。レネは男の胸元を踏みつけ声を荒げる。今まで無邪気に軽く笑い飛ばしていたレネからは想像しがたい形相である。ナディがこの場にいたら多重人格を疑うだろう。


「言え!これを!どこで!誰から!買った!?」


 天井が焼け落ちる。熱気と火の粉と煙があたりに充満する。息が熱と煙で上手く吸えずにせき込む。煙が眼に入り刺激する。レネは瞳に薄く張られた水を拭い、苛立ちを隠さず最後に問うた。


「これは、レタトゥエル王国で買ったものか!?」


  男が静かに首を縦に振った――気がした。それを最後に男の呼吸音は静かになった。


「……クッソ」


 レネの悔しさの声は炎にかき消された。

 時をおかず、バンと正面扉の反対側、所謂裏口の扉が開けられた。


「おい!このクソチビバカ!早く出てこい!冗談抜きで死ぬぞ!!!」


 長い青みがかった黒髪を雑に束ねた長身でつり目の男だ。レネにとって見慣れた背格好の少年は、背中にナディを背負っている。自分の置かれている状況を思い出し少年の開けた扉の元へ足早に駆け寄る。


「こいつ持ってきたけど、いいんだよな?」

「ああ、ありがとうリタ」


 穏やかに少し疲れたように笑うレネに1つ舌打ちをし、「ほんとにな!全身全霊で俺を敬え!!」と悪態をつく。そんないつも通りの彼に安心したレネ。2人は教会を背に小走りで去っていく。黒煙上る教会に消防団のけたたましい音が近付いていた。

 足を止めずに、振り返っては何処と無くやるせない表情のレネ。見かねたリタが声を掛ける。


「途中で倒れたら置いてくからな」

「……それは困るね」

「なら前だけ見とけ」

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