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「なんだ、君たち会場の人間なのに信用されてないんだ」
――さてと、どうするこの状況
レネは男から目を離さない。
わずかな表情や動作を見逃さないようにじっと見つめながら、会話で時間稼ぎを試みる。
「こちらと民間企業でね。元々ガラの悪い集団集めて護衛事業やってんのさ」
「へぇ、ここって割と有名だから運営はしっかりしているものだと思ってたけど、案外雑なところあるんだね」
――強引に逃走ってのは無理だな。背中を向けた瞬間撃たれる
「雑……?」
レネは大げさに肩を落とし全くやれやれとナディとあの子を隠すように一歩前へ出る。
「全体的に教育がなってないよ。まず、未知の植物とはいえ焦り過ぎ。闇のオークションで出される品なんて未知未開未到な物ばかりだよ」
――ナディの魔法も無理そうだ。杖を拾う瞬間にあいつは撃ってくる
「連携もままなってないおかげで俺たちメインホールまで楽に行けちゃったし。あああと、あの大男、一番の戦闘員なら脳筋すぎだよ。単純な強さはいいけど護衛として、組織としてなら最悪だね」
――不意を突いて懐に飛び込むか?いや、あいつだけなら倒せても周りの連中はレネとあの子を狙いに行くだろう。そうなったら詰みだ。人質にされたらどうにもできない
「俺と戦う事を楽しんで優先してた。2人は眼中にすらなかったみたいだよ。まぁおかげで俺たちが勝ったんだけどね」
――信頼回復のために「なるべく生きた状態」で俺たちをとらえたいはずだから、殺されはしなくとも9割くらいは殺してきそうだし、最悪あいつを呼ぶ……
急加速したレネの思考を止めるように男は笑い出した。小さな教会の中で笑い声が跳ね返る。
「まさかガキに説教される日がくるとはなぁ」
ゆっくりと男がこちらに歩いてくる。レネの正面で止まると、背中を丸めて顔を近づける。大男とはまた違った圧に掌を握るレネ。
「最近のご子息様は頭が高けぇな!!」
レネの頭上、男が振りかぶったの腕をガードするように右腕で受ける。細身だがそれなりの力はあるようだ。ふと、ワイシャツで隠れていた男の左首に青紫の花……トリカブトの刺青が見えた。レネは密かに目を見開く。
「レっ……ネ……!」
魔法でこの状況を打開しなければならないのはナディが一番わかっていた。この現状を打破できるのは自分の魔法しかないという事を理解してはいる。しかし左肩の痛みと熱は13の小さな体では耐えられない。うずくまって唸る事しか出来ない自分が情けない。
そして危機的状況でも変わらず高窓を見続けるあの子。ナディはないとわかっていても願ってしまう。誰か助けてくれと。
そんな絶望の一手を崩す様に、教会の正面扉が開かれた。どうやら近場の住民が銃声やら突然生えた木やらに不信を持ったらしい。ゆっくりと開かれた扉に沿って入ってくる光は、まさにナディたちにとって希望の光だった。全員が扉に意識を向けるなか、レネが動き出そうと体の重心を変えた瞬間、それよりも早く動き出した者にナディもレネも驚愕した。
あの子だ。今まで水のように流れるまま、ナディとレネに連れられるまま動いていたあの子が、勢いよく開いた扉めがけて走り出したのだ。薄く笑みを浮かべた男にレネの脳内では絡まっていた2本の配線が解かれた。レネが声を上げようと口をあけ息を吸った瞬間、あの子の足が扉から出た。
気が付いた時、あの子は炎に包まれていた。
目も開けられぬほどの風と熱、続けて大きな衝撃音。
キーンと鼓膜の奥で不快な音が鳴り響く。様子を伺いに来ていた住人達が慌てて逃げていくのが見える。
――何が起きた?あの子が爆発した?なんでどうしてどうやって?
燃えるそれを目の前にナディは理解が追い付かない。何も話してはくれないし、反応を返してくれるわけでもなかった。虚ろなその瞳に僕らが映っていたかもわからない。でも繋いでいた手の冷たさがまだ残っている。
唖然とするナディの耳に男の声が入って来た。
「ガキ3人にこのザマなんて情けないにも程があるからなぁ。ある程度の信頼回復は必要だろ?」
ナディは自分の奥底で何かが切れた音を確かに聞いた。