第99話 友との約束
「答えろ、グリム!」
今までにないほどの剣幕でランスロットが声を荒らげた。
つい先ほどまで瀕死で倒れていたアーサー王とそっくりな格好をしたグリムが突然戦闘に介入したのだから彼が驚き、憤り叫ぶのは無理もなかった。
「……説明は出来ない」
「ふざけているのか!」
「ふざけてはいない」
ランスロットは言葉と共に剣を横なぎに振るった。グリムはそのひと振りを手にした剣で受け切った。今までのグリムならまともに反応することが出来なかった攻撃もアーサー王の「頁」を自身に取り込んだ状態でははっきりと捌くことが出来た。
魔女の魔法で変化しただけでは身体能力は変わらないが、アーサー王という役割を当てはめた今のグリムは本物のアーサー王同等の身体能力を得ていた。結果的にランスロットの攻撃を完全に目で追うことが出来ていた。
アーサー王の死体から「頁」を抜き取って使っているなどとは口が裂けても言えなない。
グリムの言葉を煽りとして受けたのかランスロットは更に怒りをあらわにする。
「なぜアーサー王の姿になった。そのふざけた能力はなんだ!」
ランスロットの一撃を受けたうえで今度は最初にサンドリオンが行ったように攻撃をいなしてかわす。
ランスロットの剣が地面に近づくだけで近くの小石は勢い良く吹き飛ばされる。そのような現象はつい先ほどまで起きていない。彼はサンドリオンと交えた時は本気ではなかったことが見て取れた。
「俺の方からも聞きたいことはある。偽物の王と言ったな、それはどういう意味だ」
「……それはっ」
グリムの言葉にランスロットは詰まってしまう。つい先ほどまで別人のようになっていた彼だがグリムの問いを聞いて少しずつ元の様子に戻っていく。
「……よそ者のお前には関係ない」
この場では何度もグリムに言ったセリフだが今までとは違い、とても言いづらそうな雰囲気を出していた。グリムはその様子から全てを理解する。
「……あんたも気づいていたんだな」
「あんたも……だと?」
グリムはアーサー王の姿で地面に倒れたままのサンドリオンの方を見る。先ほどから姿勢が何一つかわらない状態だった。
「…………」
「…………お、おい」
グリムは無言のまま剣を鞘に納めるとランスロットに背を向けて彼女のそばへと寄っていく。隙だらけの背中ではあるが、今の彼が襲い掛かってくることはないだろうと本能的にグリムは理解していた。
倒れたままの彼女を仰向けにして体制を整える。そのうえで過負荷がかからないように丁寧にかぶっていた鉄兜をグリムは取り外した。
露になった赤い髪の女性の素顔を見てもランスロットは驚くどころかむしろ落ち着きを完全に取り戻したかのような表情になった。
「そうだ……彼女がアーサー王を演じていたんだ」
額に汗を流しながらも気を失っているサンドリオンを見てグリムはそれだけを彼に伝えた。
「やはりそうか……」
ランスロットにこれまでの経緯を説明し終えると彼は目をつむり静かに息を吐いた。
◇
「あんたはいつから気付いていたんだ?」
「はじめから……だな。確信を得たのはこの前の宴会の時……王様が優勝した時だ。本物のアーサー王は下戸なんだ」
ランスロットの発言を聞いてグリムは目を見開いた。
「彼女から以前アーサー王とあんたと王妃の4人でお酒を飲んだと聞いている。アーサー王の酒の強さもその時確認したと言っていた」
あの時か、とランスロットは思い出したかのように言葉を漏らすと続けて笑いながら言葉を述べた。
「4人で飲んだ時にアーサー王が飲んでいたのはただの水だよ」
「何?」
「あいつは見栄っ張りだったからな。他の人間と話す時はカッコつけてお酒が飲めるふりをしていたのさ」
話を聞くとランスロットはアーサー王がお酒に弱い事を知っていたらしく、それゆえにアーサー王は今まで一度も人前ではお酒を飲まないようにしていたらしい。
結果的にアーサー王の酒の強さが未知数となり、この前の酒豪王決定戦では彼を除いて他の誰もが結果に疑問を持たなかったそうだ。
「俺は、巨人討伐の日から一度たりともこの世界の主役に対して「アーサー王」と呼んでいない」
ランスロット曰く、アーサー王の纏う雰囲気が変わっていたらしい。違和感をぬぐえなかった彼はその日からアーサー王の事を今までとは違う「王様」と呼ぶようになったそうだ。
「彼女には……どれだけの重荷を背負わせてしまったか」
ランスロットは気を失っている彼女の方を見る。
「正体に気づいていたのなら戦う必要も、あそこまで傷つけることもなかっただろ」
「それでは彼女の決意に泥を塗ってしまう。本物のアーサー王とはこの場で必ず決闘をすると約束していたしな」
ランスロットは穏やかな口調で話す。この世界の人間として、そして彼女の覚悟を察したうえで彼は対峙したのだろう。
「どうして、こんなにも急に物語を進めたんだ?」
「それも……あいつとの約束だな」
「アーサー王との?」
「あいつがいったんだ『この世界の人々はあまりにも俺を信頼し過ぎている』とな」
ランスロットは自信過剰な奴だよな、と言って笑った。
「でも、確かにそうだった。いつの間にかこの世界の人間は俺を含めて、それこそ外から来た人間まで巻き込んであいつのカリスマ性に魅了された」
グリムの覚えた恐怖のような感情をランスロットも薄々感じてはいたらしい。
「もしも、俺がいなくなったらその時は何を差し置いてでもお前が必ずこの世界を完結させろ」
今までの口調とは異なる誰かをまねたような言い方にグリムはそれが誰をまねているのか、あったことがないのに自然と理解した。
「その時は縁起でもないと流したが、あの夜、現実になったと受け入れた俺は行動に移したわけだ」
「なるほどな……」
「アーサー王が別人だなんて言って人々を混乱させるわけにもいかないしな……けどまぁ俺以外にも……うすうすその正体に気づいている奴もいたよ」
誰にも相談することが出来なかった結果、彼は物語を一人で進め始めたというわけだ。
灰色の雪が降り始めてから世界が崩壊してしまうまでのリミットを知らないランスロットは灰色の雪が降り始めたころには行動を開始していた。その判断力は見事である。
「時間は……限られているな」
ランスロットが空を見上げる。灰色の雲が世界を覆いつくし、昨日よりも降っている雪の量が増加していた。あたりをみれば灰色の雪がいくつかの場所で積もり始めていた。彼の言う通りこの世界に残された時間は少ないのかもしれない。




