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第40話 グリムとリオン

「誰だい?」


 魔女が声色を変えて叫ぶ。茂みの奥から一人の男はゆっくりとその姿を現した。


「なんだ、誰かと思えばグリムじゃないか」


 魔女はまるで顔見知りのような反応をする。グリムも魔女を見て特に変わった様子はなかった。二人は既にこの世界で出会っていたのだと、今の短い間でリオンは理解することが出来た。


 裸になって傷ついているリオンに一度だけ視線を送り、グリムは再び魔女の方を見た。


「物語に従わなければ世界も人々も焼失してしまう。それだけは絶対に許されない」


「え……」


 彼の言葉を聞いてリオンは昨夜の会話を思い出す。グリムは生まれ育った世界で、彼の行為によって世界が滅んでしまったと言った。彼が白雪姫の世界の出来事に対して負い目を感じていることもリオンは知っていた。


 そのせいか、グリムの発言は魔女の発言を肯定しているように聞き取れてしまう。


(私のこれまでの行為は許されるものではなかったというの……?)


 グリムが魔女の事を容認する。それはつまりこの場にリオンの味方は誰もいないことを指していた。


「……あんたの言う通り、綴られた物語に沿って灰被りの少女は魔女に導かれ、舞踏会へと向かった」


 グリムは淡々と事実を述べていく。


「意地悪な継母と姉は既にお城へ向かい、舞踏会は開かれている」


 彼からも意地悪なシンデレラの姉など初めから誰にも救いようがない存在だったと残酷な現実を突きつけられた気分になる。


「やめて、これ以上言わないで」そんな言葉さえ出す気力がなかった。


「今日、この日、この世界の、この物語の中、残された舞台は舞踏会だけだ」


 魔女はうんうんと頷く。リオンは彼の言うその現実に耐えきれず視線を下に落としかける。


「つまり……」


 そこでグリムは言葉を区切った。一体どうしたのかと魔女とリオンは彼をもう一度注視する。


「……魔女はもう()()()ってことだ」


 その言葉と同時に目を見開いたグリムはすさまじい速度で魔女の目の前まで迫り、手を伸ばす。殺気を感じ取ったのか魔女は即座に半身を傾け突きのような手をかわす。


「どういうつもりだい、グリム?」


「…………」


「なぜ私を殺そうとした!」


 魔女は叫ぶ。しかしグリムは何も答えなかった。


 しびれをきらした魔女はその場から距離を取り、手に魔法を使うための杖を取り出す。


「………?」


 グリムは魔女の行為を認めたものだとリオンは思っていた。


 しかし、彼は魔女に攻撃をしかけた。


 なぜ今の彼は魔女に向かってあれほどまでの敵意を放っているのか、状況が理解できず、唖然となって二人を見る。


「リオン」


 魔女と相対したまま、グリムは後ろにいるリオンへと声をかけてくる。


「お前はこのままでいいのか?」


「……え?」


 いきなりの問いに対して困惑の声を上げる。このままとはどういう意味なのか、彼は何を言っているのか、彼はシンデレラの姉の今までの行為を否定していたのではないのか。



 もしかして……グリムの事を勘違いしていたのではないのか。



「今までお前がこの世界で積み上げてきたのは何のためだ」


 彼の背中が、魔女と対峙する彼の姿が答えを示していた。


「この程度の事で舞踏会を諦めるのか」


 相手がリオンだからこそ通じるなんとも安っぽい挑発だった。けれども……


「……るさい」


「お前にとって舞踏会は諦められるものなのか」


「うるさいっていってるのよ!」


 精一杯の声で彼の言葉を否定する。グリムが彼女自身を鼓舞するためにわざと煽るように言っているのも当然わかっている。


 そしてそれに応えるべきなのもわかっていた。


「リオン」


 名前で呼ばれると同時に突然視界が何かで覆われた。何が起きたのかとリオンは自身に投げられたものを手に取る。それは今日の日のために頼んでいた特注のドレスとガラスの靴だった。


「あなた、これ……」


「急げ、舞踏会はもう始まっている」


 相変わらずグリムはこちらに視線を送ることはなかった。裸になっている自身への気遣いか、それともただ顔を見られたくないだけなのかは分からない。


 ……それでも


「……わかったわよ」


 この場にいる二人はリオンという名前を与えた男とそれを受け取った女性、それだけの関係だった。


 それでも彼女にとってはこの関係こそが今の自分をもう一度奮い立たせるのに十分だと、そう感じ取れた。


「最後の最後まで私は意地悪なシンデレラの姉を演じ切って見せるわ」


 リオンは目に浮かべた涙をぬぐい、立ち上がると一瞬でドレスを着飾り、馬の姿の時に歩いてきた道を逆向きに走り始める。



 後方からは魔女が叫ぶ声が聞こえてくる。間違いなく魔女は走り出した「意地悪なシンデレラの姉」を止めようとするだろう。


 それでも彼が……「頁」を持たない彼がきっと魔女を止めてくれる。そう信じてリオンは暗闇の中、舞踏会の開かれるお城を目指して懸命に走り始めた。



 ◇◇◇



「待ちな、もういちど馬に……!」


「させるかよ」


 魔女はリオンが舞踏会に行こうとするのを阻止する為に魔法をかけようとするが、それよりも先にグリムが手を伸ばす。殺気の宿った右手に脅威を感じた魔女は詠唱をやめて攻撃をかわすために距離を取った。


「そこをどきな、グリム」


「それは叶えられない願いだ、魔女」


 魔女はグリムの言葉に対して返す間もなく、手に持っていた杖の先を走り始めたリオンにもう一度向けた。


「牛にな……」


「やらせないと言ったはずだ」


 魔女が言葉を言い終える前に手刀で杖を弾き飛ばす。吹き飛ばした杖が地面に落ちるよりも先に宙に舞った杖を魔女は再び握り直し、グリムから距離をとる。


「なぜ私の邪魔をするんだい?」


「……なぜ、だろうな」


 グリムはなぜこのような行為をしているのか答えを見つけられてはいなかった。


 物語を無事に完結させるのならば、重要人物達と関わってはいけない。


 世界を守るためならば目の前にいる魔女を止めてはいけない。


 そんな事わかっているはずだった。


 それが最初の世界で自分が犯した罪と同じ過ちだと分かっていながらもそれでも気が付けば彼女を助けるために動いていた。


「そうか……そういうことか」


 魔女は何かに納得したかのようにうなずく。


「あの()()が言っていた物語を壊そうとする「()()」とはあんたの事だったんだね」


 魔女はぶつぶつとひとりでにつぶやくと杖の照準を見えなくなったリオンからグリムへと変える。


「あと少し、あと少しで私も「白紙の頁」の所有者になれるんだ……だから邪魔はさせないよ」


 魔女の目に殺意のような意志が宿った。


 暗闇の森で「頁」を持たない人間と主要な役割を持った人間が相対する。

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