第86話 墓荒らし
「……必ずこの世界をあなたの願った形で完結させます」
ぽそりと彼女の独り言が聞こえてくる。
「……そろそろ戻ろうか」
「……そうだな」
グリムは彼女の言葉に頷く。彼女が棺の蓋を閉めようとしたその時だった。
ガサガサガサとグリム達が辿ってきた道の方から大量の足音が聞こえてくる。
「誰かがこっちに向かっている?」
「足跡はこっちだ!」
「急げ!」
複数の見知らぬ男性の声が聞こえてくる。
「……兜を!」
「わかっている!」
声が目前まで迫ったことに危機感を覚えたグリムは彼女に顔を隠すように言う。
「いたぞ!」
視界に入ったのは複数人の騎士だった。
先頭を走る騎士が剣を構えてこちらに突撃してくる。
「……くたばれ!」
「……なっ」
騎士は剣を勢いよく横に振った。次の瞬間グリムはその剣の風圧によって泉の方までふきとばされる。
「グリム!」
泉が浅かったせいもあり、グリムは泉の上を何度か跳ねながら吹き飛び、奥の岩に衝突してようやく止まった。
「……っ」
これまで受けた傷が痛み、まともに起き上がるのに時間を要してしまう。
「いったい何の真似だ、ガウェイン!」
視線の先では先ほどグリムがいた位置で後ろにいるグリムを遮るようにアーサー王の格好をした彼女が剣を振るった張本人を止めていた。
「……な、なぜあなたがここにいるのですか」
ガウェインと呼ばれた赤髪の男性が驚いていた。
「質問しているのは我だ、なぜ彼を襲った」
「……それは、アーサー王の為です」
「どういう意味だ?」
「「白紙の頁」の人間はこの世界にとって危険な存在です。あなたに再び危害が及ぶ前に仕留めなければいけない!」
赤髪の男性が鬼気迫る表情でアーサー王に模している彼女に迫った。
「私は前の戦闘で見てしまったのです……あなたが「白紙の頁」の女性を庇い、巨人の攻撃をうけたところを!」
「……な」
グリムとアーサー王の姿をした彼女が言葉につまる。
「すぐに助けに行きたかったですが、あの時我々も巨人に応戦していた為、すぐに駆け付けることは出来ませんでした。しばらくしてからあなた一人だけが崖の下から出てきたのを私は知っています」
ガウェインと呼ばれた男性は兜をかぶった彼女の目の前まで迫って力説する。
彼の言葉を聞く限りでは一応アーサー王の中身が入れ替わっていることは気づいていないようだった。
「あの「白紙の頁」の人間さえいなければ、あなたの身に危険が及ぶことはなかった、あの女さえいなければ!」
ガウェインと呼ばれた男は言葉を放つ。それはアーサー王を思っての台詞に間違いないのだが、目の前の兜と鎧の中にいる人間はその対象ではなかった。
「たとえあなたの命令だとしても、「白紙の頁」の人間は許すべきではないのです!」
「待て、ガウェイン」
アーサー王の鎧に包まれた彼女の横を通ろうとしたガウェインの肩を掴んで彼女は呼び止めた。
「我の事を思うのはありがたい……だが我の客人に危害を加えるのは見過ごせない」
「し、しかし……」
「ガウェイン」
「……わかりました」
名前を呼ばれた赤髪の騎士は渋々と言った様子で彼女の言葉を受け入れた。
「いつの間に王は彼とこのような場所に……おや?」
ガウェインの視線が棺に映った。まずいとグリムに戦慄が走る。
「その棺はいったい?」
「ま、待てガウェイン!」
先程の威厳のある呼び方ではなく明らかに焦る声で彼女はガウェインを引き留めようとする。不審に思った彼はそのまま棺の方へと向かっていく。
このままでは本物のアーサ王の死体を見てしまい、目の前にいるアーサー王が偽物であることが明かされてしまう。
それはつまりこの世界の崩壊の可能性も意味していた。
「……っ!」
泉に飛ばされていたせいで二人よりも棺の近くにいたグリムはガウェインよりも先に棺の前へとたどり着く。
今更棺の蓋を閉めた所でガウェインが怪しんで開けるだけだった。ごまかそうにも時間が圧倒的に足りない。
魔女の「頁」を使ってアーサー王の死体に向けて魔法を放とうと髪留めに手を伸ばす。
「髪留めが……ない」
先程吹き飛ばされた際に泉に落としていた事に気が付く。戻って拾う時間は残されていなかった。
「どうする……」
ガウェインがすぐそばにまで迫る。「頁」を持っていないグリムにできる事、それは……
「……っ!」
グリムはガウェインに背を向けて棺の中に手を伸ばした。
「それは……棺桶か、一体何を隠している」
「まて、ガウェイン、違うんだ、その中は……」
アーサー王を演じているリオンがガウェインの後ろから止めようとするが、彼は既に棺の中をはっきりと見てしまっていた。
「……何もないじゃないですか?」
「……え?」
ガウェインの言葉を聞いて彼女が驚いた様子で棺の中を覗き込む。その中には彼が言ったように何もなかった。
◇
「……私は城に戻ります。先ほどは大変失礼しました」
ガウェインが二人に頭を下げるとここまで連れてきていた騎士たちと共に帰っていった。
「……一体どういうことだ?」
騎士たちがいなくなったのを見て彼女が疑問の声を上げる。
「……これしか手段がなかった」
グリムは彼女の問いに答えるように1枚の「頁」を見せつけた。
「それは……まさか」
「アーサー王の「頁」だ」
あの瞬間、ガウェインをごまかすにはこの手段しかなかった。グリムが持っている能力、それは他者の「頁」を取り出す事だけだった。
アーサー王の死体の胸元に手を伸ばし彼の体内からアーサー王の「頁」を取り出した。「頁」を抜き取られたアーサー王は灰のようになり姿を消したのだった。
死体から「頁」を抜き取ることは初めてだったが、アーサー王も例外ではなかった。
「あなたは……一体?」
アーサー王を演じている彼女がグリムを見て畏怖のような声を漏らす。
グリムに対する呼び方が「君」から「あなた」に変わっていた。普段は厳格な口調を意図的に演じているが、本当の彼女の口調はもう少し柔らかいものかもしれない。
グリムは泉に落ちていた髪留めを拾う。
アーサー王の「頁」が反応して髪留めの中に吸収された。
「俺は「白紙の頁」を持っていない、正確には「頁」を持っていないんだ」
「何……?」
兜を外しながらアーサー王を演じている女性は首を傾げた。
「「頁」を持っていない俺は他者の「頁」に触れる事が出来る。そしてその「頁」に刻まれた役割を演じることが可能なんだ」
グリムは試しに髪留めから1枚の「頁」を取り出して体内に取り込む。光に包まれた後、グリムは魔女の姿に変わった。
「魔法が使えるのは魔法を使える役割を持った「頁」を取り込んでいたからなのか」
彼女の問いにグリムはそうだ、と答える。
「本当はこの力を使うつもりはなかった……すまない」
他者の「頁」を取り出せばもともとの所有者は灰のように消えてなくなってしまう。グリムはどの世界でもこの能力の使用を極力避けていた。
「先ほどはそうしなければアーサー王が死んでいた事がばれていた。頭を上げてくれ」
目の前の女性はグリムに怒るわけでも怯えるわけでもなく、優しい口調で声をかけた。
「その本物のアーサー王の「頁」は私に当てはめる事はできないのか?」
「既に「頁」を持っている人間に新しい「頁」を入れることは出来ない」
「頁」を持たないマロリーでさえグリムのように自身に「頁」を当てはめたことはないと前の赤ずきんの世界で騎士たちは言っていた。この能力に関してはグリム以外使えるものではなかった。
「そうか……」
グリムの言葉を聞いて女性は肩を落とす。もしも可能であればアーサー王を演じる事を決めた彼女にとって今手にした「頁」は願ってもいないものだったのかもしれない。
「アーサー王の遺体を隠し続けるのも限度はあった。そのことも踏まえて改めてお礼を言わせてほしい」
顔を上げた彼女は凛とした表情でグリムに手を伸ばしてくる。
「頁」を取り出した事に罪悪感を持っていたグリムは彼女の言葉で多少なりとも自責の念が軽くなるのを感じた。
差し出された手を無視できないグリムは彼女の手を握り返した。




