それから
その日を境に、千佳と由紀子は疎遠になった。学校の廊下ですれ違ってもお互いに目を逸らせてやり過ごすようになったし、千佳が朝に由紀子を迎えに行くこともなくなって、おのおのが1人で登校するようになった。由紀子の両親は、ふたりが喧嘩したことをすぐに察したが、しばらくこれには触れなかった。またすぐに仲直りするだろうと、高をくくっていたのである。ところが実際は、中学を卒業するまでずっと、仲違いしたままであった。
卒業式の時、由紀子と千佳は、実に一年九ヶ月ぶりに口を聞いた。それは、あの夜、それぞれが自分の信じる友情にこだわって、互いに譲らなかった結果、決定的かつ運命的な別れをして以来のことだった。
「おめでとう、私立うかったんだよね?」
「うん、ありがとう。千佳は、商業?」
「そう、なんで知ってんの?」
「お母さんが、おばさんに聞いたって」
「あ、そっか」
「うん」
ふたりは、なんだか理由もなくおかしくて、にこにこしていた。由紀子は県下でも有数の進学校に進学して、将来は大都市へ移り住むことが、千佳は地元の企業に就職して、そのままそこで一生を過ごすであろうことが、それぞれ決まっていた。おそらく、ふたりの人生が再び交錯することは、絶対にないだろうことが、お互いに痛いほどにわかっていた。由紀子は言った。
「ねえ、春休み、遊ぼうよ」
千佳は答える。
「うん、いいね」
それから、数秒の間、ふたりはじっとして、その場にただ佇んでいた。桜のまばらに散る校庭の、みんなの喧騒から少し離れた、静かな、少し寂しい一角だった。やがて、千佳の部活仲間が、千佳を呼びにやってきて、千佳は名残惜しそうにその場を離れる。
「じゃあ、また連絡するね」
「うん」
ふたりは、お互いに手を振って別れた。
あとはもう余談だが、由紀子が交際を断った中島くんは、スポーツ推薦でサッカー強豪校に進学し、将来を嘱望されていたにも関わらず、当時付き合っていた恋人を妊娠させてしまい、責任も取れずに中絶させたものの、結局高校も中退してしまい、行方不明になってしまったということだった。千佳は、それを知って、中学の時の由紀子の判断の正しかったことを認めずにはいられなかった。
由紀子と千佳は、その後ながいあいだ疎遠であったが、数年後に唐突に届けられた、由紀子からの結婚式への招待状で再会を果たすことになる。由紀子の夫は、職場で知り合ったという、ひとまわりも年上の、いかにも平凡な、一見冴えない中年男であったが、優しくおだやかやな感じで、不思議と由紀子との収まりも良くて、誰もが納得するようなお似合いのカップルであった。由紀子はぐっと大人っぽくなって、前よりもさらに綺麗になっていた。なんでも、すでに妊娠しているという。
千佳は、一度は就職して上京したものの、体調を崩して退職し、家でだらだらと過ごしていた時だったから、現在の自分と由紀子との差に、胸が苦しくなった。
披露宴はつつがなく進行し、やがて余興として新郎新婦の昔の写真が、感傷的な俗っぽい音楽と共にスライドショーで流されはじめた。そこには、まだ少女だった時の由紀子と千佳が、仲良さそうに肩を組んで写っている。千佳の目から、涙が溢れた。ふと見ると、由紀子がこちらを見て、ニコニコと笑っていた。