千佳の想い
千佳は、ついにいたたまれなくなって、恐る恐る由紀子の方を伺った。すると、自分に向かってまっすぐにむけられた由紀子の視線とぶつかった。とっさに目を背けた千佳だったが、由紀子の目が、もはやさっきまでの敵意を含んでいないことに気が付いた。そこで、もう一度ゆっくりと由紀子の方を見た。由紀子は、気まずそうに視線を落としていた。千佳は、今が口を開くチャンスだと思った。
「……あの、昨日、体調悪いって学校休んだけどさ……」
「……ホントは、なんかあった?」
千佳は、心臓がどっどっどっと打つのを感じた。実際は、わずか数秒の沈黙のはずだったが、その数倍も、数十倍も長いものに感じられた。由紀子は、黙ったままうつむいていたが、やがてこれに応えた。
「……なんかって?」
千佳は、由紀子のこの態度に面食らった。由紀子は、この期に及んでまだシラを切り通そうとしているらしい。千佳は、強い失望を感じた。由紀子にとって、自分は何なのだろうか? 学校を休むほど気に病むことがあったのなら、友人である自分に頼って、相談してくれて当然ではないか? 由紀子にとって自分は、所詮は毎朝迎えに来させるためだけの、召使のような存在に過ぎないのだろうか?
しかし一方で、由紀子を陥落させるには、あともう一押しすれば良いこともわかっていた。由紀子は、一見すると傲慢で薄情そうに見えるが、その実は気弱で情深いことを、千佳はよく知っていたのである。そこに付け入る隙があると思った。
「あたし……、聞いたんだけど……」
「……このあいだ、告白された?」
その瞬間、ただでさえ色白の由紀子の顔が、さっと蒼白になった。千佳はそれを見て「しまった」と思った。
由紀子の頬が、一瞬だけピクッと痙攣し、続いて敵意に満ち満ちた目が、千佳を見据えた。
「それが、あんたになんか関係ある?」
千佳は、恐ろしさで縮み上がった。これほどまでに怒りを露わにした由紀子を見たのは、おそらく初めてのことだった。
「……ごめん……」
千佳は、とても由紀子を正視することができなかった。ただそこに座り込んでいることしかできなかった。それくらい、由紀子の怒りが恐ろしかったのである。
「……もう、帰んなよ」
千佳は、まだ由紀子を見ることができない。声の感じから、由紀子の怒りがまだ収まっていないのがわかったからだった。千佳は、今すぐにここを立ち去らなければならないのがわかった。
ところが同時に、今ここを立ち去ってしまうことが、2人の関係にとって取り返しのつかないものになることも直感した。というのも、今、自分に心を開いてくれなければ、おそらくこれからもずっと、由紀子は誰に対しても心から打ち解けることができないだろうと思ったからだった。それはなんとしても食い止めなければならないと思った。自分だけが、それを防ぐことができると思った。
なぜなら、世界中で自分だけが、由紀子のただ1人の親友なのだから……