第108話 頁を束ねし一冊の本
「これは……グリムと私?」
サンドリオンも困惑した様子でその頁を見つめていた。
「あなたの存在にも興味はありますが、ひとまずは置いておきましょう。ここに映っているのは間違いなくグリムです。そしてこの本のタイトルは……」
ローズは開いていた本を閉じて表紙を見せる。そこにはガラスの靴を履いた少女と共にこの本のタイトルが書かれていた。
「『シンデレラ』……まさかこの本は……」
「そう、あなたが以前訪れた世界の物語が形になったものです」
赤ずきんの世界でマロリーは物語が完結すると1冊の本になると言っていた。この本はまさにそのことを指しているのだろう。
物語が完結すると楽園に1冊の本が生まれる。嘘だと断言するつもりはなかったが、まさか本当に存在するとも思っていなかったグリムはまじまじと本を見つめた。
「私が言いたいのは、なぜ物語に関係のないあなたがこの本に描かれているのか、もっと具体的に言うのなら部外者であるはずのあなたがなぜ物語を書き変えているのか、私には納得がいかない!」
「本来、1冊の本になった時、そこに描かれるのはその世界で終幕を迎えた人間達だけになります……しかし、ごくまれにその世界の人々の思いが強く描かれたものが形になる事があります。こちらはその最たるものになりますね」
憤るローズとは対照的に冷静な声でマロリーはシンデレラと書かれた本について説明をする。
「あなたはこのシンデレラの世界で自分勝手にも意地悪なシンデレラの姉の為に魔女から役割を奪った」
「それは……」
ローズの告げた事実にグリムは何も返せなくなる。
「物語の中で役割を終えた魔女ならば世界に支障がないとでも言いたいのですか?わかっていますよ、あなたの行動は全てこの本に書かれているのですからね」
「!」
ローズは本を叩きながら言葉を続けた。なぜ彼がグリムの能力について知っていたのか。それはグリムが訪れたシンデレラの世界についてまとめられたあの本を読んだからに違いなかった。
「役割を終えた人間なら命を奪ってもいい」
「それは違う!」
グリムは否定する。あの世界でグリムは確かに似たような台詞を言っていたが、決して命を奪うことにためらいがないわけではなかった。
「えぇ。違いますよね、正確には……あなたにとって物語は関係がない」
細柄な騎士はそう言いながら手に取っていたもう1冊の方の本を開く。
そしてまたある1ページを見開いてグリム達に見せつけた。
「赤ずきんの世界ではまだ物語の中で役割を持っていたはずの狩人から「頁」を奪い取り、あなたは狩人の代役を演じた」
そこに映って居るのは狩人の格好をしたグリムが涙を流しながら寝ているオオカミのお腹を切り開いて赤ずきんと祖母を救い出しているところだった。
「あなたにとって世界などどうでもいい」
「……そんなつもりではない」
「ならばなぜあなたは平気で他者の「頁」を……人の命を奪うのですか?あなたがやっていることは死神と同義です」
死神とは多くの世界の人々の間で噂されている、他者の「頁」を奪い取り、意図的に物語を終わらせる存在の事である。
「……それは違う」
ローズの言葉は否定された。しかし、その声の主はグリム自身ではなかった。凛とした声で彼を庇ったのは赤い髪の女性、サンドリオンだった。
「グリムは決して「死神」などではない」
「……!」
その言葉には聞き覚えがあった。シンデレラの世界、酒場でグリムの生まれ育った世界で経験した出来事を語り終えた時、リオンが涙を流しながら放った第一声と同じだった。
「何を根拠にあなたは言っているのですか?」
「それは……」
ギョロリとローズの視線がサンドリオンに移る。
「……根拠はない。ただ彼は決して死神という存在ではない、それだけは私がはっきりと言える」
「……話になりませんね」
サンドリオンの言葉に呆れてローズは手を上げながらため息を吐く。
「私はまた外を歩いてきます。死神と同席したくないですからね」
ローズはそう言って本を机に放り投げると扉から出ていった。
◇
「…………」
「……ローズが無礼な態度を取ってしまい、すみません」
細柄な騎士が出ていったのを確認するとマロリーはグリムに対して申し訳なさそうに頭を下げた。
「彼はあなたの事を強く意識しているのです」
「俺を……?」
「彼も同じ世界で物語を完結に導くために奮闘していました。しかし彼についての記載はどこにもされていません」
マロリーはそう言いながらローズが置いた本の1冊を手に取りパラパラと頁をめくる。そこにはグリムが見た王子様や魔女、シンデレラたちの姿が描かれていた。
「「白紙の頁」を持つ彼にとって役割を持った人間と物語に関わる事は憧れでもあります」
「憧れ?」
「えぇ、彼は生まれた世界では……」
「お嬢、そこまでにしておけ」
マロリーがローズの過去について触れようとしたところを今まで無言だった銀髪の騎士が遮った。
「あいつのいない場所であいつのことを好き勝手に話すものじゃない」
「それもそうですね……」
銀髪の騎士の言葉を聞き入れてマロリーはそこで話を止めた。
「……その本を読ませてもらっても?」
「どうぞ」
マロリーに許可をもらったサンドリオンが本を手に取り読み始めた。
「……俺もいいか?」
「もちろん、かまいません」
サンドリオンが読んでいない方の本を手に取り頁をめくる。そこには見覚えのある赤ずきんの少女とその母親が描かれていた。




