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第69話 二人の出会い

「はぁ……はぁ」


 少女は息を切らしながら森の中を走っていた。


 彼女の背後からいくつもの獣の遠吠えが聞こえてくる。そのどれもが少女一人を獲物として狙い、食い殺そうとしていることを彼らから逃げ惑う少女は分かっていた。


「はぁ……はぁ」


 村の中にいた時は大人たちにこの世界の主人公として大切に扱われていた。しかし、獣たちは与えられた役割に対して自覚がなく、主役でも平気で襲われかねない。その真実を今夜少女は身に染みて実感していた。


「……いたっ」


 木々に肌が切れて擦り傷になる。傷のついた頬を手で押さえながらそれでも少女は懸命に走り続けた。


 痛みにうずくまっていては獣たちに殺されてしまう。その事だけは幼い少女である彼女でもわかり切っていた。


「はぁ…はぁ……」


 母親には決して森の中に入っていてはいけないと教えられていた。それなのに興味本位で少女はその約束を破り、森の中へと一人遊びに出かけてしまった。


 その結果、日が暮れて帰り道に迷った少女は獣たちがうろつく森の中ただ一人でさまようことになっていた。


「ぐるるるる……」


「!」


 遠吠えではない、唸り声のようなものがはっきりと背後に迫ってきていることに少女は気が付く。


「……っ!」


 少女は暗闇の森の中、月光が照らす光のある場所を目指して懸命に走り続けた。


「ぐるるるぅお」


 オオカミの声は更に近いところまで来ていた。


「はぁ……はぁ」


 暗い森を抜けて開けた場所に少女はたどり着く。


「っ……」


 必死になって走り続け、たどり着いた場所は村ではなかった。


 そこには色とりどりの花が咲いているだけのただの丘だった。


 この場所を眺めるだけなら少女も綺麗な場所だと見とれていたかもしれない。


 しかし、命の危機に面している彼女にとってただの花畑は絶望以外の何物でもなかった。


「あっ……」


 足をひっかけて転んでしまう。あふれんばかりの花がクッションになり、大した傷を負うことはなかったが逃亡中の少女にとって足を止めることは致命的だった。


「ぐるるるぅおお‼」


 獣の声が一層荒くなる。少女が振り返るとすぐそばにまで獣が迫っていた。


「あ……あぁ」


 獣におびえた少女はその場で腰が抜けて動けなくなってしまう。


 殺される、少女は死を覚悟した。





「ぐるぅお?!」


「……え?」


 少女の鼻さきまで獣の牙が迫ったその瞬間、口を大きく開けてとびかかった獣がその状態のまま真横に吹き飛ばされるのを少女の瞳は観測した。


 突如現れた何者かの飛び蹴りによって獣が倒されたと少女が状況を把握するには数秒を要した。


「……」


 獣をけった人間が少女の方を見る。少女を助けたのは彼女と同じぐらいの体格の少年だった。


「…………」


 少年がゆっくりと手を伸ばす。少女はその手を掴んでゆっくりと立ち上がる。


「ぐるるるる……」


「!」


 先程少年によって蹴り飛ばされた獣が声を上げながら起き上がる。少女は先ほどの恐怖が蘇り、体が震えてしまう。


「…………」


 少年は手をつないだまま少女を庇うように体を張って少女を背後に隠した。


「ぐるるるお!」


 獣が子供たちめがけて勢いよくとびかかる。

 少年は少女とつないだ手と反対側の腕を獣に差し出した。


「……っ!」


 少女の声にならない悲鳴が上がる。少年の腕に勢いよく獣が噛みつき、腕はまるで人間が大きなお肉にかぶりつくように獣の口の中に入った。


 あまりの恐怖に声の出せない少女とは対照的に腕をかまれている少年は一度少女の方を申し訳なさそうに見ると握っていた手をゆっくりと手放す。


 身動きが取れるようになった少年はそのまま嚙まれている腕ごと獣を地面に叩きつけた。


「ぎゃん?!」


 頭から勢いよく花の無い地面にたたきつけられた獣は思わず口を離す。少年は倒れた獣の顔横に勢いよく足を振り下ろす。


「…………」


「ぐるぅ……」


 少年に怯えた獣は逃げるようにその場を後にする。


「…………」


 少年は獣が退散したのを確認すると再び少女のもとに歩み寄る。


「た、たすけてくれたの、ありがとう、で、でも、あなた……腕が」


 獣にかまれた少年の腕を少女は震えた様子で見る。かまれた箇所からは大量の血が流れている。誰がどう見ても重傷だった。


「…………?」


 しかし、少年はその手を痛みなど感じないと言わんばかりにぶんぶんと大きく振り回す。


