第109話 いばら姫
グリムは手に取った本を読み始める。それぞれの頁にはイラストと共に物語のあらすじの大雑把なものが記載されていた。
しばらく頁をめくるとそこには顔の映っていない狩人の姿が描かれていた。
「これは……」
「狩人の「頁」を持った人間は物語の完結までこの赤ずきんの世界にいませんでした。それゆえに狩人の部分はぼやけて描かれています」
サンドリオンが読んでいるシンデレラの本を見るとシンデレラに魔法をかける魔女の顔が同じように描かれていなかった。
「本来であれば物語の中で主要な役割を与えられた人間がいなくなれば物語は完結しません。しかし、この2冊の世界に関しては少々特殊ですね」
特殊というのはグリムによる影響を指しているのはわかっていた。
グリムが二人の「頁」を取り出したことによって魔女と猟師は完成された本の中で存在が定かではなくなっていたのだ。
グリムは赤ずきんの本を読み終えると視線をもう一度サンドリオンに向けた。
赤髪の女性ははシンデレラの世界の絵本を丁寧にじっくりと読んでいた。
声をかけるのもためらわれた為、本を閉じたグリムは席を立つ。
「外に出てくる」
マロリー達を背にグリムは扉を開けて出て行った。
◇
お城の中を歩いているとグリムは人々の視線が気になった。主要な役割を持った人物以外はこの世界の崩壊を防ぐための具体的な方法を知らされていない。
それでも王様からはもてなすように言われているせいか懐疑的な視線を感じ取れた。
話せる相手も特にいないグリムは気が付けば城の入り口まで来ていた。
城の外はアーサー王伝説の世界のキャメロットと比較するとすぐに森が広がっている。城から出てしまうと人が生活している場所はほとんどないように見えた。
「どうするかな……」
来た道を引き返そうとすると視界にローズが入る。このままでは出くわしてしまい、面倒な状況になりかねないと判断したグリムは仕方がなく城の外へと出て行った。
◇
城の外は木々が生い茂り、城の周辺は最低限舗装されている。
この道を進み続ければおそらくいばら姫が眠りについた後100年後出会う王子様の国につながると考えられた。
流石にそこまで行く気はないグリムは城の外壁に沿って歩き始めた。
◇
「そこに誰かいるの?」
マロリー達がいるお城の東側とは反対の西側の塔まで歩くと女性の声が聞こえてくる。
上を見上げると金髪の女性が塔の一室から顔を出していた。グリムはこちらを認識できるように手を挙げた。
「あなたは……誰?」
「俺はグリムワースト、外の世界から来た人間だ」
グリムの自己紹介を聞くと女性は一度部屋の方に戻り、窓からいなくなった。
「…………?」
自己紹介を無視されてしまったのかとその場を離れようとした直後、女性は再び姿を見せるとこちら側に向けて長い何かを投げてきた。
地面につくギリギリのところでそれは止まった。何か確認するとどうやら布を何箇所かで結んでロープのようにしたものだった。
「まさか……」
グリムが予想した通り、金髪の女性は降ろした布のロープをつたいはじめた。
「……!」
想像通り、女性の重みに耐えられなくなったカーテンの布が千切れて少女が背中から落ちてくる。
グリムは抱きかかえるような形で落ちてきた女性を受け止めようとする。
「………っ」
落下場所がそこまで高くなかったのが幸いしてなんとかけがを負わせずに女性の安全を確保した。
「ご、ごめんなさい……ありがとうございます、大丈夫ですか?」
女性は慌てた声でグリムに話しかける。
「なんとかな……」
ゆっくりと女性を地面におろすと目の前の女性は不安そうにグリムを見てくる。
心配をかけないように手を振って大丈夫と返した。
「私いつもはやとちりでシツジやいろんな人に迷惑をかけてしまって……」
目の前の金髪の女性はあわあわと言葉を漏らす。
その中に役職なのか、それとも名前なのか気になる単語が紛れていたことに気が付きグリムはピタリと動きを止める。
「君は……?」
「申し遅れました、私いばら姫といいます」
両手でドレスをつまみ、淑女のお辞儀をしながら目の前の女性は名前を名乗った。
「いばら姫……この世界の主人公か」
いばら姫。また別の名をねむり姫。シンデレラや赤ずきんと同じように世界と主人公が同じ名前を持っている。主人公が生まれたタイミングから物語が始まる世界でもある。
その容姿は少女でありながらも一人の女性として見られてもおかしくない淑女のような雰囲気を纏っていた。……つい先ほどカーテンを使って城から飛び降りようとするところを見ていなければの話にはなるが。
金髪の少女は真剣な表情でグリムをまっすぐに見つめてくる。
「グリムさんは外の世界から来た方ですよね?」
「あぁ、そうだ」
「あなたにお願いがあるのです」
「お願い?」
なぜ少女が危険を恐れずに城から抜け出そうとしたのか。その理由はすぐ明らかになった。
「シツジを……この世界で生まれた「白紙の頁」の所有者をこの世界から連れ出してほしいのです」
いばら姫からのお願いはグリムにとって予想しないものだった。
そしてこれがグリムと他の「白紙の頁」の所有者の運命を大きく変えていくものになるとはこの時、まだ誰も知る由もなかった。




