第80話 オオカミ少年と赤ずきん
◇◇◇
「……以上が事の顛末だ」
グリムは赤ずきんの母親に昨夜赤ずきんの家で何が起きたのかを説明し終える。
「よかった……赤ずきんとおばあちゃんは無事なのね」
赤ずきんの母親はグリムの言葉を聞いて安堵する。
グリムが赤ずきんの祖母の家で行った事、それは狩人から「頁」を取り出し、赤ずきんがオオカミに食べられた後、彼に与えられた役割を代行したのだった。
物語の進行途中に主要人物から役割を奪ったのはグリムにとっても初めての事である。
狩人から「頁」を抜き取り、すぐに自身に当てはめたまま狩人としての役割をこなした。グリムの中では物語は問題なく進めたつもりだった。
グリムは空を見上げる。まだ夜のこの世界を星が照らしている。灰色の雪が降る予兆は見えなかった。
「流石に二人を助け出すときは心臓に悪かったよ」
大きなオオカミの姿になったウルのお腹を切り分けて二人を救出する。狩人の役割をあてはめていたとはいえ、もう二度と味わいたいとは思えない救出劇だった。
「他人の役割を当てはめることが出来るなんて……あなたは一体何者なのですか?」
狩人の姿になっているグリムに赤ずきんの母親は問う。その声色は少しの怯えを纏っているようにグリムは感じた。
「俺は一体……何者なんだろうな」
彼女の問いにグリムは答えることが出来なかった。
「あ……気を悪くさせるつもりはなかったの……ごめんなさい」
赤ずきんの母親が申し訳なさそうに謝罪する。グリムは手を挙げて彼女に気にしていないと弁解する。
他者から世界に与えられた役割の書かれた「頁」を奪う力を持つ自分自身が何者なのか、その答えはいまだに見つけられていなかった。
「……っ!」
背中が痛み、グリムはその場によろけてしまう。
「ぐ、グリムさん?」
「だ、大丈夫だ」
他者の「頁」を当てはめていても自身の体が受けた傷や痛みが消えるわけではない。
狩人にやられた個所が痛み、顔がひきつってしまう。
「……どうしてグリムさんはそこまでしてくれるんですか?」
「……ん?」
「私や赤ずきん、それに例の少年まで……あなたはこの世界にここまで深く関わる必要はなかったはずじゃないですか」
赤ずきんの母親の疑問はこの世界の住人からすれば当然だとグリムは思った。それこそマロリー達のようにこの世界から早急に立ち去ることも出来たはずだった。
「それは……」
グリムの頭にいくつかの顔と感情が思い浮かぶ。
一人は生まれ育った世界で出会った女性と、彼女の思いにこたえることが出来なかった苦悩。
もうひとつは生きることを望んだ女性と、その女性を助けることが出来なかった葛藤。
そして最後のひとつは主人公に憧れた女性と、その女性から教えられた自身の存在理由を果たすための意思だった。
「それが俺の生きる理由だから」
うまく言葉には出来なかった。それでもグリムはこの言葉に間違いはないとそう強く確信した。
「……おかしな人。でも、なんだか素敵ですね」
目元に少しの涙を浮かべながら赤ずきんの母親は笑い、指で瞳の雫を軽くぬぐった。
「そうだ、これ預かっていたものです」
赤ずきんの母親はそう言うとガラスの靴の片割れをグリムに差し出す。
グリムはありがとうとお礼を言ってガラスの靴を受け取る。星の明りがガラスの靴にあたり、情熱的な色が反射する。その美しさにグリムは受け取ったまましばらく見とれてしまう。
「その靴、とても大切なものなんですね」
「そうだな」
グリムにとって、この靴はリオンの願いが込められた大切なものだった。
「……ちょっとだけ嫉妬しちゃうわ」
「……何か言ったか?」
「なんでもないです」
赤ずきんの母親はそう言うとグリムの開いているもう片方の手に見慣れた包を手渡してくる。
「これは?」
「お弁当よ、さっき作ったの」
さっき、と彼女は言った。時間は深夜を越えて間もなくして朝日が昇り始めようとしていた。この場所に帰ってくる人間は預け物をしたグリムしかいない事を彼女は当然わかっているはずだった。
そうなると、このお弁当は最初から誰に向けて作られたものなのか、グリムでも理解することは出来た。
「ありがとう、大切にいただくよ」
