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第82話 キャメロットへ

「ここは……」


 グリムは目を覚ますと揺れる馬車の荷台にいた。両手両足、そして胴体にも縄が厳重に巻かれており、身動きは殆ど取れなかった。


 何が起きたのか、グリムは思い出そうとする。


 体を休めるために待ちへ向かおうとして、街道で突然騎士たちに囲われた。そして円卓の騎士を名乗った男に気絶させられたのだと記憶がはっきりとする。


「っ……」


 ひよこに変えた騎士の言葉通りならこのままではどこかの牢屋に投獄されてしまう。


 この世界がシンデレラや白雪姫のような比較的平和な世界ではなく、本当に()()()()()()()の世界ならば、投獄された後の自分がどうなってしまうかは容易に想像が出来た。


 どこに向かっているのか分からないが、一刻も早くこの場所から逃げ出さなければならない。


「…………っ」


 芋虫のような状態の為、髪留めから「頁」を取り出す事は不可能だった。


 気絶している間に元の姿に戻っていたグリムはまず紐をほどかなければいけないと判断し、あたりを見回すが、この状況を打開できそうなものは何もなかった。


「おっと、お目覚めかい?」


 馬車をつないだ馬の背に乗っている男が声をかけてくる。その男はグリムを倒した張本人だった。


「驚いたよ。あんたを気絶させてしばらくしたらひよこになっていたあいつらとあんたの姿が全員元に戻ったからな」


 歩きで帰るは勘弁だったからな、と騎士は独り言のように続けて軽快に話す。


「俺を一体どうするつもりだ」


「当初はそこら辺の町の牢屋にいれる予定だったんだけどなぁ……」


 騎士は片手で手綱を持ちながらもう片方の手で頭をかく。


()()()()の魔法を通して王様にあんたのことを話したら、王都に連行しろだとよ」


 マーリンという単語が彼の口から出てきた事でほぼ間違いなくここはアーサー王伝説の世界だと認識する。


「とりあえず、すぐさま処刑じゃないから安心しな」


 処刑という物騒な言葉を扱いながら騎士は笑って話す。


「……ガラスの靴は!?」


 持っていたはずのリオンからの預かり物が台車の中にない事に気がついたグリムは焦りを覚える。


「あんたが捜しているのはこれかい?」


 騎士が馬に着けていたカバンから赤色の靴の片割れを取り出して見せてくる。


「……返せ!」


 全身を縄で拘束された状態で無理やり動こうとした結果、グリムはそのまま台車に体を強く叩きつけてしまう。


「別に捨てやしないさ、これがあんたにとって大切なものだってことはさっき見ていたからわかっているよ」


 男はそう言いながらガラスの靴を再びカバンの中にしまい込む。


「女性の靴の片方を大切に持つなんて、失恋か何かかい?」


「……あんたには関係ない」


「まぁ、そう言うなって、俺はあんたと話したいんだ」


 騎士の言葉を無視することも出来たが、気分を損ねてガラスの靴を捨てられたりでもしたらたまらないと思ったグリムは諦めたようにガラスの靴について説明した。




「……なるほどなぁ、つまりはこの靴はそのリオンって女性との約束の品なんだな」


 騎士はグリムの説明を聞き終えるとうんうんと頷きながら話す。


「もしも別の世界で生まれ変わって、その約束も果たせるのかもな」


「……転生論か」


 そうだなと騎士は言いながら言葉を続ける。


「けれど、転生したら姿は変わって記憶もなくなるんだろ?どうやってその女性を見つけるんだ?」


「……それは」


 騎士の問いに答えることは出来なかった。そもそもグリムは転生したリオンと出会うという考えを持っていなかった。


 グリムにとってリオンとはあの赤髪に緋色の眼をした女性以外考えられなかった。


「いずれにせよ、ずいぶんとドラマティックだねぇ……うらやましいよ」


「……?」


 今までの軽いような口調とは少しだけ違う言葉の重みに気づいたグリムは疑問を持つ。


「こちとら、これから迎えるのはドロドロした展開でねぇ……おっと、今のは忘れてくれ」


 最後に元の口調に戻った騎士はごまかすように両手で手綱を引っ張り、馬を走らせた。


「……さて、見えてきたな」


 騎士が前方を向きながら話す。グリムは体をよじりながら態勢を整えて荷台から頭を出す。前方には高い城壁と、その後ろにそびえたつ大きなお城が見えた。


「あそこが俺たちの住んでいる城、キャメロットだ」


 騎士は指をさしてグリムに説明する。


「そしてあの真ん中の城の部分の最上階にいるのが……」


 騎士の指がゆっくりと上を向いていく。騎士は城壁の奥の中にある建物の中でもとりわけ目立つ中心のお城の最上階で指を止める。


「我らが王、アーサー王の玉座の間だ」


 そういえば……と騎士は言葉を添えながら再び口を開く。


「あんたの名前を聞いていなかったな、なんて言うんだい?」


「俺は……グリム・ワーストだ」


 グリムの名前を聞くと騎士の男は「ほー」と一言だけ声を漏らした。


「あんたの名前は?」


「俺かい、別に名乗るほどではないさ」


 グリムが無言で睨みつけると騎士は申し訳なさそうな顔をする。


「……冗談だよ、俺の名前はランスロット。円卓の騎士、ランスロットさ」


 男はそこではじめて自己紹介をした。


 ランスロット、円卓の騎士の中でも生粋の実力者であり、アーサー王の妻であるグィネヴィアと不貞の関係を持ってアーサー王と対峙する者……アーサー王伝説の終幕のカギを握る重要な役割を持つ存在である。


