第42話 理から外れし者
◇◇
「ネズミになりな!」
魔女が言葉を発すると杖からグリムめがけて光線が放たれる。グリムは光線に対して横に飛んでよけることでネズミになる事を防いだ。
「騎士ってのは誰だ」
「あんたには関係がないね」
魔女は魔法の光を何度もグリムに当てようとする。グリムは杖の先を見ることで魔法の射出される先を予見し、次々と放たれる光線を躱していく。
「今お前が話している人間は以前、この世界に訪れた人間か?」
「なんだい、見当がついてるんじゃないか」
魔女は息を軽く切らしながらも一定の距離を保つ。グリムが他人の「頁」を取ることが出来る能力については彼女に話をしていない。しかし今までの戦い方から距離を詰められる事を本能的に危険だと察知した魔女はグリムを近づけようとはさせなかった。
「それならば、お前は騙されている」
「なんだって?」
魔女は一瞬攻撃の手を止めて聞き返す。
「「頁」を持っている人間が新しく「白紙の頁」になることは出来ない」
「騙そうとしているのはあんただろう!」
はっきりと断言したグリムに対して魔女は目を見開き、体を震わせて激昂する。
「あの騎士は約束してくださった。この物語を無事に完成させたのなら私を楽園の住人にしてくださるとね!」
「楽園?」
魔女の言う楽園とは「転生論」の話の中にある、主人公の役割を全うした者が行きつく世界の事を言っている事は察しがついた。
言い伝えの通りならば主人公の役割を与えられた者にしかその世界に行く権利はないはずである。それでも魔女はこの世界で役割を全うしたら行けるのだと断言した。
楽園なんてものが本当にあるのかどうかはいくつもの世界を旅していたグリムにもわからない。それでも目の前の魔女が以前この世界に訪れた人間によって騙されているのだけは本能的に理解した。
「役割を持たない住人だけが住むことが許される、何事にも縛られない、どんな役割も与えられない世界さ!」
「ずいぶんと都合の良い世界だな」
「勝手に世界に決められて、演じなければいけなくなった役割なんてものに縛られず、私は自由に生きるのさ!私はこの世界を完遂して見せる、その為にあの子は邪魔なんだよ」
「……リオンの事か」
あの子というのは先ほどまで魔女が馬に変えていた意地悪なシンデレラの姉に間違いなかった。
「外の世界から来たあんたがあの子に勝手に名前を付けて、それを気に入って使い始めたときは正直物語の崩壊を危機したよ。まぁ杞憂に終わったから私も今日まであの子に対して何もしなかったんだけどね」
会話の中から常日頃から王子と同じようにこの世界の事を魔女は監視し続けていた事がわかる。物語を完成させるため、余計なことはしない。だからこそ物語で一番大事な場面の直前に魔女は不安要素であるリオンを取り除こうとしていたのだ。
「はぁ……はぁ……」
「……………」
魔女は息を乱している。グリムは魔女と比較すればまだ体力に余裕があった。しかし、飛び道具を有している魔女が有利な状況に変わりはなかった。
このままではグリムが魔法にあたってしまうのも時間の問題と判断したグリムは決死の覚悟で魔女に急接近する。
いくら魔法が使えるとはいえ魔女も肉体的な面では普通の人間と大差がない。近づくグリムに何度も魔法を当てようとするが紙一重でかわし続け、遂には魔女の目の前に迫った。
その瞬間だった。
「……っ!」
ぬかるんだ地面に足を滑らせたグリムは膝をついてしまう。
「ははは、最後の最後に運に見放されたね」
魔女は笑いながら杖の切っ先を目の前のグリムの額につける。絶対的に逃げられない状態となった。
「少しでも怪しい動きを見せたら即座に牛に変えてしまうよ」
「……牛は嫌だな」
「なんなら魔女らしく、あんたの願いを叶えてやろうかい?」
魔女は勝ち誇ったような表情で話す。この状況からはもう打開できないと判断したのだろう。
「そうだな、もし願いが叶うなら……あいつと同じように生きてみたかったよ」
グリムはあきらめたように、片手で頭を抱えた。
魔女はあいつというのが誰を指していたのかすぐに思い浮かんだ様子で笑った。
「そうかい、それならあの子と同じように馬にしてあげようかね」
頭を抱えた姿を見て魔女にはグリムが敗北を認めたと感じ取ったようだった。
「私は役割を果たすために城に向かったあの子を止めるよ。最後に何か言い残す事でもあるかい?」
「役割を果たすか……」
グリムは引きつったような笑みを浮かべる。それは嘲笑でも軽蔑でもなかった。
与えられた役割を果たそうとする。その行為は目の前で武器を構えている魔女も、舞踏会に向けて走り出した彼女も同じはずだった。
