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第43話 泥被り

    ◇◇◇


「はぁ……はぁ」


 リオンは森の中をひたすら走り続けていた。ガラスの靴では走ることに向いていない為、はだしで駆け抜けた。


 足は道中の石や木々で擦り切れ、痛みがないといえば嘘になる。それでも彼にもらった最後のチャンスを逃すまいと懸命に舞踏会の開かれているお城を目指した。


    ◇


「はぁ……はぁ……ついた」


 リオンは森を抜けて城の目の前にたどり着く。お城の一番高い箇所に飾られた時計の針は11時30分を示していた。


「まだ、間に合う」


 リオンは足を止めず、そのまま舞踏会が開かれているお城2階の会場を目指して外の階段を駆け上がった。


 物語の終盤ということもあり、普段は衛兵が警備していそうなお城の周辺もシンデレラがお城から抜け出す今日この時間だけは誰もいなかった。


 2階のテラスにたどり着いたリオンは場内の大きな歓声を聞いて一瞬足を止める。


 息を整えながらゆっくりとガラス越しに会場の中を見ると今まさに王子様がシンデレラにダンスを申し込むその瞬間だった。


「シンデレラ……良かった」


 場内で王子様の差し伸べられた手に対して両手で口を隠して顔を真っ赤にしているシンデレラの姿を見てリオンは嬉しくなる。今日ようやくあの子は報われて幸せになれるのだ。


「私も……」


 お城の中に入ろうとガラスのドアに手をかけたその時だった


「あ……」


 ガラスに反射した自分の姿を見て、リオンの手は完全に止まってしまう。


 視界に映ったのは木々が髪の節々に刺さり、泥まみれになった傷だらけの「意地悪なシンデレラの姉」の姿だった。



(いまもしこんな姿の私が舞踏会に入っていったらどうなる?)


 考えるまでもなかった。せっかくの舞踏会の雰囲気は台無しになってしまう。


 場内で再び大きな歓声があがる。シンデレラと王子様が踊り始めたのだ。


 幸せそうにはにかみながらも笑顔で踊るシンデレラの姿はだれが見てもこの世界の主人公であり、綺麗で可愛らしいお姫様だった。


「…………」



 窓ガラスに映ったリオンの目からは涙がこぼれていた。その涙の理由を考える事が怖くなった彼女は消えさるようにその場から離れた。



    ◇◇◇



「とてもダンスが上手だね」


 王子はシンデレラに対して称賛の言葉を送った。


 はじめはシンデレラをエスコートするように踊ろうとしていた王子であったが、彼女の足の動きや合せ方を見て素人ではないと理解してからは自然体に接し始めた。


「ありがとうございます、えへへ」


 なにかを思い出したかのように嬉しそうに笑うシンデレラを見て王子は踊りを続けながら質問を投げる。


「とても素敵な笑顔だ。僕以外の誰かを思い浮かべたのかい?」


「ご、ごめんなさい。決してやましいことを考えていたわけでは……」


「いや、意地悪な言い方をしてごめんよ。きっと君にとって大切な人なのだろう?」


 王子にも大方予想はついていた。ここまで純粋な子だ、きっとこの舞台に導いてくれた魔女に感謝でもしたのだろうと……しかし


「お姉さまのおかげなのです」


 シンデレラの口からは予想とは異なる人の名前が告げられた。


「それは……あそこにいる君の姉の事かい?」


 王子は視界に入ったシンデレラのことを口惜しそうににらんでいる女性二人に視線を送る。


「い、いえあちらのお姉さまではないんですが……」


 そこでシンデレラの笑顔が一瞬曇ってしまう。王子は彼女を悲しませまいと慌てて話を繋ぎ止める。


「シンデレラ、どうしたんだい浮かない顔をして??」


「あの......赤い髪のもう一人の姉を見ていませんか?」


「いや、見ていない……そういえばシンデレラにはもう一人姉がいたね?」


「私や町のみんなにダンスの練習を提案してくれたのはそのお姉さまなんです」


「ふむ、どうりで今日の舞踏会のレベルは総じて高いわけだ」


 シンデレラの言葉に自分の中で気になっていた疑問がひとつとけて納得する。

 町の方では誰かがこの日の為に準備をしていた事は耳に入っていた。それがどうやらシンデレラの姉だったわけだ。


「ならば君のそのお姉さんには感謝しなければいけないな」


 物語を完成させるという意味でも、舞踏会に集まった人々の今宵を楽しむという意味でも、そのもう一人の姉のおかげでここまで仕上がった舞踏会を開催することが出来た事は間違いないと王子は思った。


