第59話 意思と石
「まったく、どこにいたのですか」
マロリーが怒りながら騎士の鎧を叩く。森を抜けて村に戻ると最初に出迎えてくれたのは村人ではなくマロリーだった。
「お嬢、俺は……村にいた」
騎士は彼女の言葉に対して言い訳をするが、悪気があるようには見えなかった。
「赤ずきんの祖母の家は村じゃないけどな」
グリムの台詞を聞いてマロリーは額に手を当てて困ったような表情を浮かべる。
「相変わらずあなたはバカですね……」
「お嬢」
「なんですか?」
「バカと言ったほうがバカだ」
「あーもう!」
マロリーが怒りと困惑の混じったような声を上げる。二人の会話をはたから見ていると姉と弟のようなものだった。見た目は逆ではあるが……
「と、とにかくこれでマロリーの探していた騎士は見つかったわけか」
「え。えぇ……とりあえず、一番面倒そうな方は見つけることが出来ました。ワースト様ありがとうございます」
丁寧に頭を下げながらマロリーはお礼を言う。銀髪の騎士と話していた時とは別人のような大人びた口調はここに戻ってくる前までの彼女の様子そのものだった。
銀髪の騎士と会話をするときにだけ素が出ているのかもしれない、そうグリムは思った。
「……面倒そうなのは俺じゃない」
「あなたの方が探すのは一番面倒ですよ、この方向音痴」
「……ん?」
二人の会話を聞いていて少しだけ引っかかる。
「なぁ、もしかしてこの騎士以外にもまだ仲間がいるのか?」
「私、言ってませんでしたっけ」
マロリーは「あら」と片手を口に当てながら言う。
「私たち、普段は3人で旅をしているのですよ」
「3人……?」
人数を聞いてグリムはシンデレラの世界で出会った王子の言葉を思い出す。
『うむ、少し前に3人の「白紙の頁」の人間がこの世界に来ていたのだ』
幾つもの世界を旅してきたグリムでも複数人で行動を共にする「白紙の頁」の所有者とは出会ったことがない。それはそもそもの「白紙の頁」の所有者というものが少ないからだった。
(シンデレラの世界にも目の前の二人ともう一人が来ていた……?)
シンデレラの世界で魔女は言っていた。
『あの騎士の言う通りに物語を無事に完結させれば自分を楽園に導いてくれる』
銀髪の鎧の騎士を見る。まだ出会って半日もたっていないが、この基本的に話をしない男がそのようなことを言うとは思えなかった。
(なら……まだ出会っていないもう一人の男なのか?)
考えすぎかもしれないとグリムは思う反面、その可能性を捨てきれなかった。
(いや、もしそうだとして俺はどうするんだ?)
もし仮にマロリーの仲間がシンデレラの世界で魔女をたぶらかしていたとして、魔女を騙したことは正しいとは言えないだろう。
しかし、それをグリムが言及する必要はあるのか……既に終わりを迎えたあの世界に事について触れる必要はあるのか、わからなかった。
(なぜ、魔女にそのようなことを言ったのかは聞いてみてもいいかもしれない)
「グリムさん、聞こえていますか?」
目の前から少女の声が聞こえてくる。ハッとして声の方を見るとマロリーが近くまで来てグリムを下から覗き込むように見ていた。
「すまない考え事をしていた」
「何か気になる事でもありました……?」
「あ、あぁ、もしかしてこの世界の前にシンデレラの世界に訪れてたか?」
正直に魔女に怪しい話を吹き込んだかと聞くわけにもいかないと思い、気になっていた事の半分を聞くことにする。
するとマロリーは少しだけ目を見開いて驚いたような様子を見せる。
「はい、私達はこの世界に来る前にシンデレラの世界にいました」
そうだったのかとグリムは納得する。マロリーには王子に彼女たちが来ていた事を聞いていたと理由を説明すると納得したようだった。
「境界線を越えてまた偶然この世界で出会ったというわけですね」
そう、ここで彼女たちに出会ったのは偶然なのだ。本来であれば境界線を超えて旅人が出会う事などほとんど起きえないはずである。
世界と世界を分かつ境界線は二つの性質がある。一つ目は普通の「頁」を持った人間が「境界線」を越えようとすると「頁」に刻まれた文字が光を放ち、しばらくすると発火し「頁」とともにその所有者が焼失する。
例外として「頁」に何も文字や絵が描かれていない「白紙の頁」の所有者はこの決まりが適用されず、結果として「境界線」を超えて生まれた世界から別の世界へと旅立つことが出来る。
グリムやマロリーのような「頁」をもたない人間も異例ではあるが同様だった。
そして二つ目、境界線の先は基本的に決まっていない。それは一体どういうことか……端的に言うと「境界線は超えるたびに異なる世界にたどり着く」のである。
