第113話 能力の代償
「あら、ワーストさん」
お城の中を歩いていると今度はマロリーと遭遇する。
「お姫様と会われたのですか?」
グリムが歩いてきた方角を見てマロリーが尋ねてくる。
彼女の質問に「そうだ」と一言で肯定した。
「……マロリー、少し話してもいいか」
「えぇ、構いませんよ」
体調のすぐれないサンドリオンの事を考慮したグリムはもう少し別の場所で時間を費やそうとしていた。マロリーと話せるのは都合がよかった。
「いばら姫も可愛らしい方ですよね」
マロリーがグリムの横に並んで城の中を歩きながら会話をする。
「そうだな」
いばら姫よりも見た目の年齢的には幼いマロリーが彼女の事を可愛いというのは不思議な気持ちになるが、どことなく大人びた彼女によって違和感はなかった。
「マロリーのその能力は……生まれついて持っていたものなのか」
「おそらく……そうだと思います」
彼女の回答は曖昧なものだった。
「ある日、「白紙の頁」の人間に触れた時、私の手はその者の持っている「頁」に触れることが出来ました。そして私の指で「頁」に文字を書くことが出来たのです」
マロリーの話を聞く限りだと最初に能力が発動したのは偶然のようだった。それはグリムが他者の「頁」を取り出した時と酷似していた。
「私はワースト様のように他者の役割を自身に当てはめることは出来ません。けれど役割を持たない人間に対して何かしらの役割を与えることが出来ます」
与えると聞いてローズの言葉を思い出す。彼はグリムの能力を「奪う能力」と言った、それに対して彼女の能力は「与える能力」だった。
人の命を奪ってしまうグリムの力に対してマロリーの力は命を奪うものではなかった。あの細柄な騎士が言ったセリフは実際グリムにはかなり応えていた。
「ただ……本音を言うと私はこの能力を極力使いたくはありません」
「…………そうなのか?」
少女は憂いの顔で話す。グリムが気になって彼女の顔を見るとマロリーは更にグリムと距離を詰めて衝撃の事実を告げる。
「私の力で「頁」を書き換えられた人間は《《記憶を失う》》のです」
「記憶を失う……?」
グリムのオウム返しを聞いてマロリーは視線を下に落とす。
「新しい役割を書かれた人間は与えられた役割に沿った容姿に変わります……代償として「白紙の頁」の時の記憶が無くなります」
「…………王様やいばら姫はその事実を知っているのか?」
グリムの問いにマロリーは「はい」と力なく答えた。
最初彼女の「役割を与える力」を聞いた時、グリムは優れた能力と思っていた。
しかし、その代償を聞いた今となってはその感想も覆りかねなかった。
いばら姫は城の外で出会った時にシツジの事を「今の彼」と言った。
愛する相手が記憶を失い、容姿も変わってしまう事を受け入れられなかったいばら姫はグリムにシツジを逃がすようお願いしたのだ。
「ローズはこの能力の事を与える能力と称していましたが、私はそうは思いません……」
他者の「頁」を取り出し、命を奪う代わりにその役割を自身に与える事が出来るグリムに対してマロリーは他者の「頁」に役割を与える代わりにその者の記憶を失ってしまう。
他者から「頁」を取り出す力をあまり好んではいなかったグリムと記憶を失ってしまう力を好いてはいないようマロリーは似たような境遇だった。
彼女がこの世界でたまに悩んだような顔をしていた。その理由が分かった気がした。
「けれど……今回は私も世界の為に頑張ろうと思ったのです」
言葉をいったん区切ると、マロリーは笑いながらグリムの方を見る。
「今の私の意思は二人の影響なのですよ」
「二人?」
「あなたとローズです」
ローズと言う言葉を聞いてグリムは反応に困ってしまう。彼女もグリムと彼の関係が良くない事は分かっているはずである。それでも彼の名前を出したのには理由があるようだった。
「もう一人の騎士には言うなと言われましたのであまり詳しくは言えませんが、彼も生まれ育った世界でずいぶんと苦労したのですよ」
