第60話 楽園
「もう一人の仲間は探さなくてもいいのか?」
「彼なら問題ありません」
騎士を叩くのをやめてこちらに向き直したマロリーはそう告げる。
「きっとこの世界で彼は目的を達成すれば自然とでてきますから」
「目的?」
「俺たちは各世界の物語を完結させる為に旅をしている」
グリムの質問に対しては騎士が口を開いた。
物語を完結させるというのはいったいどういう意味かとグリムは考えるが、銀髪の騎士は森の中、赤ずきんの祖母の家に滞在をしていた、その行為が答えだった。
あの場所にいた理由の半分は彼が村と勘違いをしていたから、もう半分は赤ずきんの祖母を守っていたのだ。
グリムにいきなり斬りかかったのは怪しい人間かもしれないと警戒したためであり、赤ずきんの祖母の家の周りが整地されていたのは騎士があたりの木々を斬っていたからである。
「なぜ物語の手助けをする?」
物語を意図的に終わらせる「死神」という異名の存在に比べれば正反対の、むしろ必要とされるべき存在であることは明白ではあるが、ただ何となくその理由が気になった。
「それは、本が好きだからです」
「…………ん?」
マロリーの言葉にグリムは反応することが出来なかった。会話のキャッチボールが出来ていないような気がした。困惑するグリムの様子を見たマロリーはグリムが会話を理解していない事を察して補足するように説明を始める。
「全ての人間は世界に生まれた時に1枚の「頁」が与えられますよね、そしてその「頁」に書かれた役割をこなしてその世界の物語を完結させる、それがこの世の理です」
「……そうだな」
彼女が話したのは全ての世界の人間が知るこの世の理である。
「物語に反した人間の「頁」は燃えてしまい、その所有者も焼失してしまう、そして物語を無事に終わらせた人間も同様に世界と共に光に包まれて消失する、ここまではご存じですよね?」
「あぁ」
「それならば、完結した人間の「頁」はどうなりますか?」
「それは……」
はっきりとした答えは知らなかったグリムは言葉が出てこなかった。
「最終的に、すべての人々の「頁」を束ねて1冊の本が出来上がるのです。そしてその本は「楽園」と呼ばれる場所に集まります」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
突然の情報量にグリムは手を突き出して制する。人々の「頁」が1冊の本になるという話も、「楽園」という単語に対しても。理解が追い付かなかった。
「その人々の「頁」が本になるってどういうことだ?それに「楽園」は存在するのか?」
「前者の理由については、私も原理は分かりません、」
けれど、と彼女は一言挟む。
「「楽園」は存在します」
はっきりとマロリーは宣言した。
「楽園」とは、物語を完結させた後、主人公の役割を与えられた人間がたどり着くと人々の中で噂されている場所である。
どの世界でもその知識は存在しているが、あくまで噂であり、現実にあると証明できるものは誰もいなかった。
それが今、目の前の少女は存在すると断言したのだ。
「……証拠はあるのか?」
もしも本当に楽園が存在しているというのならば、シンデレラの世界で魔女に言った言葉も嘘ではなくなるのかもしれない。ならばあの場所で否定した自分は誤っていたということになる。
「今、手持ちには……ありません」
マロリーは困ったような顔をする。彼女は嘘をついているようには思えないが、それでも確たる理由が欲しかった。
「お嬢は、シンデレラの世界を出た時に一度「楽園」に訪れている」
騎士が困り顔をしているマロリーを助けるように言葉を発する。
「あんたは言っていないのか?」
「俺たちは行くことが出来ない」
「俺たち……?」
「「楽園」は選ばれた人間しか行くことが出来ない」
選ばれた人間、それは噂通りならば物語の主役を演じた人間ということか、それならばマロリーは過去にどこかの世界の主役の「頁」を与えられたものなのか、疑問は増えるばかりだった。
「話を戻しますが、「楽園」には完結した世界の物語が記された本が集まります。私はそれを読むことが好きなのです」
マロリーが話の軌道を修正する。この会話の発端は彼女の本が好きだというものだった。
「「楽園」に集まる本にはその世界で起きた事が記されています。基本的な物語の流れはもちろん、その世界で主人公を与えられた人間がどのような経験をしたのか、どんな出会いをして、どんな感情を抱いたのか、物語の人々の記録も同様に書かれています」
主人公ほどではないですけどね、とマロリーは付け加える。頁を束ねて1冊の本になるというのはそういう意味かとグリムは理解する。
「その人々の記録を、本を読むことが好きだから、1冊でも多くの本を読むために世界の完結を望んでいるというわけか」
