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第62話 魔女の魔法

 赤ずきんの家の扉は案の定、破壊されていた。力づくで無理やりこじ開けたような跡が残っていた事から狩人が犯人で間違いなかった。


 いくらドアが壊されているとはいえ、無言で入るのも躊躇われたグリムは夕方と同じように3回ドアをノックし、家の中に入る。室内は電気が付いたままだが、人の気配はどこにもなかった。


「にゃー」


 家の奥の方から子猫の鳴き声が聞こえてくる。しばらくすると1匹の猫がグリムの方へと走ってくる。


「にゃー、にゃー」


「すまない……ネコの言葉は分からない」


 ネコ相手にグリムは会話をする。猫は再びにゃーと鳴くと片手でグリムの服を触り、すぐに後ろを向いて歩き始めるが、途中でぴたりと止まってグリムの方を見てきた。


「ついて来いって言ってるのか?」


 ネコの動きからグリムは()()が何を伝えようとしているのか判断する。正解だと言わんばかりにネコはニャーと鳴いて家の奥へと歩き始めた。


 ネコの後を追うと寝室の部屋にたどり着く。少しだけ開いていた扉を開けると部屋の中には大きなベッドと少しだけ荒らされた形跡のある布団と家具が散乱していた。


「にゃー、にゃー」


 この部屋までいざなってくれたネコがいつの間にかグリムの足元にやってくる。口に何かを加えているのに気が付いたグリムはそれを手に取る。


「これは……」


「にゃー!!」


 突然ベッドの上、布団の陰に隠れていた別の猫がすさまじい速度で飛翔し、グリムの顔面目掛けてとびかかる。驚いたグリムは反応が遅れてネコに顔面を引っかかれる。


「いっつ……」


 攻撃してきた猫はグリムが手放した何かを空中で器用につかむとそのまま元居たベッドの上に戻った。


「にゃー、にゃー」


 足元にいたネコが心配したような声を上げる。一方でもう片方の襲い掛かってきた猫はふしゃーと威嚇をしていた。


()()()が……()()()なんだ?」


 グリムがそう言うと二匹の猫が突然光を放ち始める。そしてみるみる人の姿に変わっていった。


「すごーい、まさかネコになれるなんて思わなかったー!」


 先ほどまでネコだった少女が足元で四つん這いになりながらそう言った。


「ここまで案内してくれたのは赤ずきんの方だったのか」


 グリムは赤ずきんをみながら感想を漏らす。ベッドの方を見ると赤ずきんの母親が布団にくるまってこちらを見ていた。グリムに攻撃を仕掛けたのは赤ずきんの母親の方だった。


「……見ました?」


「いや……何も見ていない」


 彼女の問いが何を指しているのか分からなかったが、彼女の手元に先ほどグリムから奪い取った何かがあることに気が付く。


「本当ですか……?」


 何故か強い口調で聞き直される。よくよくみると赤ずきんの母親の顔は少しだけ紅潮していた。


「なんでお母さん自分のパンツをにぎりしめてるのー?」


「…………っ!」


 先ほどまで少しの紅潮で済んでいた赤ずきんの母親の顔が真っ赤に変わる。赤ずきんの発言で彼女が隠そうとしていたものが、明らかになってしまったせいだった。


「もう、この子ったら……!」


 先ほど手に取ったものが何か理解したグリムは気まずそうに視線を背けた。


「…………本当に見ていないから、その……すまない」


「い、いえ……本当ならいいんです」


「…………」


「グリムさんって本物の魔法使いさんだったんだねー、すごーい」


「あ、あぁ、これは特技の一つかな」


 赤ずきんが沈黙を破るように話を振ってくる。先ほどはそのあどけなさによってこの状況になってしまったが、今度はその無邪気な言葉が話題を変える理由になり、グリム的には助かった。


