第103話 嫉妬
「なんだ……これは!」
ローズは一冊の本を勢いよく地面に叩きつけた。
「な、なんてことをするのですか」
叩きつけられた本をマロリーは慌てて拾い上げる。
「その本も……先ほどのもう1冊の本も、私の想定していた形とは大きく異なっている!」
息を荒らげながらローズは手に力を込めて歯ぎしりする。
「私はとても素敵なお話だと思いましたよ」
「これのいったいどこがそう言えるのですか!」
ローズはマロリーが手に持った2冊の本を睨みつけた。先ほど彼が投げた本の表紙には一人の赤いフードをかぶった少女が、そしてもう一冊の方にはガラスの靴を履く金髪の少女のイラストが飾られていた。
「どちらも物語に大きく反している!なぜ世界はそれを認めているのですか!」
「物語の大まかなあらすじには反していません」
マロリーはそう言って本の最初の頁を見せる。そこにはそれぞれの本のタイトルに書かれた作品の大まかな内容が記載されていた。
「シンデレラも赤ずきんも物語の流れには沿っています」
「だが、明らかに異物が紛れ込んでいる!」
どこからか吹いてきたきた風によってマロリーが開いていたシンデレラの本の頁がめくられる。
風がやむと本はとある1ページが開かれた。そこには魔法使いの格好をした黒と銀色の髪の男性と赤髪の女性が描かれていた。
「なぜ私の功績は記されず、あの男は描かれているのですか!」
「それは……分かりません。全ては世界が決めています」
マロリーの言葉を聞いてローズは更に憤慨する。
「私は認めない……こんなことが許されるはずがない」
長身の騎士は恨み言を告げながらその場から離れていった。
「……あなたはどう思いますか?」
これまで一言も話さなかった銀髪の騎士にマロリーは尋ねる。切り株に腰をおろしていた騎士は彼女の言葉を聞くと口を開く。
「興味ない」
「……なんであなた達は同じ世界で生まれたのにこんなにも極端なのですか」
マロリーは深いため息を吐く。片方は物語について異常なまでに興味を示し、もう片方はみじんも興味を抱かない。これまで旅をしてきても3人の意見が一致することは殆ど無かった。
「いいのか、あいつを一人にして」
「……え?」
「その二つの物語に良くも悪くも影響を与えていた一因はあいつなんだろ。そんな奴をこの世界でも放置していていいのか」
銀髪の騎士の言葉を聞いてマロリーは驚き空いた口元を隠す。
「驚いた。一応あなたも話は聞いていたのですね」
「……もしかしてバカにしているのか?」
「確かにローズは物語を完成させることを最優先に動きます」
騎士はマロリーの方を見るが彼女は気にすることなく話を続けた。
「それはあなた達が生まれた世界の出来事が影響しているのですよね?」
「…………」
マロリーの言葉を聞いて銀髪の騎士は目を閉じる。最初に生まれた世界でローズに何が起きたのか、そのあまりにも非情な結末を知っている彼は何も言わなかった。
「この絵本に映っている青年と彼の根底にある思いは同じものだと思っています。私は好きですよ?」
マロリーは無邪気に笑う。物語の中で世界に対して奔走する人々を読み解くことが彼女にとって何よりの楽しみであることを銀髪の騎士も把握していた。
「さて、私達も彼の後を追いましょうか」
マロリーはローズが向かった方へ歩き出す。銀髪の騎士も立ち上がり彼女の後を追った。
「ローズから聞いた話だと……この世界も少しだけ歪んでいますからね。与えられた役割の重圧に押しつぶされて自ら命を絶った魔法使いですか」
マロリーは銀髪の騎士に状況を確認するように話しかける。彼女の言っていることは間違っていない。騎士は無言で肯定を示す。
「あなた達はもうお姫様にはお会いしたのですか?」
「既に城の人間の大半と顔合わせは済んでいる」
マロリーが楽園に寄っている間にいつものように銀髪の騎士とローズは新しい世界にたどり着いていた。既に二人はこの世界の人々とも交流していた。
