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第71話 とあるオオカミの記憶

 彼はこの世界に生まれてから獲物を狩る為に毎日森の中を歩いていた。


 それは生きる為の本能でありそれ以外の事は二の次だった。


 ある日、人間が沢山住む村を仲間のオオカミの一匹が発見した。


 しかしどういうわけかオオカミが村を襲おうとすると体が光り始め、体内から炎が生じて燃えてしまった。


 その情報を共有して以来、オオカミ達は村を襲う事を考えなくなった。


 それでも獲物である人間が沢山いる村を諦めなかった獣は村には入ろうとはせずに森の茂みの中から村を観測し続けた。


 はじめは村から出ていく人間を襲う機会をうかがっていたが、武装した狩人以外ほとんど村から出かける者はいなかった。村の人間を狙うのを諦めようとした、ある日だった。


 村の中を歩く一人の少女が視界に入った。


 その人間は他の村人たちと明らかに違った。


 服装が他のものと少し異なり、全身に赤いマントのようなものを着ているから目立つ……だけではなかった。


 なぜかは分からなかった。それでもその少女に彼はくぎ付けになった。


 もっと少女を近くで見たい。少女を知りたいと獣は衝動にかられた。


 しかしこれ以上村に近づけば自分も燃えて死んでしまうかもしれない。その可能性が捨てきれずに獣は森の中から彼女を見る事しかできなかった。



 ◇◇


 満月の夜、仲間たちに突然彼は襲われた。


 仲間たちに襲われた理由はなんとなくわかっていた。


 一足先に丘の上にある同胞たちの集まる場所に向かうと突如体に異変が生じた。


 体の大きさがどんどん縮んでいき、手足の爪や牙はみるみる丸くなる。しっぽは完全になくなり、体毛もほとんど消え、最終的に頭部にのみ銀色の髪が残った。


 そして4足で歩いていたはずの獣は丘の上に2本の脚で立っていた。


 自身の体が変化していることは分かっていた。しばらくすると同胞たちが集まってきたがいつもと違って明らかに様子がおかしかった。


 それは仲間を見る目ではなく、獲物を見つけた時の獰猛な獣の眼だった。


 そこで初めて自身が捕食者ではなく、被食者の立場に変化したことを自覚した。


 そこから先は彼らとひたすら戦いだった。



 2足になり、最初は思うように動くことが出来ず劣勢になったが、幸い力の強さは変わらなかったため、すぐに状況は逆転した。


 それでも突然捕食者が集まる場所に1体の餌が紛れ込んだその状況では次から次へと姿を変えた彼は襲われ続けた。


 きりがないと判断した彼はその場から離れた。何匹か彼を追う獣たちもいたが、その全員を対処して川辺にたどり着く頃には彼以外誰もいなくなっていた。


 流れる川に映った自身の顔を見て初めて自分が何に変わったのかを把握した。その姿は誰がどう見ても()()だった。


 何故獣から人間の姿に変わったのか、分からなかった。


 この世界に生まれた時から極端に痛覚が鈍かった彼は他の仲間たちと比べても異質であるという自覚は持っていた。


 痛覚が鈍くとも疲労は蓄積していた。あたりを軽く見回し、敵がいない事を確認した彼は木の上に登り目をつむり休息を取った。



 ◇



 翌日、彼は目を覚ました。自身の腕を確認するが変わらず人間のままだった。


 傷の完治が早い彼は既にほとんどのケガが治っていた。


「…………」


 この姿のまま丘に向かえば再び同じ目にあってしまう。そう考えた彼は丘のある場所と反対側の方向へと歩き始めた。


 特にやることも決まらなかった彼は気が付くと村のすぐそばにまで来ていた。


 以前はただ獲物を狙うために時折訪れていた場所だったが、あの少女を見てから無意識のうちにほぼ毎日彼はこの村の中を確認できる森の茂みの場所に来ることが習慣になっていた。


 村の中、森と別れた柵から一番離れた家、そこに彼が気になっている少女が住んでいることはここ数日の観察で分かっていた。


 そういえば、と彼は思う。


 今の彼の姿は人間であり、村に住む人たちやそれこそ少女と姿は変わらない。もしかしたらこの姿なら村に入って問題はないのではないかとそう思った。


 けれども仲間のオオカミが燃えてなくなった姿を直接見た彼はその一歩を踏み出すことは出来なかった。



  ◇◇



人間の姿になってから数日が過ぎたが元の獣の姿に戻る気配は一切なかった。


 二足歩行にもだいぶ慣れてきた彼は森の中を走り出す。

 見た目は人でもその力はオオカミの者であり、人間ではありえない速度を出していた。


 普通の人間であれば上ることが難しそうな崖も軽々と飛び越えて少年の姿になった彼は村の近くを目指した。


「……?」


 彼は村の近くまでくるといつもと村の雰囲気が少し異なることに気が付いた。


 人々の様子が昨日までとは違う。浮足がたっているような、落ち着かない様子で日常を送っていると彼は感じ取れた。


 しかし、彼にとってただ一人を除いた村人の事など既に興味はなかった。


 毎日この村に通い続けている理由である赤い装束を身にまとった一人の少女が家から出てこないか茂みに隠れてまちわびた。


「……?」


 いつもなら家から現れるはずの少女はいつまでたっても出てくる気配がなかった。


 それから間もなくして、今まで起こりえない事が置き始めた。


 何人かの村人が村から外に出始めたのだった。それも数人でなかった。村の大人のほとんどが複数のグループを組んで森へと入っていく。


 オオカミの姿ならば間違いなく好機と捉えて村を出た人々を狙ったところだが、牙も爪も獣であったころからはだいぶ丸くなり、何よりも体の大きさが縮んだ彼は人間を見ても以前ほど魅力的な獲物には映って居なかった。


 夕方になりいつまでたっても少女は現れず、待ちくたびれた彼はその場を離れて先の居場所へと戻ろうとした。


 その直前、待ちわびていた家の扉が開かれた。


 戻ろうとした足を止めて凝視するが出てきたのは少女ではなく、少女と同じ匂いのする大人の女性だった。


 女性はおろおろした様子で家の扉をあけたまま走り出してしまった。


 扉はあいたまま放置され、村の中を見渡すとついには村の中に人影一つなくなっていた。


 それでも肝心の少女は出てこなかった。しびれを切らした彼は日が沈む少し前にその場を離れた。



 そして森の中でオオカミに追われて逃げる少女を彼は見つける。


 少年と少女が直接出会うのはそれがはじめてだった。

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