「……私も驚きました、まさか本当に姿を完全にネコに変えてしまうなんて」


 落ち着きを取り戻した赤ずきんの母親が感嘆の声を上げる。


 彼女が言ったようにグリムは小屋に戻る前、魔女の「頁」の力を借りて二人にはネコになるように魔法をかけていたのだった。


「まさか扉をこじ開けてくるとは思わなかったが、念のため魔法をかけていてよかったよ」


 魔法の効果時間は長めに設定していたが、グリムが魔女の「頁」を体内から取り出したため、昼間の騎士の件のように二人にかかっていた魔法は予定した時間よりも早く解除されたようだった。


「しばらく夜はこの方法で狩人の目を欺こうと思う」


「それはとても助かります」


「私、明日はワンちゃんになりたーい」


 赤ずきんの母親はほっと胸をなでおろす。赤ずきんは嬉しそうに明日の変身する姿の希望を出していた。


「あまりころころと目立った動物に変えると狩人に怪しまれるからだめよ」


「えー、つまらなーい」


 赤ずきんの母親が娘をたしなめていた。彼女の言う通り、動物のレパートリーを増やすのは得策ではないだろう。


「グリムさん、ありがとうございます……何かお返しをできるといいのですが……」


 赤ずきんの母親は申し訳なさそうに話す。


「頁」を使用することに対してそれほど抵抗を持っていないグリムは気にしないでというが、赤ずきんの母親は納得がいかない様子だった。


「それなら……毎日食事をもらえると助かる」


「もちろんです!」


 グリムの言葉を聞いて赤ずきんの母親は顔を明るくする。


「お母さん嬉しそう!」


 赤ずきんも母親の笑顔を見てつられるように笑った。



 ◇◇



 赤ずきんとその母親を動物に変える日々が何日か過ぎたが、物語が進まない原因は相変わらず分からなかった。


 あれから何度か赤ずきんは祖母の家にお使いに出かけてみたものの、赤ずきんの祖母は変わらず家の中で元気な状態で待っていた。


「弱ったな……」


 赤ずきんに関わる主要な人物とは何度も顔を合わしていた。狩人意外とは会話を交えてもいたが何一つ成果は得られていない状態である。


「何か見落としているのでしょうか?」


 マロリーが首をかしげる。彼女もこの数日の間村の中で人々に聞き周りをしていたが、大した情報は得られていないようだった。


「赤ずきんの物語を一から話してみましょう」


 そう言うとマロリーは赤ずきんの流れを語り始める。


「ある日赤ずきんは母親にお使いを頼まれまれて森へ向かいます。それを見たオオカミは赤ずきんの祖母の家に先回りをします」


「この世界は一言目までしか物語が進んでいないんだよな……」


 赤ずきんのお話は内容だけ見れば1日で世界は完結してしまうとてもシンプルな物語である。だからこそ、ここまで停滞することは本来であればありえなかった。


「このままでは灰色の雪が降り始めるのも時間の問題ですね……」


 マロリーが心配そうにつぶやく。灰色の雪、世界が物語の進行を不可能と判断すると空から降り始める崩壊の予兆である。


 灰色の雪が降り始めると人々の体内にある「頁」が燃え始め、雪が降り積もる頃には全ての「頁」所有者は焼失してしまうのだった。


「それまでになんとかしないとな……」


 マロリーと頭を悩ませていると遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「この声は……赤ずきんのお母様かしら?」


 声の方を見ると赤ずきんの母親で間違いなかった。グリム達に気が付くとすぐにこちらへ向かって走ってくる。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」


「はぁ……はぁ……はぁ」


 目の前に来た赤ずきんの母親は息を切らしていた。


「赤ずきんが…………した」


「……落ち着け、どうしたんだ」


 肩で息をする赤ずきんの母親を落ち着かせようと手を伸ばすがその手を取るよりも先に赤ずきんの母親はグリムの両肩を掴んで言葉を放った。


「狩人に赤ずきんが()()()()()()!」

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