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第34話 グリムの過去

 どれだけ覚悟を決めて話したつもりでもグリムの手は少し震えていた。


 それだけあの世界について触れることはグリムにとって応えるものだった。


「まって、いくらなんでも話が飛躍しすぎている」


 リオンが話を一度止めようとする。


「白雪姫の継母と王子がいなくなったのはあなたのせいなの?」


「それは違う」


「なら世界が滅んだのはあなたのせいじゃないわよね?」


「…………」


 彼女に答えたように白雪姫の継母と隣国の王子が消えた原因にグリムは無関係だった。


 しかし、あの二人がいなくなった事は今になって思えば世界が滅ぶまでの序章に過ぎなかった。


「教えて、白雪姫の世界であなたはどんな経験をしたの……?」


「…………」


 再び数秒の沈黙。これから語ろうとしている内容はグリムがあの世界で経験した変わりのない事実であり、白雪姫の世界が滅ぶまでの軌跡だった。


「俺が赤ん坊の頃、7人の小人に拾われて育ったことは話したな?」


 グリムの質問にリオンは「えぇ」と一言返して軽く首を縦に振った。


「初めて白雪姫に出会ったのは俺が小人たちに拾われて10年の時が過ぎた頃だった」


「10年?!」


 リオンはグリムの言った年月を聞いて思わず聞き返してくる。

 主人公を中心に舞台に沿った年齢で世界と人々は生まれる。白雪姫の世界は基本的に白雪姫が生まれた少女のころから始まる。

 グリムが生まれた世界は主人公である白雪姫が生まれる少し前から物語が始まっていた。


 他の世界と比べると物語が本格的に始まるまでの月日が異常に長かった。

 10年という年月を聞いてリオンが驚くのも無理はない。


「当時の白雪姫は俺より年上だったのもあって、俺の事を弟のように接してくれた……「頁」を持たない異端であり部外者でもある俺の事を危惧していた小人もいた。けれど白雪姫はそんな俺を引き留めてくれた。そして共にあの家で過ごした」


 白雪姫の物語上、今後メイン舞台でもある小人たちの家に物語に関わりのないグリムが居座ることをよく思われていないのは事実だった。

 しかし主役である白雪姫はそんなグリムの事を足蹴にせず、むしろ親身に寄り添ってくれた。


「きっとその白雪姫の子は優しかったのね」


「あの世界で俺にとって彼女は一番大切な人だった」


 何気なく言ったその一言にリオンは顔を赤くしてむせていた。


「あなた……よくもそんな言葉を恥ずかしげもなく言えるわね」


 事実だからな、とグリムは軽く返答し話を続ける。


「それから()()約10年、俺は白雪姫と小人たちと共に森の中で生活した」


「待って、あなたが生まれた世界は()()()も月日が流れていたの?」


 リオンはいくらなんでもありえないといった表情をした。


 最初の10年間はまだ白雪姫が成長するまでの期間として納得することも出来るが、その後の10年の間、白雪姫を殺しに来る継母が現れなかった。

 あの世界でなぜ王妃が襲ってこなかったのか、誰も理由を知りえなかった。


「そんなに年月が経てば白雪姫も可憐な少女から立派な淑女になるわね」


「……そうだな。白雪姫の容姿は歳を重ねても見目麗しかったが、姫と呼ぶには難しい年齢になっていた。そして……」


 そこでいったん言葉を区切る。グリムにとってあの世界で楽しかった記憶はここまでだった。


「白雪姫が森に来て11年目を迎えた頃、突然主要な役割を持つ二人が行方不明になった」


「白雪姫の義母である王妃と白雪姫と結ばれるはずの王子ね」


 最初に話した内容をリオンは復唱する。


「二人が忽然と姿を消した後、空から世界の崩壊の予兆である灰色の雪が降りだした」


 物語が完結せずに崩壊するまでにはいくつかの段階がある。


 まず初めに崩壊の予兆として空から灰色の雪が降る。この事象は全ての世界で共通だった。


「このままでは自分たちが燃えて死んでしまうと白雪姫の世界の住人たちは焦り始めた」


 崩壊の予兆である灰色の雪が降り始めてから「頁」が燃える人間が現れるのはそう遅くはない。


 実際にグリムが育った白雪姫の世界では灰色の雪が降り始めてから間もなくして小人の一人の所持していた「頁」が燃え始め、やがて存在と共に焼失した。


「皆が絶望に呑まれかけたその時、白雪姫は()()()()()()()()を買って出た」


「そんなことが可能なの?」


 酒場では常に片手にグラスを握っていたリオンも酒を飲むのを忘れて聞き入るようにグリムの話を聞いていた。


「本来であれば絶対に不可能なはずだ。それでも白雪姫の世界の人達を失いたくないと願った彼女は王妃の役割を完璧に全うした」


 自身に与えられた役割以外の役目をこなす。これが今目の前にいるリオンのように特に明確な役割を与えられていない人間に仕事を与える程度なら可能かもしれない。


 しかし、白雪姫がやろうとしたことは物語の中で主要な役割を持つ人物を演じる事。ましてや白雪姫本人を殺す役割を持った王妃をこなそうとしたのだから、それを演じて見せたのは奇跡に近い所業だった。


「白雪姫が王妃の役割をこなし始めてからも灰色の雪はやまなかったが、「頁」が焼失して燃える人間はいなくなった」


「灰色の雪が降り続いたのは王妃の代役が埋まっても王子様の役割がいなかったからかしら?」


 彼女の回答と質問を兼ねた言葉に対してグリムは「いいや」と否定する。


「灰色の雪は一度降り始めたら止むことはない。そして白雪姫に頼まれて王子役は()()代役を務めた」


 灰色の雪が降り始めても物語が完結した世界は存在する。実際にグリムが訪れた一つ前のジャンヌダルクの世界では主役を担った女性を逃がしている際、灰色の雪は降り始めていた。しかし最終的には主役は捕らわれて物語は進んだ。


「消えた二人の枠を埋めても世界が崩壊した……それは白雪姫が二役をこなすのは無理だったから?」


「半分正解だ。白雪姫が二役をこなすこと自体そもそも無理だった……けれど世界が滅んだのは白雪姫が役割を果たせなかったからじゃない。役割をこなせなかったのは()()()なんだ」


 最後の一言にリオンは「え?」と反応する。


「白雪姫の世界が滅んだ原因は自分にあるって……あなたが王子様の役割を出来なかったから世界は滅んだの?」


「俺は白雪姫に頼まれた()()()()()()()()()()んだ」


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