第33話 グリムの出生
「マスター、ビールを一杯」
グリムの言葉に「あいよ」と相槌を打ちながら酒場の店主はグラスに酒を注ぎ始める。
柱に取り付けられている時計を確認すると時刻は夜の10時を示していた。
「はいよ、おまちどう」
カウンター席の前にお酒が置かれる。ありがとう、とお礼を言ってグリムは置かれたお酒に口をつける。
「いよいよ明日なんだよな」
マスターがぽつりとつぶやく。明日というのはこの世界のメインである舞踏会が開かれる日である。
「今日は俺も飲もうかねぇ、旅人さん……グリムと言ったか、少し話し相手になってくれないか?」
グリムが頷いたのを見てマスターは自分用のお酒をグラスに注ぐとバーの反対側で飲み始めた。
店内にはグリムとマスターの他に誰もいなかった。町の住人達も舞踏会の前夜は自分の家で過ごそうとしているのかもしれない。
「いよいよこの世界も一つの物語として完結するんだな」
マスターはしみじみと語る。
「俺はこの世界では明確な役割が与えられたわけではないがよ……それでも楽しかったんだよ」
「それは……リオンのおかげか?」
「そうだな……あいつがいなかったら俺は酒場を開こうなんて思いもしなかった。きっと与えられた役割にうんざりしてつまらない人生を送っていただろうな」
マスターはリオンのようにお酒を一気に飲み干すとそのまま追加分を注ぎ始める。あの酒豪と違ってマスターは一杯目ですぐに顔が紅潮していた。
「あいつはすげぇよ……俺みたいな物語に役割を持たない人間にまで生きる気力を与えてくれた」
再び継がれたお酒を一気に飲み干す。そしてまたすぐに追加分のお酒を注いだ。
「あんたお酒弱いなら無理はしない方がいいんじゃないか?」
「今日ぐらいはかまわないだろぅ」
既に若干呂律が回らなくなり始めている店主を心配しているとカランとベルの音が鳴り、入口の扉がゆっくりと開けられた。
「……な」
酒場に入ってきたのは赤髪の意地悪なシンデレラの姉……リオンだった。
「あら、マスターがお酒飲んでるなんて珍しいじゃない」
「なんれシンデレラの姉が今日ここにいるんらよ」
「あーあ、マスターはお酒弱いくせにたくさん飲むのよ。なんでとめなかったのよ」
まともに話せていない様子を見てリオンはあきれてため息をつく。
「止めるまもなく飲み始めたんだよ、それよりマスターが言った通り、なんでお前が今この場所にいるんだ」
「何か問題あるかしら?」
昨夜あれだけ酔いつぶれていたというのに、そしてなによりも……
「明日は舞踏会本番だろ、その前日にこんな場所に来て大丈夫なのか?」
「意地悪なシンデレラの姉が舞踏会前日に家の中にいなければいけない決まりなんてないわよ」
そもそも舞踏会が始まるのも夜だしね、と言葉を付け加えながらグリムが座っていたカウンター席の隣に座る。酔っぱらったマスターにお酒を頼むと、注文を受けた店主はおぼつかない足取りでお酒を注いでリオンに渡していた。
「それじゃ、あらためて乾杯」
グリムが手に持っていたグラスと店主から受け取ったグラスを軽くぶつけて乾杯のコールをする。
「ガラスの靴、無事にあの子に渡してくれたのね」
珍しくお酒を一気に飲み干さなかったリオンはありがとう、と言いながらゆっくりとグラスに口をつける。
「あの子本当に嬉しそうな顔をしてた」
グラスから口を離したリオンはシンデレラの顔を思い出したのか、嬉しそうに笑いながら話した。
「お前、昨日の夜の事は何も覚えてないのか?」
「昨日の夜……?」
リオンは首をかしげる。昨夜この場所で酔いつぶれていた事は記憶にないらしい。昨夜の様子と舞踏会の前日という事に気を使って彼女に会わないようにしていたグリムだったが、杞憂だったとお酒を飲みながら一安心する。
「ねえ、グリム」
「なんだ?」
リオンは言葉を短く切る。彼女を見ると緋色の瞳がまっすぐ向けられていた。
「もうすぐこの世界は終わってしまうわ」
「そうだな」
変わらない事実を彼女は告げた。どうしたのかと思うグリムだったが、その後の彼女の言葉で真意を理解した。
「あなたが過去について触れたくないのも分かってる。それでも私は……私はあなたの事を最後に知りたい」
以前この場所で起きたことを踏まえたうえで彼女は最後の酒場の話としてグリムの過去について触れることを望んできた。
「前にも言ったが……ろくなものじゃないんだ」
「お願い、あなたの事を知りたいの」
その表情は真剣そのものだった。彼女が舞踏会前日の夜にこの場所へ足を運んだのはもしかしたらこれが理由なのかもしれない。そう感じとれるほどに彼女の目はグリムから一切離れなかった。
「……わかったよ」
彼女の情熱に根負けしたグリムはため息を吐く。リオンは目を少しだけ見開いて驚きとも喜びとも取れる顔をする。グリムが首を縦に振るとは思っていなかったのかもしれない。
「やっぱりやめようか……」
「な、なによ、召使が私に逆らう気?」
「お前もう酔っているのか?」
「まさか、この程度で私が酔うと思ってるの?」
リオンが不敵に笑う。この前のようにお酒に呑まれている気配は一切なかった。
「…………」
これから話す話はとても素面で話せるようなものではない。それこそ、この前のように記憶が蘇ってしまい、彼女を傷つけてしまうかもしれない。
情けないのは承知の上でグリムはお酒の力を借りようと手に持っていたグラスに注がれたお酒を飲み干した。
「……俺が白雪姫の世界で生まれ育った所までは話したな?」
グリムの問いに対してリオンは頷く。彼女が聞きたがっているのは間違いなく以前に話したグリムが最初にいた世界である事は感づいていた。
そこから話を逸らすべきではないとグリムはより深堀する。
「……俺が生まれ育った白雪姫の世界は物語に沿って途中までは順調に進んでいた……けれどある日、突然世界から白雪姫の継母と隣国の王子が消えたんだ」
「消えた?」
いきなり突拍子もない事を言ったからか、話をよく聞こうとしたリオンが持っていたグラスを机に置いて身をこちらに寄せてくる。
「それって……二人共与えられた「頁」に背いて焼失したって事?」
「誰もその現場を見た者がいなかったから原因はわからない」
白雪姫の継母と隣国の王子、そのどちらも普段から周りには誰かがいるはずだった。
しかし庭師も兵士も誰一人として二人が「焼失」した所を見ていなかった。それゆえに消えたとしか表現することが出来なかった。
「物語の中で重要な役割を持つ王妃と王子が消えたから白雪姫の世界は滅んだのね?」
リオンが理解したという反応を見せる。ここまでの話だけなら彼女の言う通りだった。
「あの世界が崩壊した本当の理由はそこじゃないんだ」
どういうこと?とリオンは反射的に聞き返してくる。
「…………」
一瞬の沈黙。それはグリムが落ち着いて次の一言を告げるために必要な間だった。
「物語が完結しなかったのは……俺のせいなんだ」
「あなたのせい?」
「そうだ……俺があの世界を滅ぼした」