「欲を言えば、君のそのお姉さんとも踊ってみたかったかな」


「やっぱりお姉さまはこの会場に来ていないのですね……」


「何かあったのかもしれないな、それでも……いや、なんでもない」


「?」


 シンデレラは王子の言いかけた言葉に首をかしげる。


「消えたのが君じゃなくてよかった」と言いかけて王子は寸前のところで口を止めた。

 ここまで姉の事を慕っているシンデレラに事実を伝えるのは酷だと判断したのだった。


 シンデレラの姉が一人この会場に来ていない状況は物語を進めるうえで問題ないと世界は判断したのだろう。


 ゆえに今この場の人間は誰も燃えることはなく、世界が崩壊することもないのだった。

 これが仮にシンデレラが舞踏会に来ていなかったのなら今頃この場にいる人々は王子を含めて全員「頁」が燃えてしまい、世界は終わりを迎えていたかもしれない。


 物語の主要な人間とその世界と人々は一蓮托生なのだからなんとも恐ろしい話である。


 王子は12時までシンデレラと踊ることが与えられた役割であることを心の中で再認識する。


「……え?」


「どうしたんだいシンデレラ?」


「今一瞬外のテラスにお姉さまがいたような……」


 踊りの足は止めずに、シンデレラの視線の先を見るがそこには誰もいなかった。


「気のせいかな?それよりもそこまで他の人間に気持ちを移されると王子の僕でも少し焼いてしまうね」


「ご、ごめんなさい」


 シンデレラは慌てて集中するかのようにダンスに意識を向けなおす。


 気持ちが焼いてしまうというのも嘘ではないが、それよりも12時の鐘の音が成る前に姉を探そうと外に出てしまう可能性のほうが怖かった。王子は意地悪な言葉でシンデレラの意識をこちら側に誘導した。


「お姉さま……いったいどこに……」



 この舞踏会の為に誰よりも準備を進めていた彼女がこの場にいないことに対して疑問を持っていたシンデレラの気持ちは誰にも理解されることはなかった。



    ◇◇◇



「…………」


 リオンは舞踏会が開かれたいるお城の2階から離れ、一人お城入り口の噴水の音が聞こえる敷地内の木の前にしゃがんで下を向いていた。


 この場所はシンデレラがお城から逃げ出す舞台でもある為、リオンを除いて人間は誰もいなかった。


「わ……私は……」


 声が震えてまともに喋ることさえままならなかった。どうすればよかったのか、何を間違えてしまったのか、どうしてこんな結果になってしまったのか。


 わからない、わからない、わからないと気持ちと状況の整理がつかない。


 もうすぐ舞踏会の終わりを告げる鐘の音が聞こえてくる。それですべてが終わってしまう。


 今日この日の為に準備をしてきた事は何一つ報われないまま。


「…………」


 地面をうつろな目で眺めながら乾いた笑いがこぼれた。


 あの娘の為、この物語の為と自分でさんざん言いながら結局のところ心の深層にあった本当の願いは自分自身の私欲だったと自覚してしまう。


 シンデレラは舞踏会で最高の舞台を迎えたというのに、それだけで満足できない自分がいた。


 舞踏会で王子様と踊るあの子を見てはじめは嬉しかった。


 でもそれと同じくらい隠し続けていた別の感情が出てきてしまっていた自分に嫌気がさしてしまった。


「わたしは……」


 心の中に秘めていた本当の願いはあの子の幸せを願う事でも、舞踏会で「意地悪なシンデレラの姉」として踊る事でもなかった。



 ガサッと茂みを踏む音が聞こえた。


 顔を上げる気力はなかった。今この場所にリオン以外の人間がいるはずもない。どうせ迷い込んだ小動物か何かだろう。


 しかし足音はこちら側にゆっくりとむかってくる。その足音が人のものだと気づいたのはリオンの目の前にまで迫ってからだった。


 今この場所に現れる人間は限られている。役割を終えた人間、もしくは役割を持っていない人間だけだった。


 足音はリオンの目の前でぴたりととまる。しかし目の前の人間は言葉を発さない。


「…………」



 別に期待したわけではなかった。それでもきっとあの男なら、リオンという名前を与えてくれた彼なら今の自分を少しでも慰めてくれるかもしれない。


 卑下したようなそれでもこの場に残った淡い期待を持ったリオンはゆっくりと顔を上げる。



「……嘘」


 目の前に現れたのは黒い帽子で顔を隠し、全身を黒色の装飾で着飾った()()だった。

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