第79話 物語の結末
「…………」
深いまどろみからウルは目を覚ます。
そこはいつもの森の中でなく、赤ずきんの祖母の家のベッドの上だった。
夢であってほしかった……そんな彼のかすかな願いは叶うことはなかった。
「…………」
ウルは自身の手を見て再び人間の姿に戻っていることに気が付いた。
今更人間の姿になったところで、彼にはもうどうしようも出来なかった。
「…………」
被さっていた布団をどかすとそこには大量の血が付着していた。
ウルは視線を自分のお腹に向ける。お腹には寝る前にはなかったはずの縫われた針と糸の跡がはっきりと残っていた。
眠っている間に狩人が赤ずきんたちを救出したのだとウルは推察する。
「俺を殺さなかったのか……」
お腹を割いたままにしておけば、いくら痛覚のない体とはいえ間違いなくウルは死んでいた。それでも丁寧に縫い直されたお腹を見て少年は自虐的に笑う。
「いっそのこと……殺してくれればよかった」
物語は非情にも進んでいた。この後赤ずきん達は幸せに暮らすだろう。
彼に残された役割はこの場を去り、世界に与えられた役割通りに十分にこらしめられるだけだった。
「…………」
ウルはうつろな目のままベッドから起き上がり、のろりのろりと家を出ていく。
朝日はまだ上らず、森は暗いまま、いつもの静寂に包まれていた。
◇
「…………」
どこへ向かうかも決めないまま、彼は無意識のうちにきがつくと赤ずきんと最初に出会った場所にたどり着いていた。
月見草はまだ満開のまま咲き誇っていた。
じきに朝日が昇り、花たちは再び蕾の姿に戻る。
そのころには赤ずきん達も幸せになっている。
「…………」
どんなに考えないようにしていても、ウルの頭に思い浮かぶのは彼女の顔だった。
訣別を受け入れたつもりなのに、物語を自らの意思で進めたというのに、彼の頭の中で何度も少女の笑顔が描かれる、彼女との別れが少年の心を締め付けた。
「俺は……君が……」
ウルはその場に膝から崩れ落ちる。
「君の事が大好きだった……」
こみあげてくる思いをその場に吐露する。
この世界で初めて少年は内に秘めていた思いを言葉にして現した。
眼からは大量の涙が流れ落ちた。
赤ずきんを食べる前に十分に泣いたはずなのに、枯れるほどの涙をだしたはずなのに、それでもまだ涙はやまなかった。
「あ、あぁ……あああああああああああ!」
頭を花畑につけてウルは泣き叫ぶ。生まれて初めて知った恋という感情を、彼は抑えることが出来なかった。
「…………私もよ」
「………………っ」
大好きな少女の声が聞こえた気がした。
それはあり得ない。彼女は今頃赤ずきんの祖母の家のあたりにいるはずだった。
声は幻想のはずだった。
「私も、あなたの事が好き」
「…………っ!」
少年の耳元で言葉がささやかれる。それと同時に何者かに優しく後ろから抱きしめられた。
後ろを見なくても少年はそれが誰か瞬時に理解した。
その声と吐息、触れる暖かい体温、そのすべてが彼にとってはかけがえのない一人の少女だと告げていた。
「………どうして、いや、だめだ、君がここにいては!」
「……どうして?」
少女は少年を抱きしめたまま、優しく問いかける。
「このままじゃ役割に反して……」
「もう十分あなたは懲らしめられたでしょ?」
「違う、俺じゃなくて、君が……」
「オオカミが懲らしめられた後、3人は幸せに暮らしました」
少女が大人びた口調で話す。そのいつもと違う言葉遣いにウルは驚き、言葉を失う。
「だから……ね、おばあちゃんと私とあなたで3人」
元の優しい口調に戻り、赤ずきんは照れ臭そうに話す。
その反応から前半の言葉が誰かからの受け入りだという事をウルは理解する。
「俺が……君と一緒にいていいのか?」
それは決して望んではいけない事だと思っていた。
叶うはずのない願いだと諦めていた。
「これからも一緒にいよ」
赤ずきんの声を聴いて少年は止まりかけた涙が再びこぼれだす。
それは先ほどまでの涙とは違う事をウルは分かっていた。
それでも抑えることは出来なかった。
夜明け前、月見草が満開に咲いた丘の上、一人の少年と一人の少女が互いに秘めたる思いを告げて抱きしめあった。
物語は終幕を迎えようとしていた。