「ふふっ……どういたしまして……でもお礼を言うのは私達の方よ。グリムさん……私たちを守ってくれてありがとう!」
赤ずきんのような元気な声で主人公の母親がお礼を述べる。グリムは笑顔でそれに答えると、村を後にした。
◆◆◆
「オオカミ少年と赤ずきん」
ある森に一匹の大きなオオカミがいました。
彼は獲物を狙うために人間の住む村の近くまでむかいます。
村から出てきた人間を食べてやろうと考えていたオオカミですが、村にいた一人の少女を見た時、彼は恋に落ちてしまいました。
彼が恋した相手は赤ずきんと呼ばれる、この世界の主人公でした。
満月の夜、彼に異変が生じます。
月の光をあびると彼の体は縮んでいき、たちまち人間の少年の姿に変わってしまいました。
少年の姿になったオオカミは再び村へと向かいます。
村には赤ずきんがおらず、村人たちは慌てていました。夜になって赤ずきんがオオカミ達に狙われていることに気が付いた少年は彼女に襲い掛かるオオカミを蹴散らして赤ずきんを助けました。
赤ずきんの事をもっと知りたいと思った少年は彼女がお使いに出かけた際に同行します。
たどり着いた赤ずきんの祖母の家で少年は言葉とこの世界の仕組みについて学びました。
そして彼は自身に与えられた役割が赤ずきんを食べる事と知るのでした。
赤ずきんの事が大好きな少年は満月の夜にオオカミの姿に戻っても、決して彼女を食べようとはしませんでした。
赤ずきんが何度もお使いにむかうのに、物語が一向に進まない事に村人たちは異変を感じます。
そして遂に物語が進まない理由は少年であることがばれてしまいます。
この世界が崩壊し、赤ずきんが焼失してしまうことを恐れた人々は満月の夜、物語を進めることを決意します。
満月の夜、赤ずきんのお使いが始まりました。
赤ずきんを花畑へ誘導したオオカミは彼女の祖母の家に先回りをして祖母を丸呑みし、赤ずきんを食べる準備を進めます。
しばらくすると赤ずきんが家にやってきました。
「どうしておばあさんの耳は大きいの?」
「それはお前の声をよく聞こえるようにするためさ」
「どうしてそんなにおめめが大きいの?」
「それはお前をよく見るためさ」
「どうしてあなたは泣いているの?」
「それは……」
オオカミは答えることが出来ませんでした。泣いて動揺するオオカミの正体に気が付いた赤ずきんは笑いながらオオカミに向けてこう言います。
「どうしてそんなに大きくお口をあけているの?」
「それは……お前を食べるためさ」
オオカミは泣きながら愛した赤ずきんを丸呑みました。
眠くなり、オオカミはその場で眠ってしまいます。
しばらくするとオオカミは人間の姿で目を覚ましました。
自分のお腹を見るとそこには縫われた後がありました。少年は赤ずきんと祖母が救出されたことに少しだけ安心しました。
その後、少年の姿になったオオカミは花畑にたどり着きます。
「おれは……君が好きだったんだ」
花畑にたどり着いた少年は赤ずきんとの別れを一人で悲しみ、再び泣いてしまいます。
「私もあなたの事が好き」
彼を追いかけた赤ずきんは少年になったオオカミを優しく抱きしめながらそう告げました。
赤ずきんも彼と接するようになり、いつからか少年の事を好きになっていたのです。
「これからも一緒にいよ?」
赤ずきんは少年に笑いながらそう告げます。
それから赤ずきんと少年と祖母は森の中、3人で幸せに暮らしました。
◆◆◆
これは本来であれば誰に読まれることもなかった少年になったオオカミと赤い頭巾をかぶった少女の物語。
これにて赤ずきん編は終幕になります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語が少しでも誰かに面白いと思えてもらえたらそれ以上の幸せはございません。
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改めてにはなりますが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。もしよろしければ次回もよろしくお願いいたします。