グリムの言葉に対してマロリーが「その通りです」と話す。
物語が完結した後の事などグリムは今まで考えたこともなかった。そして「頁」の存在する理由についても今の彼女の言葉がすべて事実ならば少しだけ分かった気がした。
「いつものように本を一冊この場に持ってこればよかったですね」
本当は楽園から持ち出すのはダメなんですけどね、とマロリーは笑いながら頬を手で掻いた。
◇
「そういえば、この世界が始まらない原因は何かわかりましたか?」
少しの間の後、マロリーが尋ねる。森の中で騎士を見つけたことは今朝グリムが出かけた本題ではなかったことを彼女は思い出したようだった。
「......今の所わからない」
騎士をこの村まで連れてくることに今日の半分以上を費やしていたため、成果は何も得られていなかった。
「あなたは何か気になった事ありましたか?」
マロリーが騎士の方を見る。
「特にない」
銀髪の騎士はあっさりと返答する。この男は森の中で狩人に殺されかけたというのに、それを気にしてはいないようだった。
「二人とも狩人に狙われた程度だな」
グリムの言葉を聞いてマロリーは「大丈夫でしたか?」と身を案じてくる。銀髪の騎士がいなければ今頃グリムは死んでいたかもしれなかった。
グリムは改めて銀髪の騎士にお礼を言う。彼は無言のまま目を閉じた。アーサー王伝説の世界にいたこの騎士にとっては命を狙われることは大した問題ではないのかもしれない。
「赤ずきんのお母様には世話になっていますし、なんとか物語を進めたいですね」
マロリーはむぅと軽くうなる。彼女の言う通り、狩人を考慮するのであれば1日でも早くこの世界を完結させた方が良い。
「何か、物語が始まらない原因があるはずなのですが、それが分からない……」
赤ずきん、赤ずきんの母親、赤ずきんの祖母の3人には物語を止めようとする意志は感じられなかった。消去法で行くとやはり最近態度を急変させたという狩人が一番怪しい。
「狩人が物語を意図的に止めている……?」
例えば赤ずきんが森に行くタイミングで赤ずきんの祖母の家に入ろうとするオオカミを全て仕留めているとしたら、赤ずきんは普通に祖母に出会い、お使いを済ませる。狩人はその名前の通り与えられた役割を全うしているだけなので「頁」に記載された役割に反して燃えることはない。
「いいえ、狩人様が態度を変えたのは村の人たちによるとここ数日なのです。赤ずきんのお母様はずいぶん前から赤ずきんをお使いに行かせています」
マロリーがグリムの考察を否定する。絶対ではないが狩人が物語を止めている犯人の可能性は低いと考えられた。
「どちらかというと原因はこの世界の赤ずきんの性質の方だと思います」
赤ずきんの性質、マロリーが言いたいのはオオカミに襲われない事を指しているとグリムは即座に理解する。
「その事なんだが、赤ずきんだけじゃないかもしれない」
「どういう意味ですか?」
マロリーが疑問を返す。
「この騎士にも聞いたが、そもそも赤ずきんの祖母もオオカミに襲われたことは一度もないらしい」
物語終盤になって初めて食べられる役割なのだから当然といえば当然であるが、それでも疑問が残る。
「それだけじゃない、この村に住んでいる人達で誰か一人でもオオカミに襲われた人はいるか?」
「そういえば……聞いていませんね」
はっとマロリーは緩く握った拳を顎に当てながら驚く。森の道中でグリムが気になった点を彼女も共感したようだった。
いくら役割を与えられたとはいえオオカミは人間とは異なる生き物だ。前の世界でシンデレラにぶつかりそうになった暴れ馬のように荷物を運ぶ役割を与えられた馬でも主人公を襲いかけることはある。この世界ではオオカミだが、そんな生き物たちが沢山いる中で誰一人として一度も襲われない、はっきりいってこの世界は異常だった。
「でも、私やグリムさんは襲われましたよね?」
「そうだな、他の世界から来た人間は襲われている」
「オオカミ達の中に何か襲う相手の基準があるのでしょうか、でもそんなに知能に長けたオオカミ達がいる赤ずきんの世界なんて今まで見たことがありません」
考えれば考えるほど謎は深まるばかりで今持っている情報だけではとても答えにたどり着きそうにはなかった。
「とりあえず、赤ずきんの母親にも報告だけしてくるか」
狩人には二度と近づくなと言われたが、言いなりになるのも癪だと思い、グリムは赤ずきんの家に向かって歩き始める。
「私は彼と一緒に村の人達にもう少し聞きこもうと思います」
マロリーはそう言って銀髪の騎士と共に村人の方へと歩いて行った。
お互いに物語を完結させるという目的のもと、夕暮れに染まった村の中で動き始めた。




