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第67話 二人の関係

「もうこの世界から離れるのか」


 次の日、村の井戸で酌んだ水で顔を洗っているとマロリー達3人組がこの村を出ていく姿を見かけたのでグリムは声をかけた。


「世界が完結した時に我々がその場にいては共に消失してしまいますからね」


 彼女に話を聞くと昨夜ローズからこの世界の物語が進まなかった理由と対応方法について聞いていたらしい。


「次の満月の夜には物語が完結しますからね……ワーストさんもこの世界から離れた方が良ろしいかと」


 普通に考えると次の満月はおそらく30日前後、それまでにこの世界を離れなければ彼女の言う通り物語と共に外から来た人間も消失してしまうだろう。


 しかし、グリムはこの世界から出るわけにはいかなかった。


「ガラスの靴を見つけないとな……」


「ガラスの靴?」


 グリムの呟きにマロリーが反応する。無意識のうちに言葉を漏らしていたようだった。


「すまない、こちらの事情だ」


 グリムの言葉を聞いてマロリーは特に追及することはしなかった。


「それではまたどこかでお会いしましょう」


 マロリーはそういって丁寧にお辞儀をすると後ろに控えた騎士たちと共に村を出ていった。



 ◇



「……さてと」


 この世界が進まない理由は判明した。しかしグリム自身がやらなければいけない事は残っていた。最初に落としたガラスの靴を探さなければいけない。あてもなく暗い森の中、物語が完結するまでにガラスの靴を探す事は果たして可能だろうか。


「それに……」


 オオカミの正体がウルという少年だったことも気になっていた。マロリー達がどこまで真実をこの世界の住人達に伝えたのか分からないが、少なくとも親しく接していた赤ずきん本人にとっては何かしらの影響がでてしまうと考えられる。


「グリムさん!」


 考え事をしていると声をかけられる。声の主は赤ずきんの母親だった。


「グリムさんはオオカミの正体を聞きましたか?」


「あぁ、聞いてるよ」


 彼女の質問を聞く限り、どうやらグリムが昨日の夜現場にいたことを彼女は知らないようだった。


「村中その話題で持ちきりになっていて……ただ困ったことがありまして」


「困った事?」


「改めてこの村の人達が村中を探しましたが、ウルという人間はどこにも住んでいません」


「……そうか、そういうことか」


 赤ずきんの母親の言葉で状況を理解する。

 オオカミの役割を与えられた人間はもともと村の子供ではない。



『ウルが村を出ていく、入っていく姿を誰も見たことがない』



 以前出会った子供たちの会話の中でその根拠になりそうな事を言っていた。


「オオカミの正体が広まったのはつい先ほどです」


「困っているというのはウルという少年が見つからない事か?」


「それもそうなんですが……」


 歯切れの悪いような容子を見せる。


「それだけじゃないのか」


「この事実を知らないまま、今朝赤ずきんと子供たちが森の中に入っていってしまって……」


 子供たちが森の中に入るのは朝早いのをグリムもこの世界に滞在していてよくわかっていた。つい先ほど事実が広まったというのなら子供たちが事実を知らないのはあり得る話だった。


「ウル……という少年は赤ずきんから何度も話を聞いています。いつも困ったときにあの子を助けてくれる、とても優しい子だと」


 赤ずきんの母親が視線を軽く落としながら話す。彼女が何を気遣っているのか、何に困っているのかそこでグリムはようやく理解した。


「赤ずきんに真実を伝えるべきかどうか……か」


「はい、そのことで困っていました」


 村の中の人間達だけならばオオカミの正体を赤ずきんに対して隠す為に話の辻褄をいくらでも合せられると彼女は話した。


「事実を知ったらそれはまた別の意味合いで物語に支障がでるかもしれないな」


「そう……ですよね」


 赤ずきんの親しい友人が実は彼女を食べる役割を持ったオオカミだった。大人である赤ずきんの母親ならばその事実もある程度のみこめるかもしれないが、子供である彼女が受け入れるかどうか分からなかった。


「その話はマロリー達に聞いたのか?」


「はい、そうです」


「……狩人はどうしてる?」


「今朝から誰も見ていないそうです」


「そうか」


 赤ずきんがオオカミの正体を知ることに加えて、あの現場を直接見た狩人の行動は無視できるものではないとグリムは考える。


「グリムさんもこの世界を離れるのですか?」


 心配のせいか少しだけうるんだ瞳で赤ずきんの母親はグリムの今後について聞いてくる。


「いや、俺はこの世界でまだやるべきことがあるから……この村に滞在する予定だ」


「そうですか」


 赤ずきんの母親がホッと息をつく。現状を話せる人物がいることは彼女にとって心強いのかもしれない。


「俺は私用で今から森に入る」


「わかりました、もしあの子に会ったら……いえなんでもありません」


 何かを言おうとして赤ずきんの母親は言いとどめた。外の世界から来たグリムにこれ以上負担を変えるべきではないと気遣ったのはすぐに読み取れた。


「俺がいる間は二人の困りごとには協力するよ」


 不安を和らげるために言ったその言葉を聞いて赤ずきんの母親は顔を明るくする。


「ありがとうございます。あ……そうだ、少しここで待っていてくださいね」


 そういってあかずきんの母親は走って家の方へと戻っていく。それからすぐに息を切らしながらまたこの場に戻ってきた。


「これ……よかったら森の中で食べてください」


 赤ずきんの母親からお弁当を受け取った。


「……いつもすまないな」


「いいえ…………」


 乱れた髪を整えながら赤ずきんの母親はグリムをまじまじと見つめてくる。


「なにかおかしな所でもあるか?」


「いえ……なんだかこういうやり取りってまるで夫婦みたいだなって」


 赤ずきんの母親は嬉しそうに笑いながら話す。この世界では赤ずきんの父親の役割を与えられた人間は存在しない。


 言葉の意味をそのまま受け取るのは何か気恥ずかしくなり、グリムは視線を逸らす。


「あの子にとって……ウルという子はどんな関係なんでしょうね」


 ほほえましい笑顔で話しながら赤ずきんの母親はそうつぶやく。


 オオカミと赤ずきん、役割だけの関係で見ればそれは食べる側と食べられる側でしかない。


 それでもこの世界が生まれた中で彼女たちが過ごした日々によって二人がどのような関係になっていたのか、それはわからなかった。


「そろそろいくよ、お弁当ありがとう」


「気を付けて、いってらっしゃい」


 赤ずきんの母親に見送られてグリムは何度目か数えなくなっていた森の中へ入っていった。


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