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第70話 はじめてのおつかい

「行ってきます」


 一人で森に出かけてからしばらくして、ついに赤ずきんが祖母の家にお使いに行く日がやってきた。


「気を付けて言ってきてね」


 母親にハグをして別れを告げる。狩人は既に村から森の中へと一足先に入っていたと村の人達から話を聞いていた。


「こわいなぁ……」


 薄暗い森の中、少女は祖母の家を目指して歩き続ける。


 森に一人で入るのは2回目だが、好奇心で潜った一度目とは異なり、不安の方が大きくなっていた。


 赤ずきんというこの世界の主役の役割を与えられた彼女はその容姿相応の精神年齢で生まれている。オオカミに怯えるのも無理はなかった。


 ガサガサと茂みが音を立てる。


 少女の体が思わずびくっと反射的に震えた。


「だ……誰かいるの?」


 揺れる茂みはやがて止まり、草木をかき分けて一人の少年がゆっくりと出てくる。


「あ、あなた!」


 それは以前夜の森の中で少女を助けた少年だった。


「…………」


 少年は前回と同様に言葉を喋らなかった。


 顔見知りと言うほどの中ではないがそれでも見知った人間に出会えたことで赤ずきんの心は多少落ち着くことが出来た。


「この前はありがとう!」


 少女はぺこりとお辞儀をする。フードが垂れ下がり、少女の顔を覆いかぶさったので顔を上げながら慌ててフードを外す。


「…………」


「今日私はおばあちゃんの家にお使いに行かないといけないの」


「……?」


 少年は首をかしげる。その反応が言葉を理解していない事だけは彼女もわかった。


「お使いには私一人でいかないといけないの」


「?」


 少年は理解していなかった。


「あなたは何か役割があるの?」


 少女はそう言いながら自身の胸元から1枚の「頁」を取り出した。その様子を見て少年は驚いた様子を見せる。


「もしかしてあなたはやったことがないの?」


 少女の問いに対して少年はまじまじと「頁」を見つめると真似するように自身の右手を胸元に近づける。しかし……


「ちょっと、ストップ!」


 少年の腕は体内の「頁」を取り出すことは出来ず、爪が皮膚に食い込み体内から赤い血が滲み出始めていたので少女は慌てて少年を止めた。


「出来ないならやらなくていいわ」


 少女の言葉を聞いて少年は少しだけ落ち込んだ様子を見せる。


「……そうだ、あなたお腹はすいているかしら?」


 少年の様子を気の毒に思ったのか少女は両手を叩いて話題を変える手に持っていたバゲットから母親手作りの弁当を取り出す。


「半分はおばあさんに渡すものだけど、残りは食べていいって」


 赤ずきんはそう言うと手に取ったサンドイッチの半分をちぎろうとする。少女の力ではうまくちぎることが出来ずに形だけが崩れ始めてしまう。


「……」


 その様子を見ていた少年は無言のまま少女が手にしていたサンドイッチを彼女の手を覆うように掴みながらあっという間に綺麗に二つに分けた。


「あ、ありがとう」


 赤ずきんはお礼を言いながら片方を少年に手渡す。サンドイッチの半分を受け取った少年は困ったように少女を見つめなおす。


「お母さんが作った料理はおいしいよ」


 赤ずきんは大きく口を開いて手に持っていたサンドイッチを食べ始める。その様子を見て少年は先ほどと同じくまねるように口を大きく開けてサンドイッチにかぶりつく。


 少年は味が気に入ったのかすぐに手に持っていた分をぺろりと食べきってしまう。


「ね?」


「…………」


 もぐもぐとゆっくりとサンドイッチを食べ終えた少女の無邪気な笑いにつられるように少年も笑う。


「それじゃ、私行くから」


 少女はその場を立ち去ろうとする。


「…………」


 少年は無言のまま、ゆっくりとその後を追う。


「だめよ、お使いは一人でやらないと!」


「……?」


 少年は首をかしげる。


「言葉を話せないのは不便ね……」


 今から少年とともに村に戻り、再びお使いに出かける時間はないと判断した赤ずきんは仕方がなく少年と森の奥に向かうことにした。



 ◇



「ついた」


 少女はふうと一息つく。何度か休憩をはさんだとはいえ、10歳にも満たない少女が村から森の最奥にある祖母の家に着くころには半日が過ぎていた。


