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第119話 嫌われ者の魔法使い

 老人は自身の正体を惜しげもなく二人にさらした。いばら姫は驚きの声を上げ、シツジはその正体からつい先ほど彼が一体何をしようとしていたのかを瞬時に理解して再び青ざめた。


「いばら姫はまだ15歳になっていない。それなのになぜあなたは今彼女に針を刺そうとしたのですか!」


「……え?」


 針の正体に気づいていなかったいばら姫はシツジの言葉を聞いてつい先ほどとは違う驚きの反応を示す。一方の魔法使いを名乗った男はうろたえる様子はなかった。


「………なぜ、か」


 男は数秒の沈黙ののちに体を震わせ始めた。


「耐えきれなかったから……それが回答になるな」


「耐えきれなかった?」


 シツジは老人の言葉を理解することができずに疑問の形で言葉を返す。


「この世界の王様はとても厳格な人でね……物語を進めることに対して誰よりも徹底的に取り組んでいた」


 王様というのはいばら姫の父親であることは子供である二人でもわかっていた。厳格という単語に対していばら姫はわからないといった反応だが、シツジはなんとなく彼の言葉の内容をくみ取った。


「先ほども言ったが、私に与えられた役割はいばら姫に呪いをかける魔法使いだ。正確には「頁」に書かれた私の役割は「嫌われ者の魔法使い」でね」


 老人は自身の体内から1枚の「頁」を取り抱いて見せつける。彼の言う通りそこには「嫌われ者の魔法使い」と書かれていた。


「王様は私の扱いに関しても一切の妥協は許さなかった……与えられた役割の通りになるために、この世界のありとあらゆる人々によって私を迫害するように仕向けた」


 途中から話の半分以上理解することが追いつかなかったシツジを無視して老人は手に持った自身の「頁」を握り締めながら語り続けた。


「私はね……城はおろか、隣の国に住むことさえ許されなかった……この10年、森から出て人に見つかれば死なない程度に暴行を受けたものだ」


 老人は覆われたローブの中から一部の肌を二人に見せつける。そこには見ているだけでも痛みが伝わってくるような打撲や切り傷の跡が無数にも広がっていた。


「私はいばら姫に呪いをかけた魔法使いだ……人々から嫌われるのは仕方がない……だが、いくらなんでも限度というものがあるだろう?」


 傷にまみれた肌をローブの中に隠した老人は二人へと問いかける。


「物語を完結させることは大切だ、それは私でもわかる。だが、君のお父さんは常軌を逸している、なぜ私に対してここまで非常な仕打ちをする?」


 老人の目が見開く。もうほとんど彼の言葉を理解できていない二人であったが、男の様子とつい先ほど見せた体の様子からただただ恐怖の感情に子供たちは包まれてしまう。


「もう私は限界なんだ……これ以上この仕打ちを続けられたら頭がおかしくなる……だからそうなる前に……」


 老人は一歩こちら側に近づいてくる。


「私の最後の役割である、いばら姫に呪いの針を刺そうと思う」


 老人はそう言って隠していた針を大胆に見せつけながら二人のほうへと距離を詰めた。


「ひっ……」


 いばら姫は老人からの殺意を感じ取って体を震わせた。


 常識的に考えればまだ15歳になっていないいばら姫に針を刺しても物語は進行するとは思えない。しかしそんな当たり前のことを考えられないほどに魔法使いの男は追い詰められていた。その事実だけは狂気を放つ老人の姿からシツジも肌で感じ取っていた。


 老人がいばら姫めがけて針を振り下ろそうとする。少女はおびえて眼を閉じていた。このままではいばら姫が刺されてしまう。


「………っああああ!」


 シツジは大声を放って恐怖を抑え込むといばら姫の目の前にまで迫っていた男目掛けて勢いよくたいあたりをかました。油断していたのかそもそも視界に入っていなかったのか、シツジの攻撃は見事に老人に直撃し子供とはいえ全力のタックルを受けた老人は横に吹き飛んだ。


