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第72話 とある少年の記憶

 それからしばらくして赤ずきんの祖母の家に通い詰めた彼は人間の言葉を覚えた。


「赤ずきんが来ないの、オオカミのせい」


 人間がオオカミに怯えて過ごしていること、そのせいで少女や村人は森に決して入ろうとしていなかったことを把握した。


「まぁ、基本はそうね」


「オオカミ襲わなければ、赤ずきん森で遊べる?」


「そうだねぇ」


「わかった」


 少年はそれだけ言うと赤ずきんの祖母の家を出ていった



 ◇◇



 人間の姿になって30日が過ぎた頃、少年は自らの意思でオオカミ達が集まる丘へと向かった。


「ぐるるる」


 そこには当然のようにオオカミが何匹もうろついていた。人間の姿である彼を見てオオカミ達はよだれを垂らしながら距離を詰めてくる。


「聞け、お前ら」


「ぐるるろおおお」


 子供の人間はオオカミ達にとって奪い合いの餌という認識でしかなかった。それゆえに自分が食べてやるという思いを持ったオオカミ達は人間の言葉を発する彼を無視して一斉に少年を襲い始めた。しかし……


「ぎゃん!?」


 とびかかったオオカミ達は全て少年の足蹴りで薙ぎ払われた。もともと彼らよりも数倍体格の大きなオオカミであった彼が人間の姿に馴染んだ今、並みのオオカミでは歯が立たなかった。


「聞け、おれは……」


「ぐるうおおおおお!」


 しかし、彼の容姿が幼いせいかオオカミ達は怯えるどころか次々と束になって襲い続けた。


「くそ……」


 言葉を聞かないオオカミ達を彼はひたすらに倒し続ける。


 花畑はオオカミ達が倒れる姿で埋め尽くされ、異様な光景が広がっていた。


「話をきけって……」


 気が付けば日は完全に沈み、空には満月が上っていた。



 ドクンと心臓の音が鳴るのを少年は感じた、その感覚を彼は覚えていた。


「……が、ああああああ!」


 声を上げながら少年はその場に初めて膝をつく、その様子をチャンスととらえたオオカミ達が四方から襲い掛かろうとするが……


「ぐ……ぐるぅおおおお!」


 人間の姿であったはずの彼は元の()()()()()()()の姿に戻っていた。その変化を見て襲い掛かったオオカミ達は足を止めてその場で動きを止める。


「はなしを……きけ」


 オオカミの姿に戻ったにもかかわらず、人間の言葉を話せたことに彼は自分自身で少し驚く。しかしそれ以上に驚いたのは今まで聞く耳を持たなかったオオカミ達が黙ってこちらに耳を傾けていたことだった。


「いいか、()()()()()()()()()()()、これは命令だ」


 大きなオオカミの姿になった彼の言葉を聞いてオオカミ達は怯えるような反応を見せる。


「わかったな」


 ドスのきいた声を聴いてその場に倒れていたはずのオオカミ達までもこちらを向いて頷き、やがて1匹、1匹とこの場を離れていく。


「…………」


 その場に一人になった彼はその場に座り込み、息を漏らす。先ほどまでは何も咲いていなかったその場所には満開の月見草が咲き誇っていた。


 オオカミ達がこの場所を好むのは月見草が理由だった。月の光に照らされた時にのみ咲くその花の香りはオオカミ達にとって落ち着きを取り戻すものであり、彼らの好きなものだった。


「…………」


 彼の瞼が重くなり、うとうと眠くなる。半日以上オオカミ達と戦闘を繰り返していたのだから疲れるのも当然だった。


「…………」


 心地よいそよ風が体毛を揺らす。視界はゆっくりと暗くなり、やがて意識が落ちていった。



 ◇



 小鳥の鳴き声を聞いて目を覚ます。彼は()()()()()()()()()()()()軽く背伸びをする。その自然に行った振る舞いでぴたりと彼は動きを止める。そしてゆっくりと自分の手を見つめ直した。


 それは体毛に包まれた獣の手ではなく、肌の露出された人間の手だった。


「また、人間の姿か」


 どうして昨日の夜だけオオカミの姿に戻れたのか、なぜ再び人間の姿に戻れたのか彼には分からない事ばかりだった。それでも……


「これで赤ずきんに会える」


 少年はその事実に喜んだ。



 ◇◇



 しばらく赤ずきんの祖母の家に通い続けることで少年は最低限の知識を得ることが出来た。


 物語の中で生まれてきたすべての生き物は世界から役割を与えられることを知った。


 物語に深くかかわる役割の人間もいれば全く関わらない人間もいる。どんな役割が与えられるかは誰にもわからない。


 役割に背いた者は全て、「頁」が燃えて存在が焼失する。それゆえに役割に意図的に背く人間は殆どいない。


 たとえどんな役割を与えられたとしても自分なら演じて見せる。そう彼は思っていた。


 しかし、彼が生まれて初めて自分に与えられた役割を把握した時、そのあまりにも理不尽な運命に憤りを覚えた。そして抑えきれなくなった怒りの咆哮を空に浮かぶ満月に向かって解き放った。

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