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「やっぱり魔法を使ったら感謝が伝わるっていうのはよくわかんないや」


 たった数秒。完全に成長した大木の下で実った果実を兄と分けあう。家の敷地から出しえもらえないナディに、頻繁に勉強を教えてくれる兄はナディにとって唯一無二の存在である。

 丸く紫の果実を幼いレネは両手で持ち、口に運ぶ。皮がぷつっとはじけて、程よい弾力のある果肉からジュワリと甘い果汁が溢れる。口の端から零れた果汁を手で拭う。


「レネも使っていくうちにだんだんと感覚を掴めるようになるさ」


 兄は片手で果実を持ちかじりつく。程よい酸味が甘さを引き立てていいアクセントだ。


「ていうか、その棒きれに意味あるの?」

「杖の事か?」


 既に半分以上かじられた果実を胡坐をかいていた足の上にのせ、代わりに細い木の枝の様な杖を手に取る。


「杖はイメージや感謝の思いを乗せて1点集中させる道具だよ。なくても魔法が使えない訳じゃないけど、よほどの手練れじゃないと魔法が分散しちゃうんだ」

「魔法が……分散?」

「さっきこの木を育てる為に魔法を使っただろう?あれを杖なしでやろうとすると、この辺一帯の草や花も一緒に育っちゃうんだ」


 三分の一ほどなくなった果実を両手にレネは上を見上げる。立派に成長した木は風が吹く度、葉や枝がこすれ合って心地よい音を出している。


「まぁだから杖なんてなんでもいいのさ。細長い棒状の物であれば、ね」




 ダンッと巨体が床に打ち付けられる。


「スゲぇ……。レネの奴あの大男を吹き飛ばした……」


 しかし、ダメージはさほど無いようで男もすぐに起き上がり体勢を立て直す。戦闘経験のないナディでもレネの形勢不利がわかった。流石に体格差がありすぎる上に初手のダメージで左腕はほとんど使えないようだ。


 ――このままじゃだめだ。どうする、僕も魔法で……。いや、あれは偶々偶然使えただけで、今何かしようなんて……っ!


 レネが右足で相手の腹に蹴りを入れようと振り上げる。大男は軽く腕でガードした瞬間レネの足首を掴み、こちらに投げてくる。ナディのすぐ横で鈍い音がした。


「レネっ!」

「いつつ……、流石に力比べはきついな。無視して突破は出来なそうだし……。ナディ、援護たのむよ」


 頭から流れ出る血を雑に拭い立ち上がる。質の良いシャツの白い袖口が赤に染まっていく。


「援護って言われても……!せめて杖がないと……」

「杖?」

「棒状の……細長い物なら何でもいい!」


 レネは人魚草の幹によって半壊状態のホールを見渡しそれに目を付けるとニヤリと笑う。それを見たナディはふと自分の言った事の重大さに気が付き慌ててレネを止める。


「お前あれに勝つつもりか!?」


 指を指した先にいる巨体は、怪我ひとつなく余裕綽々、意気揚々。比べて微小の少年は、頭から血が垂れ、左腕はほぼ動いていない。勝敗など明々白々、火を見るより明らかである。


「あいつを倒す前にレネがやられちゃうよ!」

「倒す?」


 キョトンと額から冷や汗を流すナディと顔を合わせたレネは軽く笑いだした。


「いいかいナディ、何もあいつの意識を刈り取って地面に伏せさせる事だけが勝ちじゃない」


 レネはナディの力の入った頬を右手で優しく掴む。両頬をむにむにと、ナディの頬の感触を楽しんでいる。


「思い出せ、俺たちの目的はあいつを倒すことじゃない」

「……ほほはらにへること」


「ここから逃げること」、レネに押され縦に空いた口からは随分マヌケな発音だ。


「そう、脱出の扉は彼奴の向こう側。無視しては通れない」


 ――だから倒すしかないんじゃ……?


