第53話 狩人
「お帰り、赤ずきん」
「ただいまー」
赤ずきんの家にたどり着いたグリムと赤ずきんは家の中に入ると料理の支度を終えて待っていた少女の母親に迎えられる。
「グリムさん、娘を無事に連れてきてくれてありがとう!」
赤ずきんの母親は森の中へ入る前と同じように手を振って感謝を伝えてくる。
「俺というよりは……少年のおかげだ」
「少年?」
赤ずきんの母親が聞き返す。グリムは今日の出来事について軽く話す。
「娘がよく話してくれる灰色の髪の男の子ね」
どうやら母親もその少年の事はよく知っているようだった。
「おかえりなさい」
赤ずきんの家の中、木の椅子に座っていたマロリーが手にしていたスプーンを置いてこちらに視線を向ける。
彼女が座っている椅子の前に置かれた机には食べかけのシチューが置かれていた。先に赤ずきんの母親にご馳走になっていたのだろう。
「ただいま……でいいのか?」
人の家にお邪魔しているこの現状に対して自身が発した言葉が正しいのかどうかわからず、疑問形の返事をする。
「グリムさんも食べていってね」
赤ずきんの母親はそう言いながら新しい取り皿に鍋からシチューを注いで準備を進めていた。
「赤ずきんのお母様の作る料理とてもおいしいです」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
マロリーがスプーンでシチューをおいしそうに頬張りながら料理を称賛する。
「わーい、わたしおなかぺっこぺこー」
「こら、外から帰ってきたらまずは手を洗ってきなさい」
赤ずきんがそのままマロリーの隣の席に座ろうとした所、シチューを持ってきた母親に注意を受ける。赤ずきんは「はーい」と言うとそのまま奥の部屋に向かっていく。
「手洗い場は浴室の部屋の手前よ」
赤ずきんの母親が手を洗う場所を教えてくれたので、彼女の言葉に従ってグリムも手洗い場に向かう。
「そのまままっすぐー、右の扉は寝室だよー」
赤ずきんを追いかけるようにリビングの隣にある通路を歩くと先に向かった赤ずきんの声が聞こえてくる。通路の最奥に彼女はいた。
「その隣の部屋が私の部屋で、ここが浴室でーす」
彼女は手を洗い終えたのか、向かってくるグリムに丁寧に道案内をしてくれる。案内された扉は開けられていたのでそのまま入り、蛇口を探す。
赤ずきんの世界だからか、それとも村だからなのかは分からないがシンデレラの世界の時には存在していた銀製の蛇口のようなものはなく、かわりに水を貯めていることが伺える大きな樽がひとつ設置されていた。
グリムは樽に付いていた栓を開けて木の樽に貯められていた水を使って手を洗う。
「手洗ってきたよー」
「こっちも丁度準備が終わったわ」
赤ずきんの母親がエプロンを脱ぎながら席に座る。机の上にはマロリーが食べていたものと同じシチューと小さな容器に入れられたサラダ、ガラスの容器に入った水が用意されていた。
「それじゃ、いただきまーす」
赤ずきんが席に座り両手をあわせる。マロリーを除いた3人が同時にスプーンを手に取って食べ始めようとした、その時だった。
ドンドンドン、と家の扉が乱雑にノックされた。
「こんな時間に誰かしら?」
赤ずきんの母親が席を立ち、扉の前に向かっていく。
「父親が帰ってきたのか?」
「私にお父さんはいませんよ」
赤ずきんはさらっととんでもない発言をする。
「そ、そうなのか……」
「赤ずきんの物語に父親は登場しませんから、世界によっては初めから父親がいない事もありますよ」
マロリーがシチューを頬張りながら答える。彼女はこの世界の赤ずきんに父親がいない事を知っていたのかもしれない。
物語に必要な役割を与えられた人間はその物語を進めるうえでふさわしい容姿で生まれてくる。
