第131話 少女の運命
◇◇◇
少女は空腹で目を覚ます。周りには動物たちが少女とかまどを囲うようにしてあつまっていた。この場所が他よりも暖かいのを動物たちも理解していたのかもしれない。
「……目を覚ましたか」
「ひゃん!」
突然背後から声が聞こえてきた衝撃に少女は甲高い声を上げる。
振り返るとそこには昨日この場所で眠りにつく直前に会話を交えた白色と黒色が混じった髪色の男性が立っていた。
「すまない、驚かすつもりはなかったんだ」
男性は手に持っていた袋を地面に置きながら両手を上げて敵意のないことを示してくる。
「……グリムさん?その手に持っているものは?」
グリムが持っていた荷物に気になり尋ねる。
「よかったら食べるか」
グリムは袋の中からパンを取り出すと少女に差し出す。
「少し硬いかもしれない……」
グリムは申し訳なさそうに言うが受け取ったパンは普段少女が食べているパンに比べると柔らかかった。
「おいしい」
少女の漏れた言葉を聞いてグリムはよかったと笑いながら袋から別のパンを取り出してグリムも食べ始めた。
「ごちそうさまでした……」
「どうした?」
「私、家に帰らないと……」
昨夜少女は死なずに生き延びた。それならば役割を果たすために家に帰るべきだと考える。
「でも……マッチは売り切っていない」
少女に与えられた「頁」にはマッチを売りきらなかったときは少女の死を示していた。それなのに少女は生き延びてしまった。その事実に少女はこの後どうすればいいのかわからずに困ってしまう。
「それなら俺が全部買ったよ」
「え?」
少女は驚きグリムの方を見る。グリムは両手に空になった大量のマッチ箱を見せてくる。少女のほうに近づいてくるとグリムは少女の手に大量のお金を手渡してくる。
「こ……こんなにはもらえません!」
「そうか」
少女はグリムが使ったマッチ箱の数から金額を教えて見合った金額を受け取った。
「これで大丈夫か?」
「は、ありがとうございます!」
少女はお礼を言って厩舎から出て行った。
◇◇◇
マッチ売りの少女と別れた日の夜、グリムは顔の晴れた彼女を見かけてしまう。
「どうしたんだ」
「これは……その」
少女は言葉を濁した。
「……家族にやられたのか」
「…………」
少女の無言が肯定を示していた。グリムはその様子を見て手に力を籠める。
「……君の家族はどこにいる」
「……だめです!」
少女はグリムが何をしようとしたのか瞬時に理解して両手でグリムを抱きしめて動けないようにする。
「これは……私が悪いんです……昨日の夜に帰らずに朝になって家に帰った私が悪いのです」
少女は震えながら話す。その震えは寒さからくるものなのか、それとも家族に怯えているからなのかその両方であることをグリムは理解する。
「そのマッチの量……」
少女は昨日の倍以上のマッチの箱を持ったかごを持たされていた。それがこの世界において彼女に対して家族が何を望んでいるのか、意味するのかをグリムは考えたくもなかった。
「あはは……がんばります」
少女は笑いながら話すがその笑顔は偽りのものであるのは誰が見ても明らかだった。
「……そのマッチ全部でいくらだ?」
「え?」
少女が聞き返すよりも先にかごからすべてのマッチを取り出すとグリムはかごの中にお金を入れた。
「これで今日は帰れるな……」
「でも……」
「マッチ売りの少女は与えられた仕事をこなした、それだけだろ?」
「……ありがとうございます」
グリムの言葉を聞いて少女は深く深く頭を下げてお礼を言い終えると歩いて行った。
◇
「お前、なんてことをしてくれるんだ」
背後から声が聞こえてくる。振り返ると町の人々が鬼の剣幕になってグリムをにらみつけていた。
「俺はただマッチを買っただけだ」
「お前……何をしているのか理解しているのか!」
一人の男がグリムの胸倉をつかむ。
「そいつ……外の世界からやってきたやつだ!」
人々の群れの中の誰かがグリムを指さして叫ぶ。
「お前、この世界がマッチ売りの少女だってことをしらないのか?」
「知っている」
「……な」
グリムが即答したことに掴んでいた男は憤慨してさらに持ち上げる。
「お前は俺たちを殺そうとしているんだぞ、わかっているのか!」
彼らからすればマッチ売りの少女を助ける行為は物語が進まず、やがて世界が崩壊しかねないと危惧しているのだとグリムは理解していた。しかし……
「それなら、あんたらはあの子を殺そうといているのか?」
グリムの言葉を聞いて胸倉をつかんでいた男は手を放す。周りもざわつき始める。
「そうだ……俺たちは彼女が死ぬことを望んでいる」
男はそう言い放った。
「…………仕方がないだろう、それがこの世界の運命なのだから」
「あの子が死ななければほかの人間たちは全員焼失してしまう!」
「あの子が死ねばほかの全員救われるのよ!」
大衆の声がまるで同調することによって正当化されるようにして大きくなっていく。
「……ふざけるな」
グリムはこの状況を見て小さく言葉を漏らした。
世界の理に背くことが許されないがゆえにその選択を選ばざるを得ない状況に立たされているのもわかっている。
それでもグリムは怒りの感情を押しとどめることはできなかった。
グリムの口から出た言葉は果たして誰に向けた言葉なのか。グリムをつかんでいた男なのか、それとも周りの人々すべてか、それともこの世界の理という、人ではない概念そのものに対してか。
「彼女の死を望まない人間はこの世界に一人もいないんだよ」
「…………!」
人々の中から聞こえてきたその声に対してグリムは殺気を放つ。声の主はグリムの目に怯えて萎縮した。
「あの子だってもしかしたら楽園に行けるかもしれないだろ!」
また別の人間が声を上げる。主役は物語を完結へと導くと魂が楽園に導かれるという噂話である。マロリーによって楽園という存在があるかもしれないとグリムも認識を改めつつあるが、それでも見過ごせないものはあった。
「死んだ主役は本当に楽園に行けるのか?」
グリムの問いに答える者は誰もいなかった。
「…………」
人々の方へとグリムは無言で歩き始める。囲んでいた人だかりはグリムに道を開けるように左右に分かれていく。
「頼む、この世界から出て行ってくれ」
そんな言葉が背後から聞こえた気がした。グリムは何も答えないまま街道を曲がり、人気のない場所を通ってマッチ売りの少女と最初に入った厩舎の中へと戻った。




