第65話 物語の語り部
「あなたはどの世界出身なのですか?」
森の中を歩く長身の騎士、ローズが話しかけてくる。
「俺は……白雪姫の世界だ」
シンデレラの世界ではリオンに話すことも億劫になっていたが、彼女のおかげで多少は話をしても気にしなくりつつあった。
「ほう……ところであなたは本当に「頁」を持っていないのですか?」
グリムが「頁」を持っていない事は彼には話していない。
突然話題を切り替えられて戸惑うグリムだったがマロリーに「頁」を持っていないことを聞いたのだろうとグリムは考える。
「あぁ、この胸の中には何もない」
長身の騎士は疑心の目で見てくるのがすぐに分かった。「頁」を持っていることを示すのは取り出すだけで簡単だが、持っていない事を示すのは難しかった。
「これで証明になるかは分からないが……」
グリムは髪留めから1枚の「頁」を取り出して自身の胸に当てはめる。姿は変わり、あっという間に魔女の姿にかわった。
「「頁」がないから他者の「頁」の役割を自身に当てはめることが出来る」
グリムの変身を見たローズは先ほどまでの目つきから変わり、驚いた様子を見せた。
「……少なくともマロリーはそのような芸当が出来るとは聞いていませんね」
「そうなのか?」
銀髪の騎士も同じようなことを言っていた。「頁」を持たない人間誰もができるわけではないのかもしれない。
「もしかしたら彼女が私に黙っていただけかもしれません」
ローズはだらりとした姿勢でいう。銀髪の騎士とマロリーの関係もよく分かってはいなかったが、同様に彼女と目の前の長身の騎士についてもグリムは何も知らなかった。
「3人はアーサー王伝説の世界出身だったか」
銀髪の騎士とは違い、比較的会話が成り立つローズに彼らの出生を尋ねてみる。
「私と、もう一人の騎士はそうですね」
「マロリーは違うのか?」
「彼女は別の世界から来たと話しています。なんでも自分が生まれた時の記憶がないとか」
「赤ん坊で生まれたという事か?」
「いいえ、彼女はあの姿で生まれてきたそうですよ」
マロリーの容姿は大人びた口調に対して幼い。年齢でいえば赤ずきんと代わらない10歳前後にしかみえなかった。グリムは時の流れに合わせて相応に歳を重ねていたが、彼女は「頁」を持った人間のように初めからあの容姿で生まれてきたらしい。
「グリム、あなたは楽園をご存じですか?」
ローズの突然の質問にグリムは多少驚く。
「俺は正直信じていなかった」
過去形になっているのはマロリーとの出会いが原因だった。
彼女に出会うまでは少なくとも迷信だと思っていた。
しかし楽園は存在すると彼女は言った。更にはそこに言った事があるとも……マロリーが嘘をついているようにも思えず、グリムはわからなくなっていた。
「楽園は間違いなく存在しますよ」
ローズも彼女と同様に断言した。
「そもそもグリムは楽園とはどのような場所かご存じですか?」
「主人公を演じた人間が自由を手に入れられる場所だったか」
色々な世界でささやかれている程度の知識ではあった。
「半分ほどあっていると言いましょうか」
長身の騎士は猫背で歩きながら冷やかすように笑う。その相手をあおるような仕草にグリムは不快感を覚える。
「なら、ローズは行った事があるのか?」
「いいえ、私はまだ行くことが出来ません」
「まだ?」
まるでいつかは行けるみたいな発言に思わず聞き返す。
「楽園に行く方法は二つあると私は考えています」
物語の中で主人公を演じて完結させる方法以外に行く手段があるとローズは言いたいようだった。
「一つ目はあなたが言ったように物語の中で「主役」を演じること」
細柄な騎士は人差し指を立てて説明を始める。物語の主役を演じ切った者は楽園に導かれる。それは誰もが知っている噂話である。
「二つ目は物語の完結に協力すること」
「…………?」
グリムは首をかしげた。
「マロリーは教えてくれませんが、彼女の存在自体が何よりもその証拠になります」
マロリーという名前の主人公がいる物語は聞いたことがない。名前を偽っていないのなら、確かに彼女の存在は楽園に行く為のヒントになり得た。