「今のままではタイトルにふさわしくないお姫様……この世界の為にやれることを尽くしましょう」
「そうだな」
騎士は城の方を見る。いまは誰が見ても普通の美しいお城。本当ならばもうすでにその形は見る影もない姿になっていたかもしれない。
ここはたった一人の人間が与えられた役割を果たさずに消えたことによって物語が崩壊を迎えうる世界。
このままではやがて灰色の雪が降り始め、世界は人々と共に消失してしまう。それまでにこの世界は完結を迎えることが出来るのか、今は誰も知りえなかった。
◇◇◇
「……超えたか」
グリムとサンドリオンはしばらく境界線を歩き続け、視界に映る景色が明らかに変わったことに気が付く。
「……もう大丈夫だ、私一人でも歩ける」
サンドリオンはそう言うとグリムの肩から離れようとする。しかしすぐにふらつくのを見逃さなかったグリムは慌てて彼女の体を手で支えた。
「言っただろ、鎧の上からとはいえ、あれだけの攻撃を受けたんだ、無理をするな」
「……すまない」
サンドリオンは申し訳なさそうに顔を下げる。グリムとしては彼女と共に無事別の世界にたどり着いたことは望んだ形ではあるが、どうにもその喜びを話す雰囲気ではなかった。
先ほどまでは灰色の雪に覆われていた世界とは変わって空を見上げると太陽が昇っている。
別の世界に来たことは間違いなかった。
アーサー王伝説の世界とは異なり、境界線を越えた先は深い森の中だった。赤ずきんの世界に近いとグリムは周りの生い茂る木々を見て感想を抱いた。
「…………誰かいる」
サンドリオンが顔を上げる。彼女の視線の先を見ると草木ががさがさと揺れ始めた。
長い間騎士として戦っていた感があったのか、グリムが気付くよりも先に彼女は何者かの気配を察知したようだった。
「……誰だ?」
グリムが茂みの方に声をかける。こちら側に気が付いたのかガサゴソと動いていた茂みはピタリと止まり、やがて一人の少年が顔を出した。
「……こんな所に人がいるなんて珍しいですね……あなた達は誰ですか?」
帽子を被った子供は不思議そうに二人を見つめてくる。
「俺はグリム、こっちの女性は……」
「サンドリオンだ」
少年に敵意がない事を確認したのかサンドリオンは警戒を解き、グリムは少年に向けて自己紹介をする。
「グリムにサンドリオン?聞いたことがない名前……もしかしてあなた達は外の世界から来た「白紙の頁」の方ですか?」
「まぁ……そんなところだ」
裏があるようには見えない少年の純粋な質問にグリムはあっさりと正体を明かす。自身が「頁」を持たない事は説明するのが面倒なのでいつも通りの返答だった。
「こちら側は名乗った、次はそちらの順番だ」
グリムに体を支えられながらサンドリオンは少年に名乗るように話す。
「挨拶が遅れました、ボクの名前はシツジ。その名の通り「執事」をやってます」
少年は服についていた葉っぱや小枝を取り払いながら丁寧にお辞儀する。
「君は執事をやることが「頁」に書かれた役割なのか?」
「いえ、違うんです」
グリムの質問にシツジと名乗った少年は手を振って否定する。そして自身の体内から1枚の「頁」を取り出し始めた。
「執事はターリアに……お姫様にやるように言われただけで本当は……僕もあなた達と同じ「白紙の頁」の人間なんです」
「頁」をシツジは取り出して二人に見せてくる。彼の言う通りその手に持った「頁」には何も記載されていない。「白紙の頁」だった。
いまこの場には世界から役割を与えられていない人間が3人集まるという珍しい事態が起きていた。
「姫、と言ったなこの世界にはお姫様がいるのか?」
「えぇ、いますよ」
サンドリオンの質問にシツジは「頁」をしまいながら答える。
「あなたたちはまだこの世界に来たばかりなのですね」
質問によってグリム達の状況を察した少年はごほんとわざとらしく咳ばらいをするとこの世界の正体を教えてくれた。
「ここは『いばら姫』の世界です」




