第112話 執事とターリア
「マロリー殿とは会えたかね」
玉座の間に着いたグリムは王様と会話をする。
「我が娘から先ほど新しく来訪した「白紙の頁」の人間に会いたいと連絡を受けたのだが、もしそなたたちがよければ西の塔にいる娘に会いに行ってほしい」
王様の言葉に頷いたグリムは玉座から離れていばら姫のいる西の塔へと向かう。彼女の手はず通りに直接会うことが出来そうだった。
「こちらがお姫様のいる部屋でございます」
西の塔にたどり着くと警備していた兵士が説明をしてくれる。
「王様から聞いています、どうぞ中へお入りください」
兵士は言い終えると扉をゆっくりと開いた。
「失礼する」
扉の中に入るとそこは東の塔、マロリー達が滞在している場所と同じくらいの広さの部屋だった。
部屋の中を見回すとぱっと見ただけでは誰もいないように思えた。兵士はグリムが部屋に入ったのを確認すると部屋の外に出て扉を閉めてしまう。
「いばら姫、いないのか?」
グリムの声に対して言葉は帰ってこなかった。部屋の奥の方まで歩くと外へ出るための扉を見つける。テラスに繋がる扉かもしれないとグリムはその扉を開いた。
扉を開けると予想通りテラスに繋がっていた。そこには日傘の下、椅子に座る少女と給仕している少年、シツジの姿があった。
少年はグリムの顔を見ると少し驚いた顔をするがいばら姫の方はグリムを見るとゆっくりと椅子から立ち上がった。
「大丈夫、彼を呼んだのは私です」
シツジにそう言いながらいばら姫は流れるように部屋の中へと入っていく。その後を慌てて追うようにシツジが入り、グリムも戻って扉を閉めた。
「ターリア……いえ姫、どうして彼をこの場に?」
「新しく外から来た人間に興味があったのです。それよりシツジ、紅茶が切れてしまいました。新しいものを給仕室から持ってきてくれるかしら」
「わ、わかりました」
いばら姫に言われてシツジは慌てて部屋を出ていき、頼まれたものを取りに行った。
「ターリアというのは……」
「私のもう一つの名前みたいなものです。この名で呼ぶのは彼だけですが」
いばら姫は照れ臭そうに話す。
「おほん……さて、本題に入りましょうか」
わざとらしい咳払いをしたいばら姫は弛緩した表情からキリっと落ち着いた顔に戻る。
「私が15歳の誕生日を迎えるのは10日後です、それまでに彼を連れ出してほしい」
「約束に従うなら彼はいつこの世界を出るつもりなんだ?」
「この国がいばらで包まれる誕生日の日の前日……のはずです」
いばら姫に呪いがかかると同時に国中がいばらに浸食される。シツジがその被害に巻き込まれるのを防ぐ意図が考えられた。
「城の中では父様の命令でマロリーさんが来た頃から常に兵士がシツジを見張っています。加えて父様からは絶対にシツジをこの国から出さないようにと命令されています」
いばら姫の言葉を聞いてグリムは初めてシツジと出会った際の状況を思い出す。
「待ってくれ。この世界に来た時、俺は城の外で彼と出会った」
「それはおそらくこの城の領地だったのでしょう。この城の領地内には境界線は存在しません……なので兵士も彼を捉えなかった」
あの時リオンが人の気配を感じる言っていた。どうやら城の兵士の気配に気づいていたようだ。グリムは騎士の世界で鍛えられた彼女の察知能力はなかなかのものであると感心する。
「シツジに魔法使いの役割を与えられるのは私が誕生日を迎える前の日です」
「それまでに彼をこの世界から逃がさなければいけないわけだ」
その通りです、といばら姫は肯定する。
ただ国の人々から隠れて彼をこの世界から連れ出すだけなら魔女の「頁」を利用してシツジを別の姿に変えることが可能な今のグリムには容易であった。
しかし、この世界にはグリムとサンドリオン以外に外から来た「白紙の頁」の所有者であるマロリー、銀髪の騎士……そしてローズがいる。前の二人なら何も影響はないが、問題はローズである。異常なまでにグリムに対して敵視している彼がいる中で魔女の姿になれば間違いなくグリムに問い詰めるだろう。
「加えてシツジには真実を伝えないようにする……か」
この点がシツジをこの世界から逃がすうえでも問題点として挙げられた。彼が同意してくれるのなら、いばら姫の願いを叶える難易度がいくらか下がったはずだった。
「くれぐれもマロリーさんの能力はこの世界の人々に他言無用でお願いします。彼に伝わってしまう可能性がありますからね」
いばら姫の言葉を聞いてグリムは思案するが、すぐに対応策は思いつきそうになかった。
「この世界の人々を頼ることは出来ません……私にできることがあれば何でも言ってください。そして彼をどうかよろしくお願いします」
深々といばら姫が頭を下げる。グリムはすぐに顔を上げるように促す。
今すぐに解決法が思いつかばない以上、いったんサンドリオンと相談しようとグリムは入ってきた扉から出ようとする。
「入ります」
扉の奥から声が聞こえてきたのでグリムは扉を開ける。するとそこにはティーカップとポットを乗せたお盆を手に持ったシツジの姿があった。
「あれ、グリムさんはもう帰られるのですか」
「あぁ、いばら姫とは会話もできたし、いったん俺はここを出るよ」
シツジは「そうですか」と少しだけ残念そうな顔をする。用意していたティーカップの数は2つ分であり、おそらくいばら姫とグリムの分を用意してくれていた事に気がつく。
「もし俺の分まで持ってきてくれてたのなら、俺の代わりに彼女と飲んでくれ」
グリムの言葉を聞いてシツジはグリムといばら姫の顔を交互に見る。
「グリムさんの言葉に甘えましょう。私一人ではとてもその量は飲み切れないわ」
いばら姫の言葉を受けてシツジは分かりましたと去り際にグリムに一瞥しながら彼女のもとへと向かった。いばら姫の顔を見るとわずかに頬を紅潮させて嬉しそうに向かってくるシツジを見ていた。顔を見ることは出来ないがおそらくシツジも同じような顔をしているのだと後ろ姿から何となく想像がついた。
二人の時間を邪魔してしまうのも悪いと思ったグリムはすぐに扉から出ていった。