 それが目の前の彼であることを知ったグリムは先ほどの彼の言動とその実力に納得した。


「さて、ついたぜ」


 門を抜けて城壁を超えた城下町の中、グリムを台車に乗せたままランスロットは止まることなく進んだ。


 町の中にいる人々はランスロットを見ると黄色い声援を向けていた。


「ずいぶんと好かれているんだな」


「与えられた役割と俺の人望は違うからな」


 ランスロットは人々に手を振りながら言葉を返す。グリムは皮肉めいて言ったつもりではなかったが、この物語の結末を意識していた彼にとってはそのように捉えられてしまったのかもしれない。


「しかし、なんで王はあんたを連れて来いって言ったんだろうねぇ」


 ランスロットは城の上の方を見てそうつぶやいた。


「……牢屋じゃないのか?」


「今からあそこにいる王に謁見だとよ」


 彼の言うことが本当ならば、アーサー王の命令ということになる。外の世界から来た人間を捉える事がそもそも暴君な気もしなくはないが、更に直接面会の場を設ける理由は分からなかった。


「お城に外の世界の人間を入れる事はもうこりてるんだがなぁ」


「何かあったのか?」


「あんたがこの世界にやってくるよりも半年ぐらい前に「白紙の頁」所有者が来てたんだ」


 ランスロットはグリムの質問に答えながら馬車を城の中にまで進める。


「アーサー王は初めて出会ったその「白紙の頁」の所有者と仲良くなってな。ずいぶんと長い事一緒にいたんだ」


 彼の話を聞いてみるとどうやら「白紙の頁」の人間と意気投合したアーサー王はその人間を一人の兵士として迎え入れてこの世界の物語を共に進めていたらしい。


「……ところがだ、ある日突然その「白紙の頁」所有者は姿を消したんだ」


「別の世界に旅立ったのか?」


「真実は誰もわかってないよ……ガウェインやモードレッドあたりは恩知らずって相当きれてたぜ」


 ランスロットは面倒くさそうな表情で話す。グリムがいきなりこの世界で捕まったのも外からくる人間に良い印象を抱いていないせいかと納得する。


「おっと、噂をすれば……よぉ、モードレッド!」


 城の中庭のような場所にいる一人の青年にランスロットは声をかける。彼の声に気づいた青年はこちらに向かって歩いてくる。


「今日も鍛錬か、えらいなぁ」


 ランスロットがモードレッドと呼んだ青年に向けて口を開く。先ほどまで彼がいた場所には何人もの兵士たちがその場に倒れていた。おそらく彼らと稽古をしていたのだろう。


「あんたみたいに遊んでいる余裕はないからな……そいつは?」


 モードレッドと呼ばれたオレンジ髪の青年はグリムの方を睨みつける。明らかに警戒されていた。


「外の世界から来た人間だよ」


「……な、なんでまた部外者をここにいれてんだ!」


 ランスロットの言葉を聞いてモードレッドが怒りをあらわにする。先ほど彼から聞いた通り歓迎はされていないようだった。


「仕方がないだろ、王の命令だ」


「お父さ……アーサー王の?」


 モードレッドは言葉を言い直しながら困惑した様子を見せる。


 モードレッド、円卓の騎士の一人でありアーサー王の実子でもある。アーサー王伝説の最後にはアーサー王と対峙して国を巻き込んだ戦争の末に命を落とす。役割だけを見ればあらかじめ死が確定している人間だった。


「理由は知らないが、そういうわけだ」


「俺もついていく」


 汗をぬぐいながらモードレッドも同行しようとする。


「よせよせ、血の気の多いお前を連れて行ったら面倒になる」


 ランスロットがそれを制した。モードレッドは不満そうな顏を浮かべた。


「……アーサー王に何かあったらお前の首を斬るからな」


「どうぞ、ご自由に」


 手をひらひらと振りながらランスロットはモードレッドに背を向けて再び馬車を動かす。モードレッドはこちら側をしばらく睨み続けていた。


「あいつとは仲が悪いのか?」


「好かれてはいないなぁ」


 俺は好きなんだけどなと、ランスロットは頬を軽く書きかきながら笑う。


「この世界にいる全ての人間が好きなのはアーサー王ぐらいだな」


 ランスロットはそう言った。


 先程のモードレッドの反応もアーサー王を思っての行動に見えた。町の人々に人気なランスロットが言うのならば嘘はないだろう。

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