「結局最後までついてきちゃったね」


 いつの間にか横に並んだ少年をみながら少女はそう話す。


「ここから先はついてきちゃだめよ!」


 少女はびしっと指を立てて少年にそう告げる。


「じゃないとあなたが燃えちゃうかもしれないからね!」


 少女は強めの口調で少年に警告するが、当然少年は理解している様子はなかった。


「……もう、どうなっても知らないわよ」


 少女は半分怒りながら、半分はあきれながら変わらず共に歩く少年を無視して家の扉の前に立つ。ここから先は物語が進む場面である。


「おばあさん、いるかしら?」


 少女がドアをノックする。しばらくすると家の中からしゃがれた声が聞こえてくる。


「あらあら、どなたかしら?」


「私よ、赤ずきんよ」


「そうかい、ドアのカギは空いているからお入り」


 少女は家の中から問いかける声にはっきりとそう答える。今家の中にいるのが赤ずきんの祖母ではなく、それにふんしたオオカミであることも当然彼女は分かっていた。


「おばあちゃん、入るねー」


 少女に与えられた役割は赤ずきん、つまりはここで今からオオカミに丸呑みにされるのだった。少女もその事実は分かっていた。怖くても受け入れるしかない、その覚悟もあるつもりだった。しかし……


「あら……本物の赤ずきんじゃないか」


「え、おばあちゃん?」


 ベッドで寝ている相手はオオカミが化けた祖母ではなく、正真正銘本物の祖母だった。


「これはいったいどういうことかね、私はてっきりオオカミが化けてきたのかと」


「私はてっきりもうおばあちゃんが食べられたのかと……」


 オオカミが赤ずきんの祖母の家に現れなかったという現実にいまいち実感がわかず、お互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をする。


「おや、そっちの子は?」


 赤ずきんの祖母が視線の赤ずきんの横にずらす。いつの間にか少年も家の中に上がり込んでいた。


「あ、いつの間に!」


「その子は知り合いかい?」


「うん、以前私を助けてくれたの」


「ふむ……」


 赤ずきんの祖母は手を顎に当てて考える。


「物語にここまで深く関わっているけど、その子は大丈夫なのかい?」


「そうなの、でも彼は無事なのよ」


 世界に重要な役割を与えられた者が物語を進める場面に他者であるはずの少年はまぎれているが、それでも彼が燃える様子はなかった。


「この子、言葉を話せないのよ」


「言葉を?」


 赤ずきんと祖母が視線を少年に向ける。赤ずきんの祖母は試すように少年に何度か会話を試みるが何一つ返事は帰ってこなかった。


「本当のようだねぇ、村では困らないのかい?」


「彼を村でみかけたことないわ」


 赤ずきんは助けられた翌日に改めて村の中の子供たち全員の顔を確認したが、少年はいなかった。


 この世界に生まれた村と祖母の家以外に人が住んでいるという話を聞いたことがない赤ずきんは少年の事について何もわかっていなかった。


「村の子でもないのかね……「白紙の頁」の所有者というわけでもなさそうかねぇ」


「この子、自分の「頁」を取り出す事も出来ないのよ?」


 つい先ほど胸元を爪で傷つけていたことを説明する。


「そんな不器用な子もいるんだねぇ」


 しみじみと赤ずきんの祖母が少年を観察しながら話す。


「私、これからどうすればいいのかな?」


「そうだねぇ……とりあえず村には帰るべきだね」


 オオカミがこの場に現れず、結果的に二人とも無事に生き残ってしまっている。

 物語が進行しなかったこの状況でいつまでも赤ずきんがこの場所にいるわけにはいかないと赤ずきんの祖母は判断する。


「わかったわ、私お家に帰るね、おばあちゃん」


 そう話すと赤ずきんはお使いでもってきたものを渡し終えるとドアを開けて帰ろうとする。その後ろを少年は無言でついていく。


「そうだ、そこの男の子」


 赤ずきんの祖母が少年を呼び止める。


「赤ずきん村に帰った後、もしも村に行かないなら、うちにおいで」


 ベッドに座ったままジェスチャーを加えながら赤ずきんの祖母は少年に言葉を伝えようとする。それを見た少年は首をかしげるわけではなく、縦に振った後に赤ずきんを追いかけた。

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