「確か……アーサー王伝説だったか」
銀髪の騎士との会話の中で彼らの生まれ育った世界がどこかについてグリムは知っていた。
「彼は物語を完結させる為に努力を続けていました。結果的にそれが裏目になったのですが……」
「裏目に……?」
マロリーはそれ以上答えようとはしなかった。顔を上げたマロリーは青色の瞳でグリムをまっすぐに見つめた。
「あなたは物語の中で本来救われないはずだった者の為に努力を重ねていた……その姿を私は本を通して知りました。外の世界から来た者でも誰かを救う為に頑張れる。その美しさに私は感化されました」
「だから……この世界で役割を与える能力を使うんだな」
「そうです。今度は私の力でこの世界を救って見せます」
マロリーは手に力を込めて意気込んだ。
物語と人々を救う為にシツジという少年に欠けた役割を与えようとしている彼女に悪意は決してない。グリムはいばら姫の願いを聞いていなければ彼女に賛同し、協力すらしていたかもしれなかった。
「…………俺は一度部屋に戻るとするよ」
「分かりました。それではワーストさん、またどこかで」
マロリーに手を振ってその場から離れる。彼女の意思といばら姫の願いは相反するものであり、これ以上彼女と会話するのは危険であると本能的に感じ取ったグリムはその場を後にした。
王様に言われたグリムとサンドリオンに用意された部屋にグリムは訪れた。
サンドリオンは一足先にこの場所に訪れ休憩しているはずだった。
「……扉が開いている?」
部屋の前に兵士はおらず、グリム達の為に用意されていた部屋の扉は空いたままだった。
体調の優れないサンドリオンが扉を閉め忘れたのかと思ったグリムだが、部屋の中に入るとすぐにその理由を把握する。
「………っ!」
部屋の中にはベッドの上で横になっているサンドリオンとその目の前にはローズが立っていた。
グリムは二人の元へ即座に駆け寄るとローズの肩を掴む。
「何をやっている!」
「……誰かと思えば、あなたですか」
ローズはグリムを見るなり不敵に笑った。
「私はただ彼女の看病をしていただけですよ」
「何?」
「グリム……彼の言葉は本当……よ」
顔色の優れないサンドリオンが横になったまま答える。口調は変化した状態のままだった。
「倒れた彼女を放置してこの世界のお姫様に会いに行った人間とは違うのですよ」
「………」
ローズの敵意を含んだ言葉に対してグリムは返す言葉を思いつかずに詰まってしまう。
「……その手を放してもらえますか?」
ローズの冷ややかな視線がグリムの手に送られる。グリムは無言のまま手を放した。
「私は失礼します。お大事にしてください」
サンドリオンにむけてローズは笑顔を向けると立ち上がり、部屋を後にした。
「……彼とはあまり友好的ではないのね」
「……そうだな」
サンドリオンから視線を外してグリムは答える。
「私、この部屋の前で倒れてしまったの、でも彼がここまで運んでくれたの」
「……そう、なのか」
シンデレラや赤ずきんの世界でローズが魔女や狩人に何をしたのか頭によぎり、つい感情的になってしまったグリムは反省する。
「お姫様にあったの?」
「そうだ」
先ほどの会話からサンドリオンはグリムが何をしていたのかを理解して会話を振る。
「いばら姫はどんな子だった?」
「活発的で……想像とは違ったな」
城の外にカーテンをつたって降りてきた彼女を思い出したグリムは感想として一言目を、そしてその後彼女から言われた言葉を思い出して後者の感想をサンドリオンに伝えた。
「なによその感想」
「まだ体調がすぐれないんだろ、寝てろ」
「……そうさせてもらうわ」
グリムの言葉を聞いて彼女は笑い、毛布をかぶり直す。顔色はまだ良くなかった。
彼女の事を案じたグリムはいばら姫からの頼みを伏せることにした。
グリムはその場から離れると部屋を出る。既にローズは近くに姿はなかった。




