第30話 消えたガラスの靴の行方
「やっぱりここにいたのか」
グリムはリオンに話しかける。
あれから目星をつけた場所に来てみると、そこにリオンはいた。
「あら、私がここにいるってよく分かったわね」
「ガラスの靴はお前が持ち出したんだろ?」
「そうよ」
さらっと肯定したリオンを見てグリムはため息をつく。
「お前な……せめてシンデレラに一言いったらどうだ?」
「物語が本格的に始まろうとしている中で「意地悪なシンデレラの姉」を演じるしかなくなった今の私には無理よ」
「……だから黙ってガラスの靴を持ち出したのか」
リオンは何も答えない。グリムは無言を肯定ととらえる。
「それで……ガラスの靴は治りそうなのか?」
「どうかしらね」
「まったく……何度も言うが、わしは靴屋じゃないんだぞ」
ドワーフの男は文句を言いながらリオンの横に立つ。ガラスの靴を持ち出した犯人はリオンだった。
隠した……というよりは修繕のためにドワーフのいる家に持っていったのである。
それがこのガラスの靴消失事件の答えだった。
「あなたぐらいしか治せそうな人がいなかったのよ」
「早朝からいきなり折れたガラスの靴を持ってきて今日中に直せと言われるとはな」
シンデレラの家に訪れた時、既にリオンがいなかったのは朝一にこの場所に来ていたからというわけだった。
「でも治せるのでしょ?」
「まぁな」
ドワーフの男はそういうと元居た場所に戻り、再び手を動かし始めた。
「なんでそんな事をするのかって聞きたい顔ね」
リオンがグリムの顔を見ながら話す。ガラスの靴を持ち運んだ。それだけならまだ問題はないが、ガラスの靴を治すというシンデレラを思いやる行為は彼女が燃えてしまう可能性を伴いかねなかった。
「あなたが昨日言っていたじゃない」
私からはこれ以上理由を言う必要はないわ、とリオンは立ち上がり、くるりと背を向けた。
自分を危険に晒してでもシンデレラを思うリオン自身の気持ちに従う……それが彼女の回答なのだ。
「……シンデレラが誰にも言わなかったから良かったものの……危うくこの世界がなくなるかもしれない状況だったのは分かっているよな」
グリムが半分嫌みのようにリオンに話すと、彼女はぴくっと一瞬体を震わせて硬直する。
「し、仕方ないじゃない……他にやり方思いつかばなかったんだもの!」
再び振り返ったリオンの慌てぶりを見てグリムはやれやれとため息をつく。
「舞踏会までの日時も少なくて……か、考える時間がなかったのよ!」
考えるより先に行動した……なんとも彼女らしいとグリムは笑ってしまう。恥ずかしいと思ってしまったのかリオンは顔を赤くしてぎゃーぎゃーとグリムに叫んでくる。
「おい」
リオンの背後から突然ドワーフが話しかける。二人とも気がつかなかったので同じように驚いたような表情を浮かべた。
「治ったぞ」
ドワーフはそう言うと親指で先ほどまで彼が座って作業をしていた台座のほうを指さす。
そこには修繕されたシンデレラの靴が置かれていた。
「流石ね、ありがとう」
シンデレラは修繕されたガラスの靴を見てドワーフにお礼を言う。ドワーフの男はふんと軽く鼻を鳴らすと作業着を脱いで中に着ていたシャツ1枚になった。
「一仕事終えたから、俺は外で一服してくる」
「ここで吸ってもいいわよ?」
「ガラスの靴に臭いがつくのは良くないだろ?」
ドワーフの言葉にそれもそうね、とリオンは納得する。
ガラスの靴に煙草のにおいは流石に良くはないとグリムも同調して頷いた。
「グリム、ちょっとついてこい」
ドワーフの男に誘われたグリムは特に断る理由もないと一緒に鍛冶場から出た。
入ってきた場所とは別の裏側の扉から外に出るとドワーフの男は木箱に腰を載せてポケットから紙たばこのようなものを取り出して吸い始めた。