 開放された頬をさすり、首を傾げる。視界の端にあの子が入るが変わらず棒立ちでこの現状を眺めている。


「俺らは扉を通れればいい。その間あいつの足止めが出来ればいいんだ」


 今、この現状の「倒す」と「足止め」が果たして何が違うのか、いまいち理解しきれないナディを置いてレネは奴と相対する。


「待ってってくれるなんて、顔に似合わず優しいじゃん」

「俺にとっても時間稼ぎにゃちょうどいいんでな」

「……意外だな、増援を呼ぶタイプには見えなかったよ」


 双方ニヤリと顔を合わせる。


「わかったら諦めなクソガキども。おとなしくしてりゃこれ以上痛い目見なくてすむぞ」

「冗談、こんなの怪我のうちに入らないよ」

「随分と余裕そうじゃねぇか坊ちゃんよぉ。俺をやれるってのかい!?」


 レネは新しく垂れてきた血を雑に脱ぐうと、数回屈伸をした後、それに目くばせし走り出す。

 大男からして少し右側に飛び出したレネ。


「強行突破なんて出来ると思うか!?」


 拳を構え追いかけてくる男に目もくれず全力でそれに向かって走るレネ。右手でそれを掴み、回れ右、勢いで宙に放る。突然止まり振りかぶったレネに、男は思わず身構えるが、投げたそれはクルクルと放物線を描き男の先に居たナディの方へ向かう。

 そのナディを力強く指さし、レネは声を上げる。


「いいか!ナディは俺の為に力を使う!」


 よく、通る声だった。人魚草で破壊されたエントランスホール、上がる火の手。今までパニック状態でナディ達の事を気に留めてなかった人々が、こちらに注目し始める。


「俺がここから!逃げるために!」


 少し慌ててナディは向かってくるそれを受け止めた。掴んだそれを確認する。確認して目を見張る。


「壊れた配管じゃん!!!これ杖代わり!?」

「細長い物なら何でもいいって」

「いったけどね!?」


 人魚草でホールが破壊された時、壁内にあった配管も折れたのだろう。


 ――え?配管って杖代わりになるの?しかもちょっと歪んでる……


 困惑と混乱と当惑。グラグラの小さい石で積み上げられた思考を止めたのは今まで飄々としていたレネの呻きが耳に入ったから。


「なに企んでるかしらねぇが、まずは一人!」


 レネの首を鷲掴みにしてる大男が見えた。片腕で持ち上げ、首を絞めている。レネも足をばたつかせ、右手で首を絞めている男の手を引きはがそうともがいているが、男から見れば暴れているのは地を失った足と赤子の様な握力。苦しむ顔のレネに、かまうものかと心を決めるナディ。


 ――魔法……どんなのがいい?炎……はダメだ、人魚草に引火する。


「か〝……はっ……!」


 空気を含まないかすれた声を上げるレネに、思考のスピードをメリーゴーランドからサーキュレーターにする。


 ――じゃあ水?水であいつを止められるか?……レネの為に、今この状況でどんなのが一番あいつの為になる……っ?ああ、なんか気持ち悪くなってきたっ


 頭をガシガシ、髪をぐしゃぐしゃにして、ふと下に目線をやると枷が付けられた自分の足が飛び込んでくる。瞬間脳裏に飛び込んでくるレネの言葉。


 ――「その間あいつの足止めが出来ればいいんだ」


 破損と落下の衝撃で少々表面が歪んでいる配管を握り直す。配管への危惧は思考の外へ。脳を埋め尽くすはレネの為に。


「っこれでもくらえよ!」


 瞳の奥で小さな星が弾ける。振りかぶった杖……配管にズズっと何か吸い取られる様な気がした。感じた事のない違和感に背筋がゾクッとした瞬間、がんッと重い金属音が聞こえた。音の方へ顔を上げると、大男が片腕を床に付けて片足をついているのが見えた。よく見るとレネを掴んでいた手首に随分と重い枷がはまっていた。約160のレネを片手で放り投げ、掴み上げる男が腕を持ち上げられないほど重い枷である。

 うまくいったと胸をなでおろし、小さくガッツポーズするナディ。開放されたレネはせき込みながら立ち上がる。


「なんだぁこれはぁああ!?」

「商品の情報くらい、事前に仕入れとくんだったな。ああ、それとも下っ端過ぎて教えてもらえないのか」


 嘲笑うレネの声に男の額に血管が浮かぶ。


「貴様ら、一体何を……!」


 ふとと思い出したかのように男の言葉が詰まる。


「まさか……!まさか、あのガキ魔法使い……のっ……!!」


 言葉を遮るようにレネは右から左へ、しゃがみ込んだ男の顎を容赦なく、躊躇なく蹴り飛ばした。下あごがずれ、脳が揺れる。男は呆気なくどさりと倒れ込んだ。ナディは今もどこかを眺め続けるあの子の手をとり、レネに駆け寄る。


「足止めで良かったんじゃないの?」

「……蹴りやすい所に顔があるのが悪くない?」


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