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第94話 駆け落ち

 時は酒豪王決定戦が開かれた数時間後に遡る。


 グリムと回廊で別れた後、ランスロットはとある場所に赴いていた。


「ここにいたのですね、王妃」


「……何か用かしら、ランスロット」


 グィネヴィアはランスロットを見るなり頬を膨らませてすねた表情を見せる。酒豪王を終えた後、王妃は一人、円卓の席の一つに座っていた。


「こんなところで何をしていたんです?」


「あなたには関係ないでしょ」


 グィネヴィアはそう言うとそっぽを向いてしまう。


「……泣く程悔しかったのですか?」


「な!」


 ランスロットの言葉を聞いて王妃はくるりと首を回して顔を赤くする。彼女の目元が腫れていたのをランスロットは見逃していなかった。


「なによ、私が泣いているのがそんなに面白いのかしら!」


「そんな事、一言も言ってませんよ」


 ランスロットは両手を軽く振って彼女の言葉を否定する。


「私、今まで一度もアーサー王とは真剣勝負をしたことがなかったから、正直今夜の催しはとても楽しかったわ」


 王妃は円卓に顎をつけながら感想を述べる。この場には二人しかいないせいか王妃はいつも以上に砕けた姿勢になっていた。


「…………そうですか」


「あなた達はいいわよね。いつもアーサーと共にできるから」


「いつも命がけですけどね」


 ランスロットの言葉を聞いてもグィネヴィアは「ふーん」と興味のなさそうな声を漏らす。



「……最近アーサーが冷たいのよ」


「王がですかい?」


「私は彼の事が好きよ。でも最近の彼はなんていうのかしら…………何かが違う気がするの」


「さっき王と競えて嬉しかったって言いませんでしたか?」


「それとこれは別よ……何て言うのかしら。うまく言葉に表現できないのだけれど……私の好きなアーサーを()()()()()()()()()()()()()というのかしら」

 

 グィネヴィアは終始言葉に疑問符を含めたような言い方で話す。



「…………」



「ランスロット、急に黙ってどうしたの?」


 ランスロットが言葉を返さなくなったことを不思議に思い、グィネヴィアは彼の方を見る。先ほどまでいたはずの場所に姿はなく、どこに消えたのかと王妃が立ち上がって探そうとした、その時だった。


「きゃ」


 王妃の声が漏れる。いつの間にかグィネヴィアをランスロットが抱きかかえるような状態になっていた。


「い、いったいどういうつもりかしらランスロット」


「………グィネヴィア、()()アーサー王に違和感を抱いているんだな」


「君……「も」?」


 普段では考えられないような距離と状態の中、間近でランスロットに話しかけられて王妃は緊張していた。それでもランスロットの言葉をグィネヴィアは見逃さなかった。


「あなた、何か知って……」


 言葉を言い終えるよりも先に、彼の唇が王妃の言葉を遮った。


「…………」


 王妃は顔を真っ赤にして今起きた出来事を理解しようとする。騎士の方は普段と何一つ変わらない顔で、それでいて真剣なまなざしでグィネヴィアを見つめていた。


「……グィネヴィア」


「…………だ」


 ダメと騎士に言うよりも先に強く抱きしめられる。声に出すことも出来た。突き放すことも出来た。それなのにグィネヴィアはそうしなかった。それどころかむしろ彼女自身も彼を強く抱き返した。



 この日を境に物語が終幕に向けて動き始めた。


    ◇◇



 次の日、昨夜の大盛況とは異なる喧騒にキャメロットは包まれていた。


「どうして、なんで灰色の雪が降り始めるの?」


「私たちが一体何をしたというの?」


「まさか昨夜のパーティーが世界に嫌われたの?」


「それならなんで今までは無事だったんだよ!」


 町中の人々がパニックになっていた。それは当然城の仲も同様だった。


「王様に会わせてください!」


「どうして魔法陣が機能しないのですか?」


「マーリンが死んだのか?」


 人々の声がマーリンの魔法を通して王の間に流れてくる。


 現在、城の中を自由に行き来できる魔法陣をマーリンが一時的に消滅させた為、玉座の間に行くための手段がなくなり、お城の中はパニックになっていた。


「こうでもしないとここに大量の人が流れ込んでくるからね」


 色素の薄い青色の髪を揺らしながらマーリンは説明する。


「グリムにこの姿を見せるのは初めてかな、ボクの名前はマーリン。昨日まで蝶々を介して話していた魔術師だよ」


 目の前にいる騎士というよりは魔法使いのような恰好をした少年が自己紹介をする。閉じ込められていた場所から抜け出したわけではなく、魔法で蝶々から人間の姿に変えてこの場に現れたらしい。


「この世界の人達はずいぶんと容姿が若いな」


 マーリンと名乗った男は誰が見ても10歳前後の華奢な容姿をしている。昨夜サンドリオンに頼まれて姿を変えたアーサー王の容姿も玉座の後ろに置いた絵画の姿と変わらずランスロットよりずいぶんと若く見えた。グィネヴィア王妃もその活力的な行動力も相まってグリムと同い年と言われたら信じてしまう。モードレットも決して幼いわけではなく、見た目だけでいえばマーリンよりは明らかに年上に見えた。


「与えられた役割に沿ってボク達は生まれてくる。けれど人によっては生まれた時から容姿がほとんど成長しない人たちもいるんだよね」


 王様、王妃が最たる例だとマーリンは付け足す。マーリンは魔法で見た目を変えているらしく、シンデレラの世界にいた魔女が自身にかけていた魔法と同じようなものだとグリムは納得する。


「さて……この場にいるのは「マーリン」という役割を世界に与えられた人間と、この世界の外からやって来た人間が二人だけという認識で間違いないかな?」


 マーリンの言葉を聞いて鉄兜をかぶっていたアーサー王が一瞬ピクリと反応する。


「……兜を外して大丈夫だ。外の世界の人間との会話は世界に影響を与えない……そしてマーリンは既にアーサー王の正体に気づいている」


 グリムの言葉を聞いてアーサー王を演じている彼女はゆっくりと兜を脱いだ。


「……分かっていたつもりだけど、君がアーサー王を演じていたなんてね」



 兜を外して長い赤髪が振り下ろされる。端麗な容姿の女性の顔があらわになった。


「すまない、貴方達を騙すつもりでは決してなかったんだ」


 サンドリオンが深々と頭を下げる。


「顔を上げて。君がボクたちの為にアーサー王を演じていたのはグリムから聞いている」


 マーリンは優しい口調で彼女に話しかける。


 今のアーサー王が外から来た人間ではなく、この世界の人間が偽ってアーサー王を演じていた可能性を考えたマーリンは今まで直接アーサー王に正体を問いただすことも出来ずにいた。


 グリムが来たことによってアーサー王の正体に確信を得た為、このように直接顔を合わせられたわけだった。


「灰色の雪が降り始めたのは私のせいで……」


「遅かれ早かれ、アーサー王が死んだ時点でこうなることは決まっていた。君のせいではないよ」


「私を戦場でかばったせいで本物のアーサー王は死んだ。こうなってしまったのは私のせいなんだ……」


 サンドリオンが手に持った兜に力を込めながら心情を吐露する。


「それはあいつらしい最後だね……」


 でも、とマーリンは一言区切る。


「むしろ君を庇わなかったら、ボクやこの世界の人々はあいつを糾弾していたよ」


 マーリンははっきりと彼女に届く声量でそう言った。アーサー王の事をあいつと呼ぶのは彼が本物のアーサー王と親しい仲だったからに違いなかった。

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