「だ、だめ、安静にしないと!」


 少女は少年に抱きしめるようにしてその動きを制する。


「…………」


「あなた、名前は?」


「…………」


 少女の問いに少年は何も話さなかった、そこで少女は今の今まで目の前の少年が一度も言葉を発していない事に気が付く。


「あなたもしかして、()()()()()()()の?」


 少女の言葉に少年は頷いて肯定する。


 多少の言葉は通じていると少女は把握する。


 少女は改めて助けてもらった少年の顔を見る。少女から見てほとんど同じ年齢に見えた。


「あなたも迷子になったの?」


 迷子という言葉を聞いて少年は首をかしげる。


 少女自身難しい言葉や大人のような対応をすることは出来なかったが、少女と同じ年齢に見える少年が言葉を話せないのは流石におかしいと疑問に思えた。


 それでも暗い森の中で一人ではなくなった事で疑心よりも安心感が少しばかり勝っていた。


「私はお母さんとの約束を守らずに森に入って、迷子になっちゃったんだ」


 少女はうつむいて話す、母親の顔が頭の中に思い浮かび、寂しさと不安がよぎって涙がこぼれ始めた。


「…………」


 少年は少女の様子を見ると急に顔を少女の首元まで近づけてくる、そのまま彼女の髪や服に顔をうずくまり始めた。


「……え、え?」


 突然の行為に少女は驚いた声をあげる


 時間にすると10秒ほど少女には理解のできない行動をした少年は顔を彼女のもとから話すとそのまま少女の手を力強く握りしめた。


「え?」


 何が何だかわからないと困惑する少女を無視して少年はそのまま歩き始めた。

 その足取りはどこへ向かうか決まっているような迷いのないものだった。


「…………」


 少年は片腕を大きなけがを負っている。握られた手を振り払って逃げようと思えばできそうだと少女は感じた。


「…………」


 暗い森の中、獣から助けてくれた少年のその手は暖かく、彼の力の込められた手を振りほどくべきではないと彼女の本心がそう告げていた。


 ◇


 少女は少年を気遣って、時折少女の顔を見ながら歩き続ける。


 誰が見ても少年の方が危険な状態であるにも関わらず、当の本人である少年は少女の事を思っている。そのやさしさが手のぬくもりから伝わってきた。


「……あ」


 しばらくするといくつもの明りが見えてくる。少女は聞き覚えのあるその声を聴いて我慢できずに走り出す。それと同時に明りの方もこちら側へと距離を詰めてくる。


「お母さん!」


 少女はたいまつを持って駆け寄ってきた母親に抱きつく。母親も地面に膝をつけて一身に少女を抱きしめた。


「本当に心配したんだから!」


 少女の母親は涙を流しながら少女にそう告げた。


 娘の方はその言葉を聞いて今までこらえていた涙腺が崩れ、ごめんなさいと大泣きしながら母親を抱きしめた。


「良かった、無事だったんだな」


 村の人々がぞろぞろと少女たちの周りを囲う。


 母親を除いたほとんどの人々は主人公が行方不明になっていたことによって自分たちが焼失してしまう事に対して心配していたという真実を少女は知る由もなかった。


「どうやって村の近くまで戻って来れたの?」


 母親が娘に顔を近づけながら質問する。


「あの子に助けてもらったの、そうだ彼、私を庇って大けがを……」


 そういって少女はここまで連れてきてくれた少年の方を見るが、そこには誰もいなかった。


「誰もいないわよ」


「そんなはずは……私と同じくらいの子が左手をおおけがしたの、お願いあの子も助けてあげて!」


 少女は大人たちに必死になって声をかける。大人たちはその声に従ってあたりを見回すが少年を見つけることは出来なかった。


「村の子供たちも全員家の中にいるはずだ、見間違いじゃないのか?」


「そんなはずは……」


「とにかく無事でよかったじゃないか、さぁ村に帰ろう」


 大人たちに連れられて少女と母親は村の方へと歩いていく。


 少女は何度も先ほどまで少年がいた場所を振り返るが、そこには暗闇しかなく人影もなかった。


「あの子は……?」


 少女は恐怖心から夢をみていたのかと一瞬懐疑的になる。


 母親とつないだ手のぬくもりを感じて、つい先ほどまで反対側の手を優しく握ってくれていた少年のぬくもりは幻ではないと再確認する。


「また、会えるかな」


 少女は助けられた少年の事を思いながら帰路についた。


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