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「この国で魔法の実験体として残るか、他国へ売られるか。出来損ないのお前に選択肢が与えられている事に感謝しなさい」

 13の少年に実の母から与えられた選択肢は冷たいものだった。




「で、売られる事を選択して今ここって訳ね」


 鉄格子で区切られた牢屋の中、右足に枷を付けられて鎖で壁に繋がれている人間が3人。

 3人とも体は小さく10代前後のようだ。真ん中に繋がれているのは赤髪のくせ毛、魔法使いの国から売られる選択をした少年、ナディ。


「実験体なんて廃人同然にされて、心臓が止まっても呼吸が止まってもいじり回されるだけだ。だったらこっちの方がまだいい。……お前は?」


 ナディは自分の左側にいる少年、レネを目に入れる。随分綺麗な少年だ。人買いに攫われる際に暴れたのか、多少汚れはあれど上下共にいい服を着ている。


「見たとこどっかいいとこの坊ちゃんっぽいけど」

「ふふん、だろうねぇ?」


 右手を顎に当て意地悪く口角をあげたレネに眉がピクリとしたナディだが直ぐに現実を思い出し、ため息を着く。


「お前よくそんな余裕あるよな。僕らこれから売られるんだぜ?ここにある数々の珍しい品と共にな」


 鉄格子の向こうには、ガラス瓶の中で蠢いている謎の植物や、明らかに禍々しいオーラを放っている石、ガタガタと音を立てる木箱等、普通に生きていれば一生目にしないであろう品々が大量に積まれていた。


「ははは、そうだね。俺ら3人はこれから行われる闇オークションの目玉商品だ。調教しやすそうないいところの坊ちゃんに、珍しい魔法使いの国出身のナディ、そして何か混ざってる子ども」


 ――自分で自分の事調教しやすそうとか言ってる、ちょっと気持ち悪い


 若干の引きを隠せないナディの右隣、ボロボロの布切れは着ていると言うより羽織っているという表現の方が合う。そして布切れから伸びている手足は病的に白く、やせ細っており、骨の形がよく分かる。形こそ人間だが、皮膚には魚のような鱗が所々あり、それらは頬やおでこにも見られる。真っ黒な長髪は雑に切り揃えてあり、光をうつさない瞳からは何を考えているのか読み取ることは出来ない。


「一体何を混ぜられたのか、混ざってしまったのか……。人の形を保っているって所が高額ポイントかな?」


 軽々と人間を値踏みするような口ぶりのレネにナディは苛立ちを隠せなかった。

 ナディにはこの淀んだ瞳に見覚えがあった。昔たまたま迷い込んだ地下室で見た、魔法の実験体になった人たちと同じ目だ。きっと想像を絶する体験をしたのだろう。


「お前みたいなお貴族様は能天気でいいな!でもお前もこれから値段を付けられて、変態共に買われるか、バラされて変な実験の道具になるんだぜ?余裕ぶっこいてる場合じゃないだろ!」


 右足につけられている鎖が、コンクリートの壁に反響してやけに響いた。

 重いジャラリとした音とは反対にレネの声は変わらず明るく軽いものだった。


「そうそう、だから俺らはここから逃げ出さないと行けない」


 随分と意地悪い顔だ。まるで物語に出てくる傲慢で強欲な王様。


「ナディ、俺に買われろ」

「……は?」

「別に一生を買う訳じゃないここから脱出するまでだ」


 返事をするのに3秒はかかった。言葉の理解にはまだかかりそうだ。

 鉄格子の牢屋の中、同じく商品として売られる予定の少年に商談をされている。意味がわからないし無茶苦茶、だが。


 ――その翡翠の瞳から目が離せない。


「な、にを……っ」

「希望最低落札価格は?」

「はっ?」

「その1.5いや、2倍は出す。ここから脱出出来たら、落札価格に加えてナディが生きて行く為の初期資金や、生活用品、移動手段、あらゆる物を手配しよう」


 指を折り1人でツラツラと話を進めていくレネに、話についていけないナディが止めに入る。


「ちょ、待て待て待て!お前自分が何言ってるか分かってんのか!?僕を買うって、お前も買われる側だって言ってるだろ!?」

「商品が商品を買ってはいけない決まりなどないだろ」

「普通そんなことしないからね‼そもそも僕を買ってどうするつもり!?」

「お前の、魔法使いの力が必要だ。この足枷も鉄格子にかけられた鍵も、外にいる護衛共を倒すのにも、俺1人じゃ無理だ」

「言っただろう!僕は出来損ないだ。魔法なんてろくに使えないっ……!」


 皆が空を飛んで移動する中、1人部屋の窓から眺めていた。家族が杖一振りで家のロウソク全てに火を灯せるのに、自分の部屋のロウソクに火を灯すのに数十分かかった。母にいつも怒られて蔑まれて家の敷地内から出して貰えなかった。「魔法使いの国なんかに産まれたくなかった」「魔法のない国に生まれれば僕は普通でいられたのに」何度そう思ったことだろうか。