記憶がないとはいえ、楽園に行く事が出来る彼女が存在しているのならば、ローズの言う通り別の方法で楽園に行く手段はあるのかもしれない。
「そもそもの話にはなるが……彼女が楽園に行けるというのが嘘の可能性は?」
楽園は存在していない、マロリーが嘘をついているだけで本当は楽園にいった事がない、そもそも楽園がないこともありえるのではないかとグリムは問いかける。
「それは絶対あり得ません」
「なぜ断言出来る?」
「彼女はたまに楽園から本を持ち出してくれます。それを読めばあなたも楽園の存在を認めますよ」
「本……?」
マロリーは本を読むことが好きだと言っていた。本は世界の物語が完結した際に楽園に生まれるものという彼女の言葉を思い出す。
「マロリーは色々な世界で起きた出来事をまとめた本を読むことが出来ます」
「本なんて誰でも読めるだろ?」
「ただの本なら私も楽園の存在を疑います……しかし楽園にある本にはその世界で起きた事象全てが記されているのです」
言っている意味が分からないとグリムは言葉を返す。
「例えば……赤ずきんの物語は赤ずきんが母親にお使いを頼まれて森へ入り、それをみたオオカミが先回りをして祖母の家に侵入、祖母を丸呑みしてその後赤ずきんも飲み込む。満足して眠ったオオカミを狩人は見つけてお腹を割いて二人を救出、目を覚ましたオオカミは水を飲みに川へと向かい、足を滑らせて死ぬ。その後赤ずきん達は幸せに暮らしました……というのがおおまかなあらすじですよね?」
「そうだな」
一度にまとめて赤ずきんのあらすじを耳にして混乱するかと思ったが、ローズの説明がわかりやすかったこともあり、グリムの頭にあらすじはすんなりと入ってきた。
「今の私の説明の中に登場人物の感情や意思はありましたか?」
「いや、無かった」
「物語をただ読むだけなら必要がない……そこにどんな葛藤や苦悩があったとしても本来であればそれは語られません」
「本来であれば?」
わざとらしく一部分を強調していったことにグリムは聞き返す。
「普通の本にはその世界の人物について詳細など一切書かれません……しかし、彼女が持ち出した本には物語の中にいた人物の様子全てを詳細に読むことが出来るのです」
「全てというとさっきローズが言った人々の心情みたいなものも……ということか」
その通りです、とローズは肯定する。いつの間にか猫背から背筋を伸ばした姿に変わっており、気持ちが高ぶっていることが伝わってきた。
「その本を読むために楽園に行きたいのか?」
「いいえ……私は本を作る為に楽園を目指すのです」
長身の騎士ははっきりとそう言った。しかし、グリムは彼が何を言っているのか理解することが出来なかった。
「最初の話に戻りますが……私は二つ目の手段を用いて楽園を目指します。私は物語の中で何かを演じるのではなく、物語の中で役割を与える存在、物語の語り部になるのです」
「物語の語り部……」
ローズの最後につぶやいた言葉の意味は分からなかったが、なぜだかその響きは頭に残った。
「結局、その楽園に行ける……物語の語り部になれる条件は何なんだ?」
さんざん回りくどく話して結論にたどり着かない事にもどかしく感じたグリムはローズに答えを求めた。村でも感じた事ではあるがこの騎士は語り始めると止まらなかった。
「マロリーはいくら聞いても応えませんでしたが、彼女の行為に答えはありました。物語の完結に助力する事、それが楽園にたどり着くために必要な方法です」
「それであんたも物語を完結させようとしていたわけか」
「私はそうですね、もう一人の騎士はよくわかりませんが」
「銀髪の騎士の方は楽園に行きたいわけではないのか」
「彼はただマロリーと共に行動するだけで満足していますからね」
長身の騎士は話の興味を失ったのか、みるみるもとの猫背に戻っていく。
なぜ彼が物語の語り部になりたいのか聞き始めたらきりがないとグリムはいったん話の区切りをつけた。
◇
「そろそろ協力者と出会う場所に着きます」
「協力者?」
気が付けばグリムはこの世界に最初に降り立った場所まで来ていた。空が少しだけ見える、その場所に見慣れた一人の男がいた。
「な……」
「あぁ?てめぇは……」
そこにいたのはこの世界で重要な役割を与えられた狩人の男だった。




