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第129話 雪の世界と少女

「……は、……は、いりませんか?」


 凍てつくような風が吹きあれる雪の降る夜、一人の少女が人々に声をかけていた。


 街を行く人々はそんな彼女の事を気にも留めず、誰一人として少女の相手をしなかった。


「…………」


 次第に少女の声は弱まっていく。


気が付けば街道から少女は姿を消していた。


 暗い路地裏に一人、少女は素足の状態でかじかんだ手に息を吐く。手足の感覚はすでになくなっていた。


「…………」


 少女は今この時、死を覚悟した。


 生まれてから一度として誰からも愛されず、毎日凍えるような冬空の下で……を売る役割をこなし続けていた彼女にとって今日死ぬことに悔いがないといえば嘘になる。


 それでもこれが自身に()()()()()()()ならばと受け入れるしかなかった。


「……せめて……最後くらい……」


 そこで少女の意識は途絶えた。




「…………」


 どこからともなく聞こえてくる声に少女は目を覚ます。


 自分がどうなってしまったのか次次第にはっきりしていく意識の中で少女は思い出す。


「確か私は今日も……を売りに……」


 少女は自身が死を受け入れたことを思い出す。


 それなのにどうして今意識があるのか、人の声が聞こえてくるのか、何一つわからなかった。


「……ろ、しっかりしろ」


 声がはっきりと聞こえてくる。少女が目を開けるとそこには見覚えのない顔の男が真剣な表情で声を上げていた。


「しっかりしろ!」


「あ……なた、誰ですか?」


 かすれた声で少女は目の前の男の正体について尋ねる。この世界で自身の事を知らない人間などいるはずがなかった。


 それゆえに少女に対してこんなにまで身を挺する人間を彼女は知らなかった。


「生きてるな!」


 男性は少女の声を確認すると少女を抱え込んで走り始めた。


「…………これは夢?」


 マッチが見せた幻なのではないのかと最初少女は思った。


「あったかい……」


 男の体温が冷え切った少女の皮膚に手を通して伝わってくる。その温もりを少女は知らなかった。


「…………」


 少女は再び意識を失ってしまう。


 死を受け入れたからではなく、やさしさに触れたことによって気が緩んだせいだと少女は気が付かなかった。



    ◇◇◇



「……赤髪の「白紙の頁」の女だぁ?知らねえなぁ」


「……そうか」


 グリムはたどり着いた世界の先々でいばら姫の世界にて別れてしまったサンドリオンの行方を尋ねて回っていた。


「この世界はこの町一つだけだ……この酒場にいる人間でもわからないなら、その女はこの世界にはいないと思うぜ」


「……そうか、ありがとう」


 いばら姫の世界を後にしてからもう何度境界線を越えたかグリムは覚えていなかった。


 マロリーから貰った羅針石は全くと言っていいほどに機能していなかった。


「…………いや」


 もしかしたら既にサンドリオンが持っていないのかもしれない。マロリーの言葉が本当ならば羅針石は人が持っていなければ効力がない。


「……この世界にもいなかった」


 酒場を出てグリムは空を見上げる。空からは白い雪が降りしきっていた。


 初めてこの世界にたどり着いた時、空から降る雪を見て一瞬灰色の雪ではないかと身構えたが、肌に触れた時の冷たさから決して崩壊の前兆ではないと認識した。



「…………」


 彼女がいない世界にいつまでも居座る理由はなかった。


 酒場で話した男はこの世界は町一つ分しかないと言っていた。

 それならばすぐにでもまた別の世界に向かうことができる。


 そう思い、町の中を歩く人々に紛れながら境界線を目指していた、その時だった。


 家と家の間にある細い道の奥で誰かが倒れるのをグリムは目撃した。


 この世界が何の物語かも分からない。グリムにとっては関係のない人間であり、今の彼にとって最優先はサンドリオンとの再会のはずだった。しかし……


 グリムは気が付けば地面に倒れこんだ人のもとへと駆け寄っていた。見ず知らずの人間とは言え無視できるほどグリムは冷酷な人間ではなかった。


「………な」


 倒れた人間の近くまで迫ったとき、グリムは驚愕する。たった今地面に付した人間は年端もいかない少女だった。ただそれだけではない。


