4-1
兄が育てた巨木が葉と実を新たにする事3回、それが完全に落ちる頃。ナディが火の粉から、ろうそくの火を半分の確立でつけれるようになった頃。
葬儀場で2人の男が亡くなった事が騒がれていた。
1人はある女児の父親、もう1人は託児所の責任者。ある女児に、とある事故があり帰らぬ人となってしまったらしい。その葬儀に来た責任者と父親は口論になり、結果父親が怒りに任せ魔法を暴走させた。
「魔法を食らった責任者が死んじゃうのは分かるけど、なんで父親の方も死んじゃったの?」
「ナディ昔、魔法は■■■様の為に感謝を持って使うものだと教えただろう」
いつも優しい兄の声が、どこか硬い気がした。
「魔法は自分の感情に任せて使う物じゃない。■■■様への感謝を忘れたらその分、罰として自分に返ってくるんだ」
「ふーん……。魔法って意外と不便なんだね」
「そうだね、魔法は僕たちが思っているよりもずっと恐ろしい力なのかもしれないね」
大男を倒したナディ達がホール中から注目を浴びていた事に気付いたのは、どこかから「魔法使いだ」という声が聞こえたからである。その一声を皮切りに「本物か!?」「なんて珍しい!」と騒々しくなっていく。
流石に目立ちすぎたと3人は足早に扉へ向かう。扉の向こうは一本道の薄暗い廊下、響く足音を置いて突き当たりの階段を数段登り、人魚草に破壊された木造の古い扉を潜れば。
「こ、こは……」
古びた長椅子が縦に2列、皆規則正しく正面の女神像を向いている。女神像の上には赤や青のステンドガラスがはめられており、そこから入る光は女神像だけでなくこの室内全体を包み込んでいる。人魚草を目で追えば幹が高窓を突き抜けて葉を付けているのが見えた。
「教会……か……?」
「教会を入口に闇オークション会場を作ったんだよ」
「なんつー罰当たりな……」
「誰も聖なる女神様を隠し蓑にするなんて思わないから、ね」
長椅子と長椅子の間、教会の中央を歩き正面の扉をゆっくりと目指す。ついさっきまで殺伐とした中を走り回っていたのが嘘のように静かで穏やかだ。人魚草が原因で割れた高窓から日の光が微かに漏れている。
「あ、これ持ってきちゃった……」
「どうしよう」とナディの右手にあるのは杖代わりにした配管。
「女神様の前で捨てるのもなぁ……」
「真面目だねぇ」
はてさて、この教会から出たら適当に置いていこうかと考えていると、左手を繋いでいたあの子が初めて足を止めた。
「どうした?」
腕を引いても動かなく、ただその場に立ち尽くしている。地下の牢屋で出会ってからどこも見ていなかった瞳に、明確な意思があった。相変わらず濁った瞳だがその先には、人魚草に突き破られた高窓がある。
「人魚草が気になるのか?」
――確かに、随分立派な葉を成しているし、そもそも植物自体が謎みたいな草?木?だけど、今そんなに気になるような所あるか?
同じく高窓を見上げてうなるナディ。その奥でレネがじっとあの子を見据えている。
「うーんどうしよう、岩のように動かなくなってしまった……」
ナディはあの子の正面に立ち何とか動いてくれるように説得を試みる。
――脱出まであと少しなんだけどなぁ
モヤモヤと脳に重い煙が炊かれる。最終手段は強引に抱き抱えるしかないか?と煙の中をさ迷っていたナディ。次の瞬間、乾いた音が聞こえたと同時に、ナディの左肩に衝撃が来た。強い衝撃は、ナディの体を前方に倒し、持っていた配管を落とす程だ。体が地面に着く前に何とか片足で支える。左肩が重くて熱くて、濡れている。思わず添えた右手には赤い液体が着いていた。
――血……撃たれたっ……!?
理解すると同時に激痛が走り、支えていた片足が崩れた。呻き声が漏れる。
「ナディっ!」
数歩離れていたレネが駆け寄り状態を確認しようとした時。コツリと静かな教会に足音が響いた。
「全く……会場は謎の植物と火災でパニック状態、うちで一番の戦闘員は気絶、とんでもないことをしでかしてくれたよ」
ナディたちが入って来た扉からゆっくりと姿を現したのは、大男と同じスーツを着たやせ型の男だ。長髪を丁寧に後ろでまとめ、きっちりとスーツを着こなす男の片手には銃が握られていた。
「やはり品物の事前情報は渡すように強く言うべきだった」
随分と長い溜息をつく男の後ろからぞろぞろとスーツを着た男たちが同じく銃を片手に出てきた。大男の言っていた増援という奴だろう。
ここにきて大分状況が厳しくなったことにナディとレネは冷たい汗がにじみ出る。
レネの思考スイッチが加速度を増した。