「魔法が使えないわけじゃないんだろ?なら、俺が使い方を教えてやる」


 レネは眉を顰めて顔に影を作るナディの頬を両手で挟む。


「だから安心して、俺に買われろ!ナディ!」


 自信満々、得意満面、意気揚々。


「もう、お前意味わかんなすぎてやだ……」


 意気消沈、気力喪失、意気阻喪。

 そしてナディの右側にいるあの子は、この訳の分からぬ会話が聞こえているであろうに、未だにピクリとも動かない。正しくカオス。


「そうだな、夢はあるか?」


 レネの話に脈略など全くないが、ナディも突っ込む気力が失せていた。


「……売られる選択をした時点で夢も希望をないよ」

「じゃあ、やりたい事は?些細な事でも構わない」


「俺はロイヤルストレートフラッシュを出してみたい」と、ナディの頬が思ったよりも気持ちよかったのが、挟んだ両手でもちもちと動かしだす。されるがままのナディは今、何故、そんな話なのか頭に浮かんだがそんな疑問を書き消し、聞かれた「やりたい事」で頭を埋める事に切り替えた。数秒もちもちされながら考えたのち、そうだなぁと出した答えは。


「肉、食ってみたい、かも」

「肉?」

「うん。魔法使いの国は生き物を食べるってより、魔法の研究とかに使ちゃうから。食べた事ないってわけじゃないんだけど……。普通にお腹いっぱい肉食べてみたい」

「ならばちょうどいい‼ここから抜け出したあと俺の国に来るといい!最高級の肉料理から一般家庭の肉料理、スラムで編み出された最低最悪の肉料理を用意しよう!」

「最後のはいらない……」


 ――何がちょうどいいのかわからないけど、買い物ついでに家に寄ってけ的なノリでとんでもない肉料理パーティーに誘われてる、闇オークションで売られる商品が。牢屋の中で。そもそもこの話に一体なんの意味があるというのだろうか


「想像しろ、ナディ。目の前には一流のシェフが作り出した肉料理の数々が置かれている。鶏肉を丸々タレに入れてじっくり味をしみこませて焼いたローストチキンに骨付きの柔らかいラム肉のソテー。ああ、勿論ステーキもあるぞ。外側はしっかりと焼き目を付けるが中は生に近い。この焼き加減は肉のうまさがしっかり出ていいぞ。」


 レネの言葉がナディの頭の中で想像に変わる。


「家庭料理ならそうだな……。定番のから揚げは外せないだろう。鶏肉を油で揚げるのだが、噛んだ瞬間皮はカリッ中はジュワだ。柑橘系の果実を絞るとさっぱりしてこれがまたうまいんだ!」


 想像がより鮮明になる。見たこともないそれに、口の中であふれ出る唾液を飲み込む。


「肉を細かく刻んでまとめて焼くハンバーグもいいな!ぎゅっと凝縮された肉の塊はナイフを一刺しするだけで肉汁が止まらない。フワフワな口当たりのハンバーグはさっぱりしたソースも濃い味のソースにもよく合う」


 きゅうと腹が鳴った気がした。ろくなご飯は無論出てこないし、そもしもここに来てずっと緊張で空腹など感じていなかった。


「このハンバーグをパンに野菜と挟むのもアリだ。肉肉しいハンバーグに新鮮な野菜と表面がサクッとしたパンは相性抜群だ。そんな肉料理たちでパーティーなんてしたらもう!最っ高だろう!」


 ハンバーグが鮮明な映像となって頭を巡り、ついには香りまでしてきた。


 ――分かっている、こんなのはただの想像で、そんな夢見たいな事……


「きっとこの機会を逃したらこのパーティーが開催されることは生涯無いだろう!」


 ほんの、一瞬だった。本当に「もしも」がよぎっただけだ。誰だって叶いもしないけど「そうなったらいい」と思うことはある。例えば、クジで大金が手に入って、豪遊する想像は誰でもするだろう。

 ナディもそんなことはありえない、レネの無茶苦茶な妄想に付き合う気もないと、直ぐに現実に思考を戻すつもりだった。

 ほんの一瞬、僅かな欲望と切望。


 ――ああ、こいつに買われて、レネの為になれれば、本当に……。本当に夢みたいなパーティーが……!


 瞳の奥で小さな星が1つ弾け、ガチャンと牢屋の中で音がした。

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