第23話 引き金
「ずいぶんと今日は町通りが騒がしいわね」
「馬車や人が行き来しているのをよく見かけます」
シンデレラがリオンの言葉に返答する。
丘の上でグリムを連れ戻した後、リオンは稽古場の前で待っていたシンデレラを連れて家へと戻る途中だった。
グリムは二人に気遣ってか一歩だけ引いた場所で二人の後を歩いていた。姉妹二人の会話には交わらないようにする彼なりの心配りが感じ取れた。
リオンは辺りを見回すが、今まで見たことない馬車が沢山お城の方向へ向かっていた。この町に生まれて数カ月が過ぎたリオンだったが、これまでの中でも一番活気づいているといっても過言ではなかった。
「もしかして、もうすぐ始まるのかしら」
「何が始ま……」
シンデレラが言葉を言い終わるその前だった。
「きゃあああああああああ!」
少し離れた所から女性の悲鳴が大通りに響き渡った。
町の人々が何事かと声の方向を見ると、大荷物を抱えた馬車を手綱で結んだ一頭の馬が猛スピードでこちら側へとむかってきていた。
「うわああああああああ!」
町の住人たちは暴走する馬の突進から避けるように道路の端々へと飛びのいていく。
「まずいわね……私たちも離れるわよシンデレラ」
「は、はいおねえ……さま……あ……」
シンデレラはその場で膝から崩れ落ちる。何事かとリオンがシンデレラの足元を見るとガラスの靴のかかと部分が道の石の間に引っかかってしまっていた。
「シンデレラ、はやく靴を脱いで……だめ、間に合わない!」
すでに目の前には二人よりもはるかに大きな馬が迫っていた。
「お姉さま、にげて!」
シンデレラは叫ぶが、リオンはシンデレラを守るように抱きかかえた。
(せめて、この子だけでも……!)
馬にひき潰される衝撃を覚悟して目をつむった。
「…………?」
しかしいつまでたってもぶつかる感触はなかった。
不思議に思い、リオンはゆっくりと目を開けて馬が来ていた方向を見る。
そこには一人の男が……グリムが立っていた。
「な、何が……起こったの?」
グリムが振り向き、何かを言おうとした所……
「だ、大丈夫ですか!」
周りからたくさんの人たちが二人の周りを囲うように集まってくる。
「え、えぇ私は大丈……いたっ」
リオンが言葉を言い終える前に、集まってきた人々によってその場から撥ね飛ばされた。
「お怪我はありませんかシンデレラ!!」
「シンデレラ、大丈夫ですか!?」
周りの人たちはみな口を揃えてシンデレラに声をかけていた。
人々によってはじき飛ばされたリオンはシンデレラの姿を確認することが出来なくなっていた。
「いっつ……」
リオンは自身のひざのほうを見る。飛ばされた際に地面にすってしまい出血していた。
「大丈夫ですか、シンデレラ」
「どこか痛みませんか?」
「よければお家まで送っていきましょう!」
町の人々は親身になってシンデレラに声をかけている。
リオンに声をかける住人は誰一人いなかった。
(あぁ、そうか……)
町の住人たちは二人を心配していたのではなく、主役の身を案じていたのだとリオンは理解する。
例えシンデレラの姉が一人重傷を負ったとしても、物語にはさほど影響はない。
しかし主役であるシンデレラはそうはいかない。
もしここで仮に彼女が大けがを負ってしまい、舞踏会が始まってしまったのなら、最悪物語は破綻し、今この場にいる人々全員が燃えて消えてしまう。
町の人々はそのことを恐れ、シンデレラの身を案じているのだ。
(いざというときに私を心配してくれる人なんて……)
「大丈夫か?」
声のする方を見ると一人の男が手を差し伸ばしてくれていた。
「……ん、大丈夫よ」
「ひざの所、ケガしているじゃないか」
「これくらい大丈夫よ」
「……すこしじっとしてろ」
そう言うとグリムはポケットからスカーフを取り出し、ケガをしていたリオンの足の部分に包帯代わりに結び始めた。
「……ありがと」
「よくあの子を守ったな」
グリムはリオンのケガをした箇所の傷に直接触れないように丁寧にスカーフを巻きながら話をする。
「……当然でしょ、あの子が危なかったんだから」
「…………」
グリムはスカーフを巻くのに集中しているのか何も答えなかった。
「……シンデレラに何かあったら私たち全員燃えちゃうのよ、必死になるのは当然じゃない」
シンデレラに群がるように集まる人々を見ながら、ぼそっとつぶやいた。
口にした瞬間、自身の中からとめどなく負の感情が沸き上がってくる気がした。
「違うだろ」
「……え?」
リオンはグリムのほうを振り返る。包帯代わりのスカーフは巻き終わり、澄んだ藍色の瞳でこちら側を見ていた。
「少なくとも……リオンはそんな理由であの子を守ったわけじゃないはずだ」
「な、なによ」
リオンは何か言い返そうとしたが、グリムのまっすぐな目を向けられて言葉に詰まった。
「あいつらとは違う、本当に大切な人だから……自分自身の気持ちに従って行動したんだ。物語とか与えられた役割のせいにするな」
処置が完全に終わり、グリムとリオンはゆっくりと立ち上がる。
「お、お嬢さん、けがはないかい?」
すると二人に声をかける人が現れた。見るとその声の主は馬車をひいていた業者だった。
「えぇ、もう大丈夫よ」
「すまねえ、急に馬が興奮して制御できなくなっただよ……まさか危うくシンデレラにぶつかりそうになるなんて思わなかったさ」
「気をつけなさいよ」
「馬は死んじまったが、それでもシンデレラにけががなくて本当に良かった」
「え、あの馬死んでしまったの?」
リオンが疑問を返す。
「そこのお兄ちゃんがぶつかる寸前、二人と馬の間に入ってな、手を馬のほうに伸ばしたと思ったらその瞬間、馬の胴体をその手で貫いて止めたんだ」
業者が状況を説明する。業者が見た方向を見るとそこには横に倒れた馬の姿があった。
「片手で馬を倒す力を持っているなんてたまげただ」
「あ、あなた馬を……」
「……あの馬には悪い事をした」
その場からグリムは離れて倒れている馬の元へと歩いていく。
グリムが手で倒れている馬に触れようとする前にみるみる馬は生気を失ってしまう。
「な、何が起きているの?」
馬の色素は真っ白になっていき、最終的には灰のように消えてしまった。
「う、馬が消えちまっただぁ」
業者が驚きの声をあげる。リオンも何が起きたのかわからなかった。ただ今目の前にいたはずの馬は跡形もなくその場から消失した。




