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第128話 交わした約束

    ◇◇◇



「…………」


 自室に閉じ込められていたいばら姫は外を見ていた。


「シツジはうまくこの世界から出られたのかしら……」


 ただそれだけが気がかりだった。グリムという青年はいばら姫の願いを真摯に受け止め、実行してくれた。後はそれを阻もうとしていた父親と騎士達の動向次第だった。


「…………?」


 扉の外が何やら騒がしいといばら姫は椅子から立ち上がり、扉の前まで歩く。いばら姫が扉の前に立つと先ほどまで音を立てていたはずの外から何も聞こえなくなっていた。


 いばら姫は閉じていた扉を押してみる。すると先ほどまでびくともしなかった扉は開いた。

 あたりを見ても警備しているはずの兵士は一人も見当たらなかった。


「……どういうこと?」


 いばら姫は不思議に思いつつも抜け出す機会ととらえ、部屋を出る。王様にばれてしまえば再び捕まってしまうかもしれないと判断した少女は東の塔と中央の城を繋ぐ通路を利用せずに階段を下ろうとする。しかし……


「え?」


 下に降りる階段の途中は道がふさがれていた。それもただふさがれていたわけではなかった。敷き詰められたように茨が階段を覆いつくしていたのである。


「どうして……」


 状況を飲み込めなかったいばら姫だがその場にとどまるわけにもいかないと今度は階段を上り、上の階を目指した。


 幸いにも上の階に繋がる階段には茨はなく、すんなりと上ることが出来た。


「…………?」


 そのまま空が見える通路に進もうとした彼女の足はいばら姫の部屋のちょうど真上に位置する部屋の前で止まってしまう。そこは何もないはずの空室だった。それなのに少女はなぜだがその扉の先が無償に気になってしまった。


「……少しだけなら」


 少女は扉を開けた。そこには何もない……はずだった。


「え?」


 空室のはずのその部屋の中には一台の糸織り機が用意されていた。


「どうして……」


 万が一いばら姫に針が刺さらないようにするため、厳格な父がこの城にあるすべての糸織り木は昔に処分させたはずだった。それなのに今目の前にあるのは間違いなく糸織り機だった。


 いばら姫は後ずさり、入ってきた扉から出ようとする。しかし扉の方が先に閉じてしまう。振り返った少女は扉を開けようとするがどんなに力強く教えて扉が開くことはなかった。


「……何が、何が起きているの」


 不安に駆られた少女は大声で助けを呼ぶ。王様に捕まるよりも、今目の前に置かれた糸織り木の不気味さの方が勝っていた。


 いくら声を出しても助けは誰も現れなかった。おかしい、あの父親が誕生日を迎えたいばら姫をここまでぞんざいに扱うはずがないとそう思った時だった。


 少女の手にしわだらけの手が重なった。いばら姫は驚き、手を振り払って扉から離れた。


「……だ、誰、いつの間に?」


 部屋の中は閉じていたはずなのに気が付けばいばら姫とは別にもう一人、ローブを被った老人がそこにはいた。


「…………」


 老人は無言のままだった。初めて見るはずのその人影にいばら姫は見覚えがあった。


「……まさか、魔法使い?」


 父の命令に背いてシツジと共にお城の外に飛び出した8年前の記憶が呼び起こされる。いばらの道を抜けた先に突如現れた魔法使いと姿は酷似していた。


「どうして……あなたは死んだはずじゃ……」


 役割に耐え切れなくなった魔法使いは自ら命を絶ったと王様から話は聞いていた。だからこそ王様は代役を探し、シツジにその役割を担わせようとしていたのだ。それを防ぐためにいばら姫は奔走していたのである。それなのに今目の前には魔法使いが立っていた。


「…………」


 老人は無言で再びいばら姫に手を伸ばしてくる。


「ひっ」


 少女は伸ばしてきた手を振り払った。その勢いで老人が被っていたフードも取れてしまう。


「…………嘘」


 顔のあらわになった老人を見ていばら姫は言葉を失った。最初、見間違いだと思った。思い違いだと信じようとした。しかし、何度頭の中で否定しようともいばら姫が今までこの世界で彼と培ってきた記憶がそれを否定した。


「シツジ……なの?」


 目の前の人間は老いてはいるが、それでもその優しい顔つきはシツジだった。


「…………」


 老人は何も答えなかった。答えられなかったという表現が正しいのだといばら姫は補正する。老人の目に生気は宿っていなかった。これではマロリーから聞かされていた役割を与えられた人間の末路にそっくりだった。


「…………嘘、嘘よ……」


 作戦は失敗したのだ。シツジはこの世界から逃げられず、魔法使いの役割を与えられてしまったのだと事実を前にしていばら姫はその場にへたり込んでしまった。


「…………」


 老人は無言でその場に立ち尽くしていた。


「何か言ってよ……シツジ」


 いばら姫の消え入りそうな声を聴いても老人は反応を示さなかった。自分がシツジという「白紙の頁」の人間であることを覚えていないのが見てわかった。


「…………私はあなたを救えなかったのね」


 少女は目元に涙を浮かべてそうつぶやいた。大好きな一人の少年をこの世界に巻き込んでしまった。その後悔が彼女を包み込んだ。


「…………」


 老人はゆっくりと手を伸ばす。与えられた役割に従うように。


「…………」


 少女の目の前まで老人の手が伸ばされた。その手で針を刺すのだといばら姫は怯えながら目を閉じた。


「………………?」


 しかし、いつまでたっても痛みはなかった。おかしいと感じた少女はゆっくりと目を開く。

 目の前には老人となったシツジの手が伸ばされていたままだった。


 彼の手元には針はなかった。彼の手元にあったのは……


「あ…………」


 少女はしわしわになった彼の手に乗っていた()()()()()()()()()を見て言葉を失ってしまう。老人は変わらず無言のまま少女を見つめていた。


「…………約束、覚えていたの……?」


 少女の瞳から大粒の涙がこぼれた。姿は変わっても、記憶が失われても目の前のシツジはいばら姫の事を思い続けていたのだった。


「…………ばか、本当にばか」


 少女は涙を流しながら老人の手をやさしく握り返した。


 これは本来物語の中では決して語られない二人だけの大切な約束だった。



 やがて少女は自らの意思で糸織り木についていた針に手を伸ばした。


 血が垂れると同時に突如大量のいばらが二人の間から現れる。いばらは部屋から飛び出し、瞬く間に城を覆いつくしていく。



 そして城に住むすべての人間は深い眠りについた。


 城の人間が目を覚ますのは100年後、それまで物語は長い休止をむかえる。





 城の一室、東の塔の最上階にはとても美しいお姫様が眠っていた。お姫様の手にはいつまでも、いつまでも4つ葉のクローバーが大切に握られていた。

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