第134話 白雪姫の世界
長身の騎士と共に境界線を越える。しばらくすると風景が変わっていく。
そして空から灰色の雪が降り始めた。
新しい世界にたどり着いたのだとグリムは把握した。
「この世界は既に崩壊し始めているのか」
「えぇ、そうです」
ローズは顔をグリムの方に向けずに肯定する。
このままでは崩壊しかねない世界にサンドリオンはいる。その事実だけでもグリムは平静を保てなくなりかけていた。
「それでは、私はこれで失礼します」
「待て、彼女はどこにいる」
「それはあなた自身でお確かめください」
騎士は境界線を越えるとすぐにグリムから離れてようとする。今彼を見逃すのは得策ではないと判断したグリムは逃がさないようにと騎士の後を追いかけた。
境界線を越えてから風景が街並みから森へと変わり、森の中騎士を追いかけ続けたグリムだが、騎士の足は思いのほか速く、途中で見失ってしまう。
「……くそ」
息を切らしながらあたりを見回すがまずこの世界が何の物語なのか、自身に当てはめられた役割は何なのかもわかっていなかった。
木々をかき分けてグリムは進む。そしてようやく視界の開けた場所に出る。
本来、境界線を越えた先でどんな物語の世界なのか把握するには基本的にその世界の人間に直接聞く以外に方法はない。
しかし、グリムはそれを見た瞬間この世界が何の物語なのか瞬時に理解する。そして今見ているものが見間違いではないかと疑ってしまう。
「嘘だろ……」
動機が激しくなるのを感じる。息を切らしたせいではなく、呼吸の乱れは間違いなくこの世界を知ってしまったせいだとわかる。
グリムの視界に映ったのは《《お城》》だった。ただの城ならばシンデレラやアーサー王伝説、いばら姫の世界でも見てきた為、驚くことはなかった。
けれど、今グリムが見ている城は見覚えのあるものだった。
「この世界は……」
ドクン、ドクンと鼓動が高まり続ける。口にするのを憚れてしまう。それでもグリムの口からこの世界の物語は自然と漏れた。
「……白雪姫」
見間違うはずもなかった。生まれ育った世界で何度も見た白亜の城。建物の構造まで何一つ違いのないその姿は間違いなくグリムが生まれ育った最初の世界の建物だった。
ただ酷似しているだけなのかもしれないとグリムは目の前のものを否定しようとする。しかし、見れば見るほどあたりの風景を含めてこの世界が白雪姫の世界であると認めざるを得なくなっていた。
「ありえない!」
口で否定してもグリムの脳はそれを否定する。これまでも何度か同じ物語の世界を訪れたことはある。同じ物語でも多少は世界のつくりは異なっていた。
しかし、今目の前に広がるこの景色はグリムが生まれ育った世界のお城と何一つ変わりがなかった。
グリムは一度深く息を吐き、呼吸を整える。目をつむりゆっくりと開いても視界は何一つ変わらなかった。
「ここは……白雪姫の世界だ」
グリムは状況を受け入れようと一人でつぶやく。
もしかしたらただ城が似ているだけかもしれないなどとは考えない方がいい。なぜならばあの騎士がグリムを招いた世界なのだから。
あの騎士ならば間違いなくグリムに対して何かを仕掛けてくる。そこまでは理解していたが、まさかこのような形になることは想像ができなかった。
それでもグリムのやるべきことは変わらない。
「あいつを……探しに行こう」
グリムは一歩踏み出した。
グリムにとっては全ての始まりの物語、騎士ローズが用意した舞台で彼にとって最後の物語が始まろうとしていた。
◆◆◆
「白雪姫」
あるお城に王様とお妃様がいました。
二人のもとには雪のように真っ白な肌の美しい娘が生まれたので、白雪姫と名づけました。それからすぐにお妃様は亡くなってしまい、代わりに新しい女性がお妃様になりました。
新しいお妃様の美貌は世界一と言われていました。お妃様は自分の部屋にある魔法の鏡に尋ねます。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だい?」
鏡は答えます。
「それはあなた様です」
その質問と回答が変わることはありませんでした。しかし、白雪姫が7歳の誕生日を迎えた頃、鏡の返答が今までとは違うものになりました。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だい?」
「それは白雪姫です」
その言葉を聞いたお妃様は自分以上に美しい人間がいることに激怒しました。そして自分の義理の娘である白雪姫を殺そうとたくらみます。
城に仕える猟師に白雪姫を殺し、心臓を持ってくるように命令しました。
白雪姫の事をかわいそうに思った猟師は白雪姫を森へ逃がして代わりに獣の心臓をお妃様に差し出しました。王妃は白雪姫が死んだと満足しました。
森へ入った白雪姫はさまよい続け、やがて小さな家を見つけました。
疲れ果てていた白雪姫は誰もいない小さな家に入るとベッドに倒れるようにして眠りにつきました。
仕事を終えて小さな家に帰った7人の小人は家の中で寝ていた白雪姫を見て驚きます。
最初は追い出そうと考えていた小人達でしたが目を覚ました白雪姫の話を聞くと共に暮らすことに決めました。
白雪姫が死んだと思っていたお妃様は鏡に尋ねます
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だい?」
「それは白雪姫です」
鏡の回答を聞いたお妃様はまだ白雪姫が生きていることに気が付きます。
そして白雪姫を殺す計画を再び始めるのでした。
老婆に変装したお妃様は小人たちが仕事に出かけているタイミングを計らって家に訪れました。
「よければこの赤く熟れたおいしいリンゴはいかが?」
人を疑わない純粋な心を持った白雪姫は老婆からリンゴを受け取ります。
一口リンゴをかじった白雪姫は倒れてしまいます。リンゴには毒が入っていたのです。
白雪姫が死んだことを確認したお妃様は喜んで城に戻ります。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だい?」
「それはあなたです」
鏡の回答にお妃様は満足になります。
仕事を終えて家に戻ってきた小人たちは家の前で倒れている白雪姫を見つけました。白雪姫を助けようとしましたがすでに白雪姫は死んでいました。
悲しみに暮れた小人たちは白雪姫を棺桶に入れて森の奥に置きました。
美しい女性がいるとうわさを聞いた隣の国の王子様が小人の家にやってきました。
白雪姫はすでに亡くなったと王子様に伝えると王子様は小人に白雪姫の居場所を尋ねます。
小人に言われた場所に訪れた王子様は棺の中で眠ったように死んでいる白雪姫を見て一目ぼれします。
王子様は白雪姫の死を悲しみ、別れ際に彼女の唇に口づけをしました。
すると死んでいたはずの白雪姫は目を覚ましました。王子様は喜び、白雪姫を王妃として迎え入れました。
ある日お妃様は鏡に尋ねます。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だい?」
「それは白雪姫です」
白雪姫が生き返ったことを知ったお妃様は白雪姫を殺そうと城を出ようとします。
しかし、お妃様の計画は国中にバレてしまい、焼死刑になりました。
最後には城の中庭に用意された鉄板の上で業火に焼かれながら熱の籠った靴を履いて踊り死にました。
白雪姫はその後、隣の国で王子様と結婚して幸せに暮らしました。
◆◆◆




