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随分と前の話、兄に聞いた事がある。
「どうしたら上手く魔法を使えるか?」
人よりも魔法の使い方が劣っている僕に、家族にすらいい顔をされない僕に、いつも1人の僕に、優しくしてくれた1番上の兄。ほかにも兄がいる、らしいのだけど別の場所で暮らしていてあったことはない。
「うーん……イメージと感謝は大切かなぁ」
「イメージと感謝……」
そうだなぁと窓辺に置かれている小さな鉢植えを手にとった。中にはまだ芽が出たばかりの草が生えている。鉢植えの双葉を揺らしながら兄は外へ出る扉に片手をかけた。
「おいで、ナディ。見せてあげる 」
庭に出た兄は鉢植えを適当な土の上へ置いた。数歩下がって上着のポケットから杖を出す。木の棒のようななんの変哲もない杖だ。
「イメージと言ってもザッととしたものでいいんだ。例えば僕はこの草が成長したらどんな植物になるのか知らない。だから成長しろーって願う感じかな……?」
「そんなに雑でいいの?」
「あとはもちろん、■■■様への感謝を忘れずね。」
杖を鉢植えに向ける。
「僕達が魔法っていう特殊な力を使えるのは■■■様の恩恵があるから。■■■様の為に」
植木鉢の双葉がざわざわと揺れだし、ぐんっと背が伸び出す。枝が別れ、葉が増え、幹が太くなる。やがて根が植木鉢を壊しその下の地面に埋まっていく。首を下にして見ていた双葉はあっという間にレネと兄の背丈を越していった。「すっごい……」と思わず声が出るナディだが、魔法の使い方について聞きに来たのだと頭を振る。
「■■■様の為に魔法を使うことが■■■様への感謝になるの?」
「ナディが丹精込めて作った野菜を他の人が美味しく食べてくれたら、嬉しいだろ?それと似たようなもんだよ。」
ガシャン、ガシャン、ガシャンと次々に音がなった。重たい音が収まった次の瞬間、キィと目の前にある錆びた鉄格子の扉が開いていく。錠前で施錠されていたはずの扉。理解が追いつかないナディ。身を捩ると右足に違和感。目線をそちらに向ければ……。
「あれ?え?鎖が……切れてる……?」
右足首にぐるりとかけられてる鉄の足枷こそ外れていないけど、足枷と壁を繋いでた鎖が綺麗に切れている。
「やれば出来るじゃないか」
「これ、僕がやった……のか……?」
レネは何を当たり前の事をと不思議な顔をする。
「ここに魔法使いは君以外いないよ」
「でもっなんで……僕はまともに魔法なんて……。こんな大量の鍵開け魔法なんて……使えるはずが!」
突如、いきなり、突然に使えた魔法に信じられないでいるナディ。目の前にはニィとまた意地悪な笑みを浮かべているレネ。
「これで、契約成立だ。ここから脱出するまでのナディを俺が買った。しばらくは俺の所有物という事だな」
背筋に走る悪寒に自分の体を思わず抱きかかえる。
――どうしよう、こいつの肉壁とかにされたら
レネは開きかけの鉄格子状の扉に手をかけ牢屋の外に出る。牢屋の前に置かれている商品の数々に目をやり2、3見渡した後、ナディの方に振り向き「その子にも一緒に出るか聞いといて〜」と目の前の怪しい石や木箱を漁っていく。
ナディは魔法を使ったという事実にまだ戸惑いながらも右隣にいるあの子に声をかける。
「あー、えっと……立てる?」
「……」
表情、身体共にピクリともしない。
「一緒にここから出よう?」
「……」
ナディが手を差し伸べても特に反応は無い。さて困ったと唸る。無論ここに置いていくという無情な選択肢はナディにはない。見たところナディより一回り小柄で随分と細いが、ナディも体力に自信があるわけではないし、抱えてこの場から出るのは難しいだろう。
「ね、ここにいてもいい事ないよ。外へ出よう?」
だらんとした手が一瞬ピクリと反応した気がした。試しによいしょと脇の下に手を入れ立たせてみる。少々強引な手だと思ったが、いつ自分達を商品とする奴らが来るか分からない。そっと脇の下から手を離して見ると、骨と皮の足の割にはしっかりと立ってくれたことに安堵する。
「よし、歩けるかな?」
「……」
立ったままぼぉっと虚空を見つめいる。ナディは苦笑いで少し頭をかき、相手の手をとる。ナディに引っ張られる形で相手も足を進めてくれる。思ったよりもしっかりした足取りに、これなら少し走っても問題ないだろう。2人で鉄格子を出て、商品を漁っているレネに声を掛ける。
「レネー!何してんだ、早く行くぞ!」
「あいよー!」
商品の山をかき分けで出てきたレネは片手に謎の瓶を持っていた。。中には小さな二葉が入っている。
