第61話 マロリーの言葉
「おかえりなさい、グリムさん」
「ただいま……でいいのか」
赤ずきんの家の扉をノックすると赤ずきんの母親が笑顔で出迎えてくれた。
「何かわかりましたか?」
「すまない……何も進展はなかった」
「いえいえ、謝らないでください」
赤ずきんの母親が両手を振って慌てるように否定する。
「サンドイッチおいしかったよ、ごちそうさま」
何とも言えないきまずい空気になりかけたのでグリムは話題を変える。グリムの言葉を聞くと彼女はぱぁっと顔を明るくなった。
「本当ですか、そういっていただけると嬉しいです」
お世辞や嘘は何もなかった。いくつもの世界を旅してきたグリムだが、ここまで丁寧に作られた、そして何よりも母親の思いのようなものが伝わってくる料理を食べる機会はほとんどなかった。
「よければ明日も作りますよ!」
「それは助かる、ありがとう」
この世界では今の所グリムが食にありつける場所は赤ずきんの家しかなかった。村の中を探せば他にもあるかもしれないが、それでも見知った人に食事を提供してもらえることはこの世界の中で活動をするうえで多くの手間が省けそうだった。
「もしよろしければ、今夜も夕飯を一緒にどうですか?」
「……狩人の件もあるし、やめとくよ」
次に赤ずきんの家にいるところを見られたらそれこそ闇討ちに会うかもしれない。
「そう……ですか」
赤ずきんの母親は視線を下に下げて気を落とす。グリムが食時に来ない事にがっかりしたのもあるかもしれないが、それよりも他に要因があることはすぐにわかった。
「家には行けないが、二人はなんとかして俺が守るよ」
「……本当ですか、でもどうやって?」
不安そうな表情で赤ずきんの母親は視線をグリムの方に向ける。グリムの発言だけを見るとどこに根拠があるのかと思われるのも仕方がなかった。
「それは……」
「おかあさーん、ただいまー!」
今後の対応方法を説明しようとすると、後ろから元気な声が聞こえてくる。声の主は赤ずきんだった。
「あら、おかえりなさい」
「グリムさんもこんばんはー」
赤ずきんに手を振って返事をする。空はもう完全に日が沈み、村に点々と設置されている街頭の明りが付き始めていた。
「ちょうどよかった、二人が一緒にいてくれると助かる」
「お母さんたち何の話をしていたの?」
「えっとね……」
赤ずきんの無邪気な質問に赤ずきんの母親は言いよどむ。自身とその娘を狩人が狙っていて困っていると少女に説明するのはいろいろと難しいということが伝わってきた。
「今から二人に面白い魔法をかけてあげようとしてたのさ」
赤ずきんの母親に助け舟を出すようにグリムは赤ずきんに向けて答える。
「あれ、グリムさんいつの間にお着替えを?」
「わー、魔法使いの姿だー!」
魔法と聞いて赤ずきんがぴょんぴょんと撥ねて喜ぶ。赤ずきんの母親が娘に視線を移した一瞬でグリムは髪留めから魔女の「頁」を取り出して自身の体内に当てはめていた。
「それじゃあ、かくれんぼをはじめようか」
子供にやさしく接するように、それでいてわざとらしく、グリムは魔女を演じるようにそう言った。
◇◇
「おい、開けろ混色髪、お前がここにいるのは分かっているんだ」
どんどんどんと乱暴に扉をたたく音が聞こえる。扉を開けるとそこにはふーふーと息を荒らげながら目を見開いた大男が立っていた。
「どうかしたのか?」
「とぼけるんじゃねぇ、どうせまたお前の仕業だろ!」
世界に狩人の役割を与えられた目の前の大男は怒号を浴びせながらずかずかとグリムがこの世界で宿泊している小さな小屋の中に入ってくる。
「くそ、この家の中にもいねぇ!」
狩人は小屋の中をぎょろぎょろと見回しながら愚痴をたれる。
「何か探しているのか?」
グリムの言葉を聞いて狩人は距離を詰めて胸ぐらをつかんでくる。
「ふざけるのもたいがいにしろ、赤ずきんの母親と赤ずきんをどこへ隠した!」
狩人の顔がグリムの目の前にまで迫る。近くまで寄ると嫌でもその獣臭さの滲んだ毛皮のフードと不衛生な顔が気になってしまう。
「この時間なら自分たちの家にいるんじゃないか?」
「いねぇんだよ、二人ともな!」
グリムを押し返すようにして狩人は掴んでいた手を離す。
「そうなのか、俺はあんたの言いつけ通りに赤ずきんの家には入っていないから気が付かなかったよ」
グリムは掴まれていた魔女の服の部分をぱんぱんとほこりを払うような仕草をしながら返答する。
「てめぇ……」
狩人の男は今にもグリムを殺しかねない様子だった。
狩人は言った、赤ずきんたちをどこへ隠したのかと。実際にグリムは彼女たちに隠れるように提案したのだから「隠した」という表現は正しい。しかし、それを第三者である狩人が言うのでは少しだけ意味合いが変わってくる。
狩人はグリムが二人共にいなくなった原因であると決めつけているのだ。そうでなければ家の中にいないということに対して「隠した」という表現は出てこない。
もう一つ、恐ろしい事にこの男は赤ずきんの家に強引に入っていることが発言から読み取れた。赤ずきんの家は基本的に母親がしっかりと鍵をかけている。その事に触れずに家の中にいないと彼は言った。まず間違いなく今日は不法侵入までしているのだろう。
この男に不快な気持ちにさせられているのは否めない。その気分晴らしに今グリムが浮かんだ考察による指摘をすることは簡単だった。しかし……
『正論が正しい選択にならない時もあるのです』
ふとマロリーの顔と彼女の言葉が頭をよぎった。
「……それなら、彼女たちはあんたの助けを待っているんじゃないか?」
「……何?」
狩人がピクリと反応する。
「こんな夜遅い時間に家の中にいないのは異常事態だ。二人の身に何かあったのかもしれない。もしも森の中に攫われたりでもしたら……この世界で《《頼れる》》のは「狩人」のあんただけだ」
よくもまあこんなに嘘をつらつらと話せるものだとグリムは自分の発言に感心する。
「そ、そうか、そうだよな……俺がなんとかしないとな」
一方の狩人はグリムの言葉を聞いてうんうんと頷く。その様子を見てグリムは呆れてしまうが表情には出さないようにする。
「村の中は俺が探すから、危険な森の方は頼んだ」
「しょうがねぇなぁ、俺様にまかせておけ!」
そう言うと狩人は小屋を飛び出していく。グリムも家の外に出ると既に狩人は村の柵を越えて暗い森の中へと入っていった後だった。
「……さてと」
狩人がいなくなった事を確認したグリムは自身の胸から魔女の「頁」を取り出して元の姿に戻った。そしてそのまま赤ずきんの家の方へと歩き始めた。