この世界の赤ずきんは少女の姿で生まれてきたというのは母親の発言から聞いていた。つまり、父親が存在していなくても物語には何も支障がないと世界は判断したのだろう。
物語に必要がない存在、その単語に違和感を強く抱いた、その時だった。
「やめて、離してください!」
扉の方から赤ずきんの母親の悲鳴のような声が聞こえてくる。
視線を向けると扉の先にいる何者かと言い争っているようだった。
「つれない事を言うなよ。今日だって俺は危険な森で一人狩りをしてこの村を守ってやったんだぜ?」
扉の向こう側から野太い男性の声が聞こえてくる。
「今日ぐらい俺をねぎらってこのうちに泊めてくれよ」
不穏そうな気配を察知したグリムは玄関で何が起きているのか知る為に席を立ちあがる。
「やめて、お母さんを離して!」
シチューを食べていた赤ずきんは食べるのを止めてグリムよりも先に母親のもとへと駆けつけた。
「おいおい、赤ずきんちゃんまで俺にそんな態度をするのか?」
ドアの先から不快な声が上がる。母親を掴んでいた手とは反対側の手で赤ずきんの頭を掴もうとしていた。
「ひっ」
赤ずきんはその手に対してびくりと怯えた様子を見せた。
「やめろ、二人とも嫌がってるだろ」
「……あ?」
男が赤ずきんに伸ばした手に対してグリムは体を入れて遮るような形で触れさせるのを防ぐ。そのまま赤ずきんの母親を掴んでいた男の手首を掴み二人の前に出た。
「……誰だ、てめぇは、いやそれよりなんで俺以外の男がこの家に入っているんだよ」
男はグリムに掴まれた手を離す為に少しだけ距離を取る。
そしてグリムを見つめる……というよりは睨みつけながら悪態をついた。グリムはそこでようやく目の前の男の姿を確認した。
身長はやや高く2メートルほどあった。上半身を毛皮のようなマントで覆い、背中にはボウガンといくつかの矢を入れたホルダーを肩にかけたベルトで止めていた。
手入れをほとんどされていない髯と獣の臭いがする服装は清潔さからもっともかけ離れていた。
「ここは別にあなたの家でもないでしょ!」
赤ずきんの母親がグリムの後ろに隠れながら顔だけ男の方に向けて言葉を放つ。
「答えろ、なんで俺以外の男がここにいる?」
しかし、目の前の男は赤ずきんの母親の言葉をまるで聞いてはいなかった。
「この人は別の世界から来た人よ。森から赤ずきんを連れ帰ってきてくれたから……そのお礼にご馳走したの」
「「白紙の頁」の所有者か……そんなことはどうでもいい。なぜ赤ずきんを助けるのに俺に頼らなかった?」
赤ずきんの母親は聞く耳を持たない男に向かって丁寧に状況を説明した。それを聞いて納得するかと思いきや男は更に気を立てた様子だった。
「そ、それは……」
赤ずきんの母親はグリムの背中に縮こまりながら隠れて言いよどんだ。困っていると判断したグリムは男に向かって口を開く。
「……あんたが自分自身で言っただろ。森の中に一日中いた人間にどうやって頼みごとをするんだ?」
「あぁ?」
男はいら立ちを抑えきれずに眉間にしわを寄せながらグリムを睨む。挑発をしたつもりはないが余計に刺激を与えてしまったらしい。
「もしも村にあなた様がいたら、きっと赤ずきんのお母様も狩人の役割を与えられたあなた様に助けをお願いしていましたよ」
家の中、赤ずきんの隣から透き通るような声が聞こえてくる。振り返ってみるとマロリーがそばに来て口を開いていた。
「その声は…………確かマロリーちゃんだったか?」
男はその声を聴いて目つきが少しだけ柔らかくなる。
「はい、私です」
マロリーはそのまま玄関の前まで来るとそのまま狩人と呼んだ相手を見上げるようにして話す。
「そうか……そうだよな、俺に頼ってくれるよな」
男は目の前の少女の言葉をかみしめるように復唱し、表情を崩して笑う。
「与えられた役割を演じる事、がんばってくださいね」
「おぅ、がんばるぜ!」
男はそう言うと背を向けて帰っていった。