「随分といい物があった!」
「なんだそれ」
「これはね、人魚草と言って……」
なんだかテンションが上がっている様子のレネは腕を振り上げパリンと、なんの容赦なくその瓶を床に叩きつけた。
「はっ!?」
「空気に触れさせると、太陽の光に向かって一気に急成長する植物!」
瞬間、ドンッと先程の二葉が大きな木の幹の様になり、それはどんどんと伸びていく。先を見れば鉄の扉を破壊し、まだ伸び続けている。さらに外から微かに悲鳴と銃声が聞こえてきた。
「この幹にそって行けば自ずと出口にたどり着くって事!」
唖然とするナディの横で得意げなレネ。
「ほら、人が来る前に早くこの場を離れよう!」
牢屋があった部屋から出れば窓もないコンクリート壁の廊下が続いている。廊下の3分の1は人魚草の幹で埋められ、遠くからまだ悲鳴が聞こえてくる。幹にそって走る3人。ふと思い出したようにレネが声を上げる。
「あ、そうだ。人魚草って幹に可燃性の油がたっぷり含まれてるから、火気厳禁だよ!」
「はっ!?それってここじゃマズいんじゃ……」
今も遠くでなっている銃声を指さす。その瞬間、焦げる様な匂いが「火が!」「誰か水を!」と悲鳴と共に聞こえてくる。
「俺らを出口に案内してくれて敵の妨害も完璧だ。ね、便利でしょ?」
屈託のない笑顔で話すレネにナディは絶句した。確かにとても便利だがその幹はナディ達の横につながっているのだ。つまりそれは。
「僕らも早く出なきゃここ火の海じゃねぇか!!!」
――イカれてんのかこいつ!?
突然生えた謎の幹と発火のおかげで大混乱の現場。ナディ達が本格的に武装した護衛……所謂敵と相対する事はなく、非常階段を1階2階と上がって行った。どうやらナディ達が監禁されていたのは結構な地下だった模様。
途中で聞こえてくる「もうここはダメだ!火の周りが早い!」「待ってくれまだ中に人が!」と悲惨な声が聞こえてくる度に、この惨状を予想して人魚草を使ったレネに若干の恐怖を抱きながら幹を辿って階段を上る。
何階分登ったか、だいぶ息もきれてきた頃やっと幹が廊下へ行き先を示している。
――はぁ、はぁ、やっと階段地獄から抜け出せる……
ふと、ナディは自分と手を繋いでいた自分より華奢なあの子が気になり声を掛ける。
「はぁ、はぁ、君、大丈夫?」
あの子は相変わらず虚ろな目でどこを見ているか分からない。しかし驚くべきは息一つ切れていない事だろう。ナディとは反対に随分と余裕そうだ。
「すごいねっ、体力あるんだっ」
息絶え絶えになりながら笑いかける。虚構を見つめて特に反応無し。なんだか虚しい気分だが、まぁ体力尽きて途中で動けなくなるよりいいかと前向きに考える。
「ナディが体力ヘボいだけだってよ!」
あの子の後ろからひょっこり顔をだしニヤニヤとするレイ。こちらも息1つ切れておらず随分と余裕そうだ。正直そっちの方がショックで悔しい。同じくらいの背丈と体格なのに。
「なんでお前も平然としてるんだよ……」
――お貴族様ってのはベッドでダラダラしてパーティーしてるだけじゃないのか?
ナディは貴族に若干の偏見を持っている。
人魚草の幹で破壊された非常階段の扉をくぐり抜けると随分と広いスペースに出た。どうやらエントランスホールの様だ。人も多く、あちこちで火の手が上がっている。所々にある赤黒いものはなるべく視界に入れないようにしようと心にちかうナディ。
「幹が枝分かれしてる……」
「それだけ外が近いんだ一番太いのを辿って行こう」
中央のカーブを描く階段を降りてその先の扉を目指して小走りする。
階段を降りた瞬間、ナディの前を走っていたレネが視界から消え、右側から鈍い音が聞こえた。
「その足枷ぇ……お前ら商品だろ?なんでこんなとこいんだぁ!?」
立ちはだかるのは2メートルはあるだろう大男。スーツを着ているがその体の厚さとガタイのよさは、身の前に立たれるだけで足がすくむほどの威圧感がある。ナディはあの子を背に一歩下がった。冷や汗が頬を伝う。唾を飲み込み、あの子と繋いでいた手に力が入る。男と反対の柱に吹き飛ばされたレネが左腕を押さえながらよろけて立ち上がった。どうやら大男に殴り飛ばされたらしい。
「商売品は大切にしろって教わらなかったかデカブツ」
服についた汚れを手で払い、余裕の笑みを見せるレネ。
「なるべく生きた状態とはいわれたな」
同じくにぃと口角を上げる大男は関心とばかりにジャケットを脱ぎ捨てる。
――左腕で防ぎつつ、自らに左へ飛んで直ぐ様受け身の体勢をとった。このガキ、ただの温室育ちの坊ちゃんじゃねぇ……!
「いいねぇ!!楽しめそうだぜ!!」