これは殆どの世界の住人が知りえない情報だった。なぜ世界の住人達がそれを知りえないのか、それはこの現象に遭遇するのは基本的に「白紙の頁」所有者のみだからである。世界は完結しても、崩壊したとしても最終的に人々はその世界から消えていく。それゆえにこの事実を知るものは基本的に役割を持たない者のみである。
同じ場所、同じ時間に境界線を越えたとしても、同じ目的地にたどり着くとは限らない。
それは以前グリムが旅をしてきた中で「白紙の頁」所有者と話した時に知りえた知識だった。
だからこそ、シンデレラの世界で複数人の旅をしている者たちがいると聞いたときには驚いた。
「マロリー達はどうやって同じ世界にたどり着いているんだ?」
試したわけではないが、手をつないだりすれば同じ世界にやってこれるのだろうかと一瞬考えるグリムだったが、それではこの世界で待ち合わせをしていたという話に矛盾が生じてしまう。
彼女の言葉が本当ならばマロリーは一度この赤ずきんの世界とは別の世界に訪れたのちにこの場所で騎士と出会っているのである。
「私たちはいつもこれを身に着けています」
「これは……石?」
マロリーが首につけていたネックレスを手に取って見せてくれる。よく見ると先端に加工された石の装飾が施されている。
「羅針石と呼ばれる石の一部になります」
「羅針石?」
聞いたことがない単語にグリムは聞き返す。
「身近なもので言うと磁石みたいなものです。これを持っている人同士は境界線を越えても同じ世界にたどり着くようになっているのです」
彼女に話しかけられた騎士は同じネックレスを腰のベルトから取り出して見せる。話を詳しく聞くとどうやらもともと一つの塊であった羅針石を砕いたそのかけらを所持しているらしい。
「どういう原理で境界線を越えても同じ場所にいけるんだ?」
「えぇとですね……」
マロリーがコホンと咳ばらいをするとあーあーと発声練習を始める。
「『石は意思によって導かれる、そこに理由はいらない』……だそうです」
言い終えると彼女は少しだけ恥ずかしそうな顔をする。その理由が物まねのクオリティに対してか、それともダジャレの部分のせいかは分からなかった。
「それはいったい誰の物まねなんだ……」
「こ、この石を作った方の受け売りです」
前髪で顔を隠しながらマロリーは答える。これ以上聞いてほしくないということがひしひしと伝わってきた。見ているグリム側が恥ずかしくなってしまいそうだった。
「……石の効果自体は凄いな」
意思によって、という部分は要するにその所有者の事を指すのだろう。マロリーと騎士が同じ石のかけらを持つことで境界線を越えた先でも共通の場所に行くことが出来る。境界線を超える人によっては喉から手が出るほど欲しい代物になるだろう。
「もしよろしければ新しい物をお譲りしましょうか?」
「いいのか?」
「えぇ、彼を見つけてくれたお礼です」
銀髪の騎士を見ながらマロリーは答えた。
「グリムさん、髪の毛を一つもらってもいいですか?」
「……髪の毛?」
「はい、この石を作るには髪の毛が必要なのです」
グリムは自身の髪を一本引き抜いて彼女に渡す。
「これをこうして……」
マロリーはごそごそと彼女の持っていたポジェットから小さな魔法瓶を取り出す。瓶のふたを開けるとグリムから受け取った髪の毛に瓶の中に入っていた粉を振りまく。すると淡い光を放ち始め、発光が止むと彼女の手には髪の毛はなくなり、かわりに黒色の石が出来上がっていた。
「はい、完成です」
彼女から石を受け取る。サイズは彼女が持っている物よりも3倍ほど大きかった。
「どうして髪の毛が石に?」
「私も詳しくは存じていませんが、『かみ』というものは『この世全てに通じる存在』らしいです」
マロリーが説明をしてくれる。らしい、というのはこの言葉も誰かからの受け売りなのだろう。
「かみ」という単語がどの意味を示しているのか、今この場所では「髪」であることは確かだが、その真意はわからなかった。
シンデレラの世界でも似たようなことがあったとグリムは思い出す。
今身に着けている髪留めは紙を留める物とあの世界で出会ったドワーフの男は言っていた。「かみ」という言葉をかけている当たりは似たようなものかもしれないとグリムは思った。
「使い道があるかは分からないが……ありがとう」
グリムはそう言って石を胸元の内側のポケットにしまう。
「いえいえ、迷子を見つけてくださったのですからこれくらいでは足りないくらいです」
そう言って彼女は騎士の方を見る。騎士はその視線に気が付いてこちらを向く。
「なんだ、迷子がいたのか」
「あなたのことです!」
マロリーが鎧の騎士にぽかぽかと拳をあてて怒る。騎士は微動だにせずにそれを受け止めていた。




