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第57話 赤ずきんの祖母

 先ほどの戦闘能力からもわかってはいたが、家の中から外の気配を察知する時点でこの男は相当に手練れの戦士だった。


 そういえば探している騎士はとても強いと言っていたな、と今朝おいしそうにサンドイッチを頬張っていた少女の姿を思い出す。


「質問の仕方が悪かった……あんたは赤ずきんの祖母の家で何をしていた?」


 今度は丁寧に質問する。男は相変わらず微動だにせず口だけ開いた。


「お嬢に会うまで赤ずきんの祖母の手伝いをしていた」


「手伝い?」


 その内容について聞こうとすると家の中から女性の声が聞こえてくる。


「騎士さんやー、大丈夫かいー?」


 その声を聴くや否や切り株に座っていた男は即座に立ち上がり、家の中へと入っていく。その後を追ってグリムは家の中へと入った。


「オオカミでも現れたのかい?」


「いや、違った」


「あら、そうなのかい、それじゃあ後ろにいるその人が異質な気配の人だったわけね」


 家の中、ベッドに寝ている状態のおばあさんがグリムを見て話す。どうやら家の中でもグリムの事を異質な気配と言っていたようだった。


 なんとも失礼な騎士だと文句を言おうとしたが、それよりも先にこの場所に来た目的を果たすことにする。


「はじめまして、あなたが赤ずきんの祖母ですね?」


「そうだよ」


 ベッドから体を起こした祖母が肯定する。


 赤ずきんの祖母。赤ずきんの物語終盤で登場する彼女は赤ずきんと偽って家の中に入ってきたオオカミに丸呑みにされてしまう。最後には猟師によって赤ずきんと共に助け出される人間である。


 それがグリムの把握している赤ずきんの祖母の大まかな世界から与えられた役割だった。


「そういうあなたは……この世界の人間には見えないね、さしずめ魔法使いかしら?」


 この世界にもともと存在していない騎士と先に出会っていたからなのか、祖母はグリムを見ても特に驚いた様子をみせなかった。それどころか全身黒づくめの魔女の姿を見て赤ずきんの祖母は質問を返してくる。


 この場で体内から頁を取り出して元の姿に戻ると余計な混乱を招いてしまうかもしれないと考えたグリムは軽く肯定すると魔女の姿のまま会話を続けた。


「そこの騎士さんは体の不自由な私の為に色々してくれてね……あなたも何かしら私を助けてくれるのかい?」


 赤ずきんの祖母の言葉を聞く限り、本当に目の前の騎士はただ助けていたのだろうとグリムは納得する。


「俺が助けたいのは……あなたもそうだが、赤ずきんの母親と村人たちだ」


「……どういうことだい?」


 赤ずきんの祖母の声色が先ほどまでと少しだけ変わる。グリムは赤ずきんの母親から聞いた内容と、村で何が起きているのか、狩人が何をしているのかについて説明をする。


「……というわけで、物語が進まない理由を探しているわけだ」


 説明を終えると赤ずきんの祖母は顔を下に向けて体を震わせていた。


 狩人の行為を許せなかったのかもしれない……


「俺がいる間は二人は俺がまも……」


「そんなに飢えているなら私が相手をしてあげるわ!」


「…………」


 グリムの言葉の途中で赤ずきんの祖母は目を見開いてそう叫んだ。グリムは目の前の老人の冗談とも本気とも受け取れる渾身の一言を聞かなかったことにした。


「赤ずきんはすでに何度もお使いに来ているのは間違いないか?」


「間違いないよ」


「今までにこの場所でオオカミに襲われたことは?」


「一度もないね」


「この騎士が追い払っていた可能性は?」


「それはない」


 質問に対して赤ずきんの祖母ではなく、鎧をまとった騎士が答えた。


「どうして言いきれる?」


「1週間ほど前から俺ははこの場所でお嬢を待っていた。それより前にはそもそも俺はこの世界に来ていない」


「この世界が生まれたのは確か半年ほど前だったか……」


 銀髪の騎士と赤ずきんの祖母の言葉を聞いてグリムは騎士によってオオカミが退けられていたわけではないことを把握する。


「赤ずきんだけでなく、その祖母まで襲われたことがない……か」


 この世界の人々と話している中で赤ずきんという大きな主役を中心に考えていたが、目の前の赤ずきんの祖母を含めてこれまでを振り返ってみても赤ずきんの母親や、それこそあの低い塀の中で暮らしている村人たちが襲われたという話を聞いていない。


「オオカミに()()()()()のではなく、オオカミが()()()()のだとしたら……」


 それならばこの世界の人々が襲われないという理由にも辻褄は合った。


 しかし、そんなことがあり得るのだろうか、オオカミ達は人間とは違い、世界に与えられた「頁」に沿った役割を続けられるのか。


 時として本能で生きる可能性の方が十分に高い。それなのにこの世界では一度たりともオオカミ達が()()を襲っていない?


「いや、少し違うな……」


 正確には()()()()()()()()だった。グリムやマロリーは森の中でオオカミ地に襲われている。


「この世界の住人だけを襲わない……?」


 よほどに知能が優れたオオカミならばあり得るかもしれない。しかしオオカミの数は1匹ではない。たくさんいる個体全員が高知能を持った世界……ありえるのだろうか?


 やはりこの世界の住人だけはオオカミに襲われない性質を持っているのか……


「…………待てよ」


 赤ずきんは一度だけオオカミに襲われたと言っていた。そうなると余計に分からなくなってしまう。


「おい」


 突然力強く肩を掴まれる。その手はマロリーの仲間である騎士だった。気が付かないうちにグリムは一人で熟考していたらしい。


「答えはすぐに出そうか?もし出ないのなら村へ案内してほしい」


 なんとも自分勝手な奴だと思う反面、この男はグリムが行動しないとただ待つだけしかない状態であることを思い出し、一度考えるのを止めて村に戻ることにする。


「あら、この家から離れるのかい」


「世話になった」


 鎧の騎士は一言だけ言うとすぐに家を出て行ってしまう。


「……よっぽどその待人に会いたいのかねぇ」


 助けてもらってばかりだったからお礼の一つでも言いたかったのだけれど、と赤ずきんの祖母はため息を吐く。


「俺はまた来るかもしれない」


「一人森の中にいるのは退屈なんだ、いつでも待っているよ」


 赤ずきんの祖母は笑いながら手を振って見送ってくれる。この世界が出来たのは半年ほど前という話が本当ならば赤ずきんの家族は誰も同じ血が通っていない。それでもその笑顔は村にいる祖母を思い出させるそんな優しい笑顔だった。

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