「……ターリア!」


 間髪入れずにこの場から離れようといばら姫を引き連れて逃げようと彼女に手を伸ばす。


「あ………あ」


 しかし彼女はその場にぺたりと座り込んでしまう。あまりの恐怖に腰が抜けてしまったようだ。


「…………!」


 悩む時間もないと判断したシツジはいばら姫を抱きかかえるような形で持ち上げてそのまま入ってきた穴に入り込む。背後からは老人の奇声があがった。


「……はぁ、はぁ」


 追いつかれたら今度こそ二人そろって殺されてしまう。そんな恐怖を飲み込んでシツジはいばら姫を抱えて懸命に走り続けた。


「あ……あぁ」


 いばら姫が背後を見て震えながら指をさす。シツジも一瞬だけ後ろを振り向くとそこには大量のいばらを従えながらこちらに迫ってくる魔法使いの姿がそこにはあった。


 トンネルのような形でこの穴を取り囲んでいた木々の正体はいばらであることにそこで初めてシツジは気が付いた。彼が土をかぶらずにあの場所に現れたのも魔法で周囲のいばらをどけていたのだと理解する。


「……はぁ、はぁ」


 幸い、いばらの形を変えられるのは老人の周辺までであり、前方を走っているシツジのまわりのいばらを変えてくることはなかった。それでも距離を詰められれば一巻の終わりである状況に変わりなかった。


「もう……少し!」


 前方から夕暮れの光が見えてくる。もう間もなく出口だった。


 ここまで駆け抜けていたシツジの体はいばらに擦り減られて傷だらけになっていたがそれでもいばら姫の体には傷一つ追わないように最大限の配慮を続けていた。


「……っあ!」


 その意識があだとなってしまう。出口まで残り数メートルのところでシツジは地面に転がっていた石に躓いて体制を崩してしまった。


「………!」


 それでも彼女だけは守り通そうとシツジは自身の体が下になるようにして彼女をかばいながら地面へと倒れこむ。


「ターリア、出口はすぐそこだ、君だけでも逃げて!」


 この距離であれば腰が抜けていても手で這えばすぐに出口にたどり着ける。そうすれば兵士たちが彼女をかばってくれるはずとシツジは考える。


「でも……」


「僕はいいからはやく!」


「でも……でも……」


「ターリア!」


 震える彼女の名前をシツジは叫ぶ。その大声に彼女は体をびくりと跳ね上げる。シツジの覚悟をくみ取ったいばら姫は目に涙を浮かべながら出口へと向かった。


「おぉお……おおおおおおお!」


 背後から迫った魔法使いにシツジは勢いよく踏まれる。体には周囲のいばらが食い込み完全に身動きが取れなくなる。魔法使いはシツジの事など見向きもせずに逃げたいばら姫の後を追った。


「ターリア……君だけでも……」


 意識が途切れかけたその時、まるで魔法が解けたように突然周りのいばらが消え去った。


 その変化に驚き視線を出口のほうへとむけるといつのまにかトンネルのような形をしていたいばらすべてがなくなり、出口があったはずのそこには立ち尽くした魔法使いとその先に何人もの人影が見えた。


「あ……あぁ」


 その背後からでも老人が怯えているのがわかった。その先にいったい誰がいるのか、その声を聴いてシツジは把握する。


「貴様……これはいったいどういうことだ?」


 そこにいたのはこの国の王であるいばら姫の父親だった。


 昼間の二人だけではなく、いばら姫の父親と魔法使いを囲むようにして城の兵士たちが大量に居合わせていた。


「…………わ、わた、わたしは……」


 カタカタと全身を震わせてまともに言葉を話せなくなった老人に対して王様は手に持っていた剣で勢いよく薙ぎ払った。


「……がっ」


 魔法使いは吹き飛ばされる。王様は冷たい表情で吹き飛ばした魔法使いを見終えるとくるりと方向を変えて歩き始めた。


「……シツジ!」


 王様と入れ替わるようにしていばら姫がシツジのもとへと駆け寄った。


「……ターリア大丈夫?」


「私は大丈夫!それよりもあなたのほうよ!」


 涙を流しながらターリアはシツジを起き上がらせようとする。少女の力では少年といえど一人の男を立ち上がらせることができず、周りにいた兵士の力を借りてようやくシツジは体を起こした。


「ごめんなさい、私が……私がわがままをいわなければ……」


 いばら姫は泣きながらシツジに謝罪を述べた。


「ターリアは何も悪くないよ……四葉のクローバーも結局見つけられなかっ……た」


 そこまで言ってシツジは意識を失った。崩れ行く意識の中で目の前の少女は何かを言っていたが言葉を聞き取ることはできなかった。



 何はともあれいばら姫の身の安全は確保され、この件はこれにて終幕するとこの場にいる誰もが思っていた。




 ただ一人、この世界の完結を望んだ男を除いて……


 次の日、王妃が原因不明の急死を迎えた。そしてこの日を境に物語は二つの意思によって大きく動いていくことになった。

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