「…吸うか?」
「いや、大丈夫だ」
ドワーフが紙箱から別のタバコをグリムに向けてくる。タバコの臭いが苦手なグリムは断った。
「そうか」
しばしの間、沈黙が流れた。
ドワーフは空を見あげて煙をはく。グリムはその姿を横から眺めていた。
「仕事後のこの一服が俺にとって至高でな」
グリムが暇を持て余していたのを察したのか、ドワーフは煙草を手に持ちながら話し始めた。
「確かお前はこの物語の住人ではなかったか」
「あぁ、そうだ」
グリムは無言でドワーフの履いた煙の行き先を見る。また少しの沈黙が訪れるかと思いきや、ドワーフはそのまま話を続けた。
「お前は......転生論を信じるか?」
「物語を完結した後に、新しい役割を持って生を受けるという噂か」
ドワーフの男は煙草をふかしながら「そうだ」と肯定する。
「俺は信じてはいない」
そうか、と言ったドワーフの男は再び煙草に口をつける。
彼からいきなり転生論について聞かれた事に対してなぜその話が出てきたのかと疑問に思い、聞き返そうとする前に煙草から口を離したドワーフの男は言葉を続けてくる。
「なら質問を変えよう、転生論についてどう思う?」
先ほどまで空を見上げていたドワーフがこちらを向いて問いかけてくる。彼の眼差しは相変わらず力強かった。
「……俺は好きではない」
なぜだ、とドワーフの男は疑問を返す。
「転生論は今の人生を否定している……ような気がする」
グリムの話に耳を傾けていたドワーフの男は「ほう」と一言だけ相槌を打つ。
「今を生きることを諦めた者が次の世界ならもっと良い役割を貰えると希望にすがるためのもの……それが転生論だ」
転生論が本当にあったとしても、今の生を否定することにはならない。これはグリム自身が抱いている素直な感想だった。
「それは違うな。今のはお前のように役割を持たなかったものにしか言えない傲慢なセリフだ」
ドワーフの否定するような返答に納得がいかなかったグリムは彼をにらみつけた。その反応に対して彼はすぐに理由を話す。
「なら……生まれた時から損な役割を与えられた者はどうだ?今家の中にいるシンデレラの姉、彼女は最終的にはシンデレラのおぜん立てでしかない。そんな彼女がもしも主役に生まれ変わったらと願う行為は間違っているか?」
「それは……」
グリムは言葉に詰まった。
「感情と与えられた役割は別物だ、時として感情がその役割に伴わないことは存在する」
ドワーフの言葉はいくつもの世界でグリムが経験してきた事を表したものであり、共感せざるを得なかった。
「あいつと初めて会ったのは人気のないこの場所だった。あいつは縮こまって一人、ここに座って泣いていた」
「そう……なのか?」
彼女が泣いている姿を普段の様子からは想像が出来なかった。
「……連いてこい」
タバコを吸い終えたドワーフは再び家の中に戻ろうとする。しかし出てきた扉からではなかった。外側から大きく回って家の入口から鍛冶場へと向かった。
「音を立てるなよ、彼女が気付いてしまうからな」
ぼそっと小さな声でドワーフは話す。鍛冶場の扉をゆっくりと少しだけ開く。
見ろ、とドワーフは部屋の中を指さした。
言われた通りにわずかに開いた扉の隙間から部屋の中を覗くとそこにはリオンが一人、椅子に座っていた。
「……これが答えだ」
ドワーフは静かにグリムに話しかける。
リオンは鍛冶場の真ん中に置かれたシンデレラのガラスの靴に素足をゆっくりと当てはめようとしていた。
「あの姿を見てお前はどう思う?」
「…………っ」
リオンは思いつめたような、悔しそうな、諦めたような、そして悲しそうな表情で自分の足に入らないガラスの靴を眺めていた。