違うとすれば、それは……
「この世界で初めて会ったのがリオンじゃなくて魔女であるお前だったら、きっと俺は……」
「時間切れさね、馬になりな」
杖の先から出た光がグリムの全身を包み込む。
グリムの姿はみるみる人の形から四足歩行に代わっていく。光が消えるとそこには茶色の雄々しい馬の姿になったグリムが四つ足で立っていた。
勝ったと魔女は確信したように高らかに笑った。
「……さて、あの子を止めに行くかね」
魔女は馬の姿になったグリムの横を過ぎ去り、リオンが戻ったお城の方へと向かおうとした……その時だった。
「……おまえに最初に出会っていたのなら、きっと違う結末を迎えていたかもな」
魔女の背後で人の姿をしたグリムがそうつぶやいた。
「な、なんで……」
魔女が振り返って魔法をかける間もなくグリムの手は魔女の胸元を貫いた。
「なんで……魔法がとけて……いる?」
貫かれた状態で魔女はかろうじて言葉を発した。
「魔法は俺に効かなかった」
「な……に?」
グリムは答え合わせをするように貫いている手と反対側の手に一枚の頁を出現させる。
「これは馬の役割が記された「頁」だ」
「な……にを……言っている?」
魔女が理解不能だといった反応を示す。それは当然だった。つい先ほどグリムは魔女に言った。
『「頁」を持った人間は他の「頁」を持つことも役割が変わることもありえない』と。
それは変わらない事実である。どんな人間でも与えられる「頁」は1枚のみ。それが世界の理。
そのはずだった。
ただ唯一グリムという人間を除いて。
「俺には初めから「頁」がない。だからこうやって誰かの「頁」を当てはめることでその役割を演じることが出来る」
他者から「頁」を取り出せる。この事実はこの世界の住人であるドワーフの鍛冶師に告げていた。しかしこの説明には続きがあった。
グリムは他者から手に入れた「頁」を自身にあてがう事でその役割を演じることが出来る。この能力についてはこの世界の誰にも告げていなかった。
「……まさか」
グリムが言っていることはすべて理解したわけではない。それでも魔女はグリムがどのようにして魔法を防いだのか分かったようだった。
「かける相手と同じ姿になる魔法はきかない、お前が教えてくれたことだ」
魔女に魔法をかけられる直前にグリムは馬の「頁」を自身の体内に取り込んでいた。
通常であれば「頁」は与えられた生き物から離れてしばらくすると消えてなくなってしまう。
しかしそれを防ぐ手段をグリムは持っていた。
「頁」という紙をこの世に留めておくことが出来る、ドワーフの鍛冶師から受け取った金色の髪留めである。
魔法が放たれる直前にグリムは自身の髪につけていた髪留めから馬の「頁」を取り出し利用することで魔法によって馬になるのを防いだのだった。
「……私を殺すのかい?」
「…………」
無言のままグリムは貫いた手を勢いよく引き抜いた。
「……血が出ていない、生きている?」
魔女はグリムに貫かれた胸の部分に手を当てて容体を確認するが、傷一つついていない事に驚いていた。
「…………」
「それは……まさか」
グリムが先ほどまで魔女を貫いていた手には新しく一枚の「頁」が握られていた。
「魔女の役割が記された「頁」だ」
グリムは魔女に彼女の体内から取り出した一枚の「頁」を見せつける。
そこには黒いローブ姿を纏った魔女の姿と共に「シンデレラを舞踏会へと連れていく魔女」という文字が書かれていた。
「あ、あははは、私から「頁」を抜き取ったのかい。それなら私はこれで自由に、なれ……」
そこで魔女だったものは言葉が途切れた。
精気がみるみる失われ、枯れ木のようにしわしわになっていく。
「言っただろう、役割を与えられた人間が「白紙の頁」になる手段はない、そして……」
「…………」
魔女だったものは何も答えない、答えられない。
「……「頁」を持たない者は生きる事さえままならないんだ」
「頁」のない自身の胸に手を当てる。グリムは先ほど自分で言った言葉に疑問を持ち続けていきてきた。
シンデレラたちに襲い掛かった馬や目の前で消えてなくなった魔女のように「頁」を無くした人間は生きることが出来ない。
ならばなぜ「頁」を持たないグリムは生きていられるのか。グリム自身わからなかった。
魔女の「頁」も光を放ち始めると髪留めに吸収された。空いていた髪留めの穴を確認すると新たに一つ宝石が埋まっていた。最初に受け取った時に察したように、この空いた穴の数だけ「頁」を所持することが出来るものなのだろう。
「…………」
グリムは夜空を見上げる。正確な時刻は分からないが、もう少しすれば12時の鐘の音が聞こえてくる、そんな気がした。




