第118話 おてんばいばら姫
「シツジ、こっちよ!」
「待ってください!」
梯子を下りて城の外に出たいばら姫はすぐに駆け出した。慌ててシツジと兵士は追いかける。少女の足ということが幸いして男たちが見失うことはない。
それはあくまで開けた場所だからである。
もしも茂みの中に入られて一度でも見失ってしまうと見つけるのは至難の業になってしまうと追いかける側はひやひやしていた。
「お姫様、まってください!」
「王妃様の命令を思い出してください!」
兵士たちは息を切らしながら大声でいばら姫を呼び止めようとする。兵士とはいってもそれはあくまで世界に与えられた役割であり、普段から鍛錬をしっかりと積んでいなかった兵士たちではお転婆ないばら姫を捕まえることはできず、ついていくだけで精いっぱいだった。
「ターリア、兵士たちとの距離が離れている、少し歩こう」
「シツジがいるから大丈夫だよー!」
いばら姫は笑いながらシツジの言葉を無視して走るのをやめない。シツジのことを信頼してくれることは彼にとっては嬉しいが、それでも王妃との約束を破るわけにはいかないと思ったシツジは困ってしまう。
「そんな速度で走って探し物は見つかるの?」
「わからなーい!」
いばら姫は笑顔でシツジのほうを振り向きながら答えた。今の彼女にとっては目的である四葉のクローバーを探すよりも城の外で自由になれたことが勝っているようだ。今の彼女には何を言っても止まってくれないことをシツジは理解する。
「……あら?」
そう思った矢先にいばら姫はぴたりと動きを止めた。チャンスと思いシツジは彼女の腕をつかんでその場にとどめようとするがいばら姫は再び動き出す。整備された道から外れて大人では入ることができないような茂みの中へ前かがみの姿勢になって入って行ってしまった。
「……な」
唖然としてしまうシツジのもとに肩で息をしながら兵士の二人が追いついた。
「はぁ……はぁ、シツジ、姫はどこに?」
片方の兵士の問いに対してシツジは彼女が入っていった穴のような道を指さす。
「ま、まさかこの奥に入られたのか?」
「お姫様、お戻りください!」
兵士がかがんで穴の奥へ大声をむける。
「えー、なんでー?」
穴の遠いところからいばら姫の声が聞こえてくる。その無邪気な返答からおとなしく戻ってくる気配はなかった。
「……これはまずいぞ」
「このままではお姫様のみに何か危険が及ぶかもしれない……そうなれば我々は」
「……ボクが彼女を連れ戻します」
兵士たちがおびえている姿を見てシツジは口を開く。
「すまないが、よろしく頼む」
兵士の言葉を背にシツジはいばら姫が入っていった穴の中へと潜る。子供であるシツジですら少し姿勢を低くしなければ入ることができなかった。
「ターリア、待ってくれ」
シツジは大声で呼びかけるが今度は返事が返ってこなかった。それだけ遠くに行ってしまったのかと危機感を覚えたシツジは穴の奥のほうへと駆け出す。
しばらく走るとと日の光が奥のほうから見えてきた。姿勢を正した状態でも動けるような場所にたどり着いたシツジはようやくいばら姫を見つける。
「ターリア!」
すぐに彼女のもとへと駆け寄ったシツジは逃がさないようにいばら姫の手を握り締めた。
「兵士たちが心配してる、すぐに戻ろう」
「でもみて、ここにはたくさんのクローバーがあるよ!」
いばら姫は地面を見ながらそう言った。シツジも足元を確認すると彼女の言う通り確かにたくさんのクローバーが咲いていた。彼女の当初の目的である四葉のクローバーはここにあるかもしれなかった。
「それでも王妃との約束を破るのは……」
「少しだけよ、お願い!」
「……少しだけですよ」
シツジの手をつかまれたままのいばら姫は両手を合わせて懇願してくる。シツジはあたりを見回してほかに人気がないことを見てから溜息を吐くと彼女のお願いを承諾した。
「シツジも一緒に探すのよ!」
「わかってるよ」
いばら姫とともにシツジは地面に咲き誇っている大量のクローバーの中から4つばのものを探し始めた。
◇
いくら執事としての役割を意識していたシツジといえど、まだいばら姫と同い年であり、子供であった。いつしかいばら姫とクローバーを探すことに夢中になってしまい、日が暮れ始めてようやく時間が過ぎていたことに気が付いた。
「いつの間に……ターリアさすがにもう帰ろう!」
シツジに腕をつかまれたいばら姫は最初駄々をこねたが、シツジの真剣な表情に諭されてその場から離れることを決意した。
「兵士の人たちがいるところまで追いかけっこしましょ!」
いばら姫はシツジの手を振りほどくとシツジのほうを見ながら穴のほうへと走り始めた。
数時間四葉のクローバー探しをしていたとは思えないほどの天真爛漫な彼女の行動に半分呆れながらシツジが追いかけようとしたその時だった。
「いたっ」
来た道の穴に入ろうとした直前にいばら姫は何者かにぶつかってその場にしりもちをついてしまう。
そこに立っていたのは全身をローブで包んだ大人だった。
「いつの間に……」
シツジの第一の感想はその一言だった。いばら姫の事を目で追っていたシツジの視界には当然彼女の向かっていた穴まで見えていた。しかし、男がいつ現れたのかシツジは視認することができなかった。
そしてすぐに二つ目の疑問が沸き上がる。あの大人はいったいどこから現れたのか。この場所に通じる道は見た限りでもあの小さな穴1か所しかない。つまりはあの大人は子供でも通るのに少し苦労する穴を匍匐前進の姿勢で進み続けたということになる。
「…………」
突如現れた大人は無言で転んでしまった彼女を助けるためか、いばら姫に手を差し出した。
その姿を見てシツジは違和感を抱き、すぐにその原因を理解する。
彼女に手を差し伸べている大人の服にはどこにも土ぼこりが付いていなかった。
顔をローブで隠した大人の服装を見てシツジに戦慄が走る。あの大人は何かおかしいと。
「……ターリア!」
シツジは全力で彼女のもとに駆け寄り、怪しげな大人の手と彼女の手が触れる前にいばら姫をシツジのもとへと抱き寄せた。
「きゃ」
突然シツジに引っ張られて驚くいばら姫と裏腹に目の前の男は微動だにしなかった。
「……?」
シツジは手を伸ばしたまま動かない大人の手に何かがついていることに気が付く。
手元をよく観察し、その付着物が何かを理解したシツジは顔を青ざめて言葉を失ってしまう。彼女に向けて伸びた手についていたのは《《銀色の針》》だった。
「何者だ!」
いばら姫をかばうように前に出ながらシツジは男に叫ぶ。男はゆっくりと手を引っ込めるともう片方の手でフードを外して素顔を明かした。
大人の正体はシツジたちが見たことのない白髪の老人だった。
「……君たちは私のこの顔を見てもわからないだろう」
老人は口を開く。つい先ほどいばら姫に危害を加えようとしていたこともありシツジは常に警戒の体制で老人の一挙一動を見ながら彼の言葉に耳を傾けた。
「私は君に……いばら姫に呪いをかけた12番目の魔法使いさ」