 この冬空の下、倒れている少女は身にまとう服も簿朧の布切れであり、防寒具以前に靴さえ履いていなかった。


「おい、しっかりしろ」


 グリムは少女の肩を持って声をかける。体温は異常なまでに冷たく、息をしているのかもわからない状態だった。


「大丈夫か!」


 グリムの声が届いたのか、少女の眉がピクリと動く。生きていることに安堵すると同時にグリムはこの状況をどうにかするために少女を抱え込んで町のほうへと走った。


「あなた……は誰?」


 少女は震える声でグリムに名前を訪ねてきた。


「名前なんて後でいい!」


 自己紹介よりもまず彼女の命が最優先だった。


「すまない、だれか、医者はいないか、病院でもいい!」


 グリムは町を歩く人々にむけて大声で叫ぶ。しかし人々はグリムと抱えている少女を見ると答える者は《《誰もいなかった》》。


「…………?」


 その状況にグリムは違和感を抱く。いくらなんでも不自然だった。


「おい、病院はあるか」


 一刻を争うと判断したグリムは近くをすれ違いかけた男性の肩をつかんで呼び止める。


「離したまえ!」


 男はグリムの手を振り払うとこの場から逃げ出すように立ち去っていった。


「……な」


 男の横暴な態度に唖然としかけるがグリムはすぐに別の人間に話しかけようとする。しかしその誰もが足を止めることはなかった。


「…………どうなっているんだ」


 気が付けばグリムの周辺だけ避けるように人々は町中を歩いていた。どう考えてもこの状況は異常だった。


「誰か……このままではこの子が!」


 グリムは懸命に人々に声をかける。しかし状況は変わらなかった。

 それどころかグリムたちを見て町の施設は次々とシャッターやカーテンを閉めて意図的にグリムに関わらないようにし始めていた。


「…………くそ!」


 こうしている間にも少女の命は危険にさらされていく。グリムは先ほどサンドリオンを訪ねた酒場に向けて来た道を引き返す。


「…………どうなっているんだ」


 まるで示し合わせたかのように気が付けば町から人々は消え去っていた。つい先ほどまで営業していたはずの酒場の扉もカギがかけられていた。


「おい、開けてくれ!」


 扉を乱暴にノックするが返事は帰ってこなかった。窓からは明かりが漏れている。中に人がいるのは間違いないのに決してこちらとは関わらないようにしているのがその様子から伝わってくる。


「…………どうなっているんだ」


 このままでは少女が凍死してしまう。しびれを切らしたグリムは髪留めから1枚の「頁」を取り出すと自身に当てはめる。姿が変わり騎士の姿になったグリムは少女を抱えた手とは反対のほうに剣を握り扉に剣を向ける。


「これ以上無視するならこのまま力づくで扉を開けるぞ!」


 言葉を放っても酒場の奥からは音沙汰なしだった。しびれを切らしたグリムが剣を振り下ろそうとしたその時だった。


「まってくれ!」


 声が背後から聞こえてくる。振り返るとそこには老人が立っていた。


「お前さんはよその世界から来たもんだな、頼むから乱暴な真似はよしておくれ!」


 老人は懇願するようにグリムに頭を下げてくる。


「それなら今すぐにでもこの少女を見てくれ」


「……悪いがそれはできない」


 老人はグリムの言葉を聞くと態度を変えて視線をそらした。


「なぜだ、この子は今にも死にそうなんだ、早くしないと手遅れになる」


「…………」


 老人は無言のままだった。


「どうして答えない、なぜこの世界の人間は誰も俺を無視するんだ」


 グリムは老人の前まで迫る。剣に怯えたのか老人はひいぃと震えた悲鳴を上げる。


「お前さんを無視しているわけではない……私たちが無視しているのは()()()()()()の方だ」


「…………なに?」


 老人の言葉を聞いてグリムは一瞬動きが止まる。怒りの感情が沸き上がってくるのをグリムは感じた。


「なおさらたちが悪いじゃないか……どうしてこの子を見殺しにしようとするんだ!」


 グリムは剣を雪の積もった地面に突き立てて老人の胸倉をつかむ。


「し……しかたないじゃろ、それがこの世界の物語なのじゃから!」


「世界の……物語?」


 老人の言葉を聞いて掴んでいたグリムの力が抜ける。その場に倒れながら老人は乱れた呼吸を整えつつグリムの問いに答えた。


「この世界とその少女の名前は……()()()()()()()